閃光の教員、謎の中に光りを差す
「……」
アッシュランスは学園の空き教室に目を向けて、一度顔を伏せた。
今は休み時間、廊下を歩む生徒の数はそれなりにいるが、誰も彼もがその教室を避けるように早足に、遠めを維持して脚を進めている。
この教室、元々は利用されていた教室であるが学園の方針で先月から使われなくなっている。
アッシュランスはその空き教室に入り教壇に立つ。
「……事故の予兆すら見落とした俺が、未だに教鞭を振るう。か」
アリス=ダンテミリオの事故当時、その授業を担当していたのはアッシュランスであった。
あの時の授業は魔法陣の性質についての授業で、アリアたち2期生がやるような本格的な強化の授業ではなく、魔法陣が外部からの干渉でどれだけの変化をするかという程度の授業で、当時主席であったアリスに手本ということで、アッシュランスが魔法陣への干渉を頼んだのが発端であった。
「あれは確かに、魔法が暴発するような授業ではなかった。暴走したとしても高が知れている。そう、思っていたのだがな」
何の変哲もない授業だった。普段通りに授業が始まり、そして普段通りに授業が終わる。
何かが起こるような不吉な予兆はなく、アッシュランスは教員として、いつも通り丁寧に準備をして、そしてあの事故が起きた。
「あの時、アリス=ダンテミリオが俺の指示に従って、魔法陣を起動、触媒を水に溶かしていたが、どうにも面倒くさそうだったな。姉と同じ方法が彼女にとっての魔法陣への干渉の仕方だったのを、俺は正規の方法でと指示をした。ああ言わなければ彼女は助かっていただろうか……」
アッシュランスは首を振り、事故が起きた箇所に意識をやり、当時のことを深く思い出そうとしているのか目を閉じた。
「ダンテミリオ妹が魔法陣を展開した時、ちょうど授業をサボっていた姉を、パテンロイドが教室まで連れて行っている途中で、この教室を通り過ぎようとしていた」
猫のように襟を摘ままれて運ばれているアリアに、魔法陣を展開していたアリスが手を振っていた。和やかな光景で、授業を受けていたどの生徒もそんな景色に笑っていた。
「しかし妹に目を向けた姉の方が、突然顔色を変えて教室に飛び込んできた。その際に――あれは呪文か? となると魔法を唱えた。その時にはすでに妹の魔法陣が暴発し、あの子はもう……」
魔法陣の事故というのはわかりやすく、体にひび割れたような傷が奔る。
事故の当時、アリアが駆け寄った時はもう、アリスの体中に傷が出ていて、すでに助かる見込みはなかった。
「ああ、そうだ。姉は妹に駆け寄り、そして――上? を見ていた。彼女は何を見ていたのだろうか。いやそこじゃない。俺が思い出すべきなのは妹の……いや、そもそもあの事故は魔法陣が何に干渉して事故になったんだ」
アッシュランスは目を開け、教壇からアリスが事故を起こした場所に脚を進める。
「触媒に使ったのはリングバーチの体毛、赤壁の粘土――魔法陣に使ったとしても発光程度の暴走しかないはずだ。そもそもあの時、アリス=ダンテミリオは何をしていた? 姉の方が駆け込んできて……いや、そもそも魔法陣に触れていたか?」
アリスが死亡した場所に手を触れ、アッシュランスが顔をゆがめる。思い出さなければならないこと、それは教員としての義務だった。
事故だと言われ納得し、現場検証もそこそこに遺体を姉に渡してしまった。そのことを悔いているのだろう。しかしアッシュランスはさらに首を傾げる。
「待て――私は、俺は、アリア=ダンテミリオに遺体を渡したのか? なぜ……まずは医療施設なり然るべき機関に渡すべきで――いや、いや違う。そこじゃない、そうだあの時、妹の方は俺が言った正規のやり方を嫌い、俺の目がそれた隙に、水に溶いた触媒を避けて粉末を手に――やはり魔法陣に触れていない」
アリアへの疑念は隅に寄せ、アリスの一挙手一投足をアッシュランスは思い出そうとしていた。
「なら姉の方は一体何に反応した? 妹は魔法陣に触れていない。事故など起きるわけもない。しかし事故は起き、姉は事故が起きる前に教室に飛び込んできた。姉は何を見た、何を感じた」
アッシュランスが自身の手に目を落とし、すぐに辺りを見渡した。
「……証拠など糸よりも細い物だろう。それが根拠になるはずも当然ない。だが――『――』『――』『――』『――――』逆行、魔道、痕跡、その道を示せ『光指す傷跡』」
アッシュランスの4節魔法、光が魔法の痕跡を辿るという魔法であるが、細かい指定は出来ず、1週間ほどの魔法の痕跡となってしまうために証拠能力としては薄い。
しかし彼はこの魔法を使うことで根拠だけはほしいと願った。
光は教室のあちこちに帯を作って流れていく。
授業で使っていた教室だから当然なのだが、魔法の痕跡が10や20ではない。しかしある一か所――アッシュランスはそこに目をやり、光を追いかけるように目をやった。
「偶然かもしれん、そもそもこの出来事に限った話ではない。授業中だ、魔法の痕跡などいくらでもある。が――」
その一点、アリス=ダンテミリオが最期にいた場所に伸びる光――隣の教室の壁ギリギリから伸びた光を、アッシュランスは移動して確認した。
「こんなところから魔法を発動した? そんなわけあるか――ならばなにか、魔石か」
アリスがいた場所から教室の正面の黒板を突っ切り、隣の教室の背面、そこに魔法の痕跡があった。
魔法陣からの魔法ではなく、魔石をセットして時間差で魔法を発動させたというのがアッシュランスの見解だった。
「ならばこれだけではないだろう。魔法を発動させるタイミングを計らなければならない。魔石を遠隔から操作する技術がなければ成り立たない、そしてそれが出来ると仮定してもアリス=ダンテミリオが魔法陣を発動させるのは目視で確認しなければならない。ならば」
アッシュランスは教室の外、廊下側の窓から外を覗くのだが、そこには一切動いていない魔法の痕跡――。
「召喚系統による視界共有か――学園側を動かすにはどれも決定的にはならんな。ならんが、あれが他殺だという視点で考えるとこれだけの証拠が出てくるか」
アッシュランスは深くため息を吐くと、片方の手で魔法陣から小さな雷を小さく発生させ、もう片方でポケットを何かを探すようにまさぐったのだが、そこに何もないと思い出したのか、舌打ちをして魔法陣を消した。
「誰がやったかはわからない。わからないが……このタイミングで魔石を使った研究の発表か。証拠もないのに疑うというのは、まったく嫌になるな」
そしてアッシュランスは、アリスがいた箇所に伸びたもう1つの光を見て肩を竦める。
「アリア=ダンテミリオ、君は妹に、一体どんな魔法をかけたんだ?」
アッシュランスのその魔法は、魔法の質、節が多いほど光が強くなる。
アリアがいただろう箇所にある光はそこにあるどの光よりも大きく、彼女周辺が最早見えなくなっていたのだった。




