その閃光の教員は動き出す
アッシュランス=スピアードは自身の研究室で魔法陣と魔石の関係についての書類をまとめていた。アリア=ダンテミリオから提示された知識の裏どりを取っているところである。
「……まったく、まだまだ若輩だが死ぬまでに解明できれば御の字と高をくくっていたらこれか。俺は恵まれているな」
手に持っていた書類を机に置き、空間系統の魔法で仕舞っていた櫛で黒髪のオールバックを撫でるアッシュランスの瞳は鋭くギラついており、魔法の研究という生きがいにしているこの教員の口角は隠しきれないほどに吊り上がっていた。
「アリア=ダンテミリオ、か。ことが終わった際、俺の助手に推薦するのも良いな――いや、2人ほど許してくれなさそうなのがいるか」
薄く笑い別の書類に書き込んでいくと、不意に研究室の扉が叩かれ、アッシュランスは一言「どうぞ」と声を上げた。
「失礼します」
「ああ、君か。何か用か?」
「ええ、今週の――」
「品評会についてか。突然の代役にもかかわらず、無理をさせてすまないな」
「いえ、私はある程度研究もまとまっていましたので、それほど準備に時間はかからないですから、むしろ代役に選んでいただき光栄です」
「そう言ってもらえると助かるよ。それで、何か問題でもあったか?」
扉を開けてやってきた女生徒――シェリル=ノーブルラントにアッシュランスは手を研究室のソファーに向けて座るように促した。
「実は品評会で魔石の実験をしようと思っているのですが、少し準備がありましてその許可をもらいたくて」
「魔石? どのような研究か聞いてもいいだろうか?」
「先生、品評会前に研究の内容を聞くなんてルール違反ですよ」
「む――そうだったな。それでその準備とはなんだ」
「会場……つまり、学園のいくつかに魔石を置いておきたいのですよ」
「魔石を? それは一体――ああいや、失礼。それは構わないぞ、君の所有物だとわかるようにしておけば学園側からは何も言われないだろう。俺からも周りに伝えておこう」
「ありがとうございます」
アッシュランスは書類をまとめてシェリルから視線を外したのだが、書類をファイルに綴じると彼女が視線を外さないことに気が付き首を傾げる。
「まだ何か?」
「……スピアード先生、少しお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「――? 私で答えられることなら」
「先生から見て、アリア=ダンテミリオ先輩とはどういう人でしょうか?」
学園の小動物、魔法の才能のない姉、才能を持っていかれた姉、天才の妹を持つ姉――学園で囁かれているアリアの評価はこのようなもので、アッシュランスもまた、その印象も最近までは持っていた。
しかしこのタイミングでの彼女への探り、教員であるアッシュランスが訝しむには十分な理由で、瞳を鋭くした彼がシェリルに意識を向けた。
「……君が知っている程度の評価だと思うが?」
「ええ、ですから先生の主観が欲しいのです。ついこの間、アリア先輩に叱られてしまったので」
「ああ、君は確か湖に同行していたのだったか」
「はい、どうにも私が知っているアリア先輩と印象が違っていたので、改めてどういう人なのかと興味がわいてしまいまして」
「なるほど。確かに妙な言動が増えたようだな」
「それで、先生はどうお考えでしょうか?」
「……どうもこうもないだろう。彼女、アリア=ダンテミリオは魔法陣の素質のない一般生徒だ、あれでは魔法使いとして大成するのは難しいだろう。なんだったら君が彼女に魔法を教えてもいいのではないか? ノーブルラントは君を含め、毎回優秀だからな」
「……ですが、今年は次席でした。毎回主席だったのに、私が至らないばかりで、家名に傷をつけてしまいましたよ」
「時期が悪かった。というのは君ほど大きな家だと通用しないのだろうな。アリス=ダンテミリオ、彼女は素晴らしい魔法使いだ、私としては君と2人で切磋琢磨してくれていたらと残念でならないよ」
「――そうですね」
シェリルはそう微笑みを浮かべ顔を伏せた。
その顔色はアッシュランスからは見えないが、彼はシェリルのその行動に肩をすくませ、ポットからカップにコーヒーを注ぎ、それを彼女に手渡した。
「まあ、私の主観になるが、アリア=ダンテミリオは妹のような才能はないはずだ」
「……そうですか。コーヒー、ありがとうございます」
そのコーヒーを一口二口と飲んだシェリルが立ち上がり、お辞儀をするとそのまま研究室の扉へと脚を進めた。しかしすぐに振り返り、アッシュランスをじっと見つめると口を開いた。
「ああそうだ、実は最近殿下が妙な動きをしているそうで、王宮がてんやわんやしているみたいなのですが、ノア様ったらまたアリアさんのために越権行為をしているのですか?」
「……ノーコメントで頼む。学園の教員としてはあまり王宮にかかわりたくはない」
「これは失礼しました。ですがもし機会がありましたら、先生の方からも少し言いやってくださいな」
「善処はしよう」
クスりと声を漏らしたシェリルが今度こそ研究室から出ていった。
そんな彼女の背中を見送ったアッシュランスがコーヒーを喉に落とし、一息つくと閉じていた眼を開き、シェリルが出ていった扉に目をやる。
「……動機はある。か。しかしやり口は随分と雑、突発的か、それとも――」
アッシュランスはコートを肩にかけるとそのまま研究室を飛び出す。
「少し洗ってみよう」




