その従者、ただ愚直に
「やっと見つけた!」
「……?」
「おい殿下、頼むから後輩にいきなり難癖付けに行かないでくれ」
「誰が難癖付けよ。用があるから探してただけ――ミアベリル=ヴァンガルド、少し話いいかしら?」
放課後、学園の授業が終わり、生徒たちがぼちぼちと寮へと戻ってきている中、寮のすぐそばでノアがミアベリルに声をかけた。
「ん」
「ミアベリル、あんたアンメライア先生に助けられたって話よね? その時のことについて――」
「ん」
ノアの質問にミアベリルが両手で口を覆い、フルフルと首を横に振った。
何も言わないという決意を覚えるその行動に、ノアが額に青筋を浮かべた。
「なに子どもみたいなことをしてんのよ。いいから話しなさいよ」
「ん~」
ミアベリルの頬を掴みながらノアが叫ぶのだが今は下校時間、その姿は様々な生徒に見られており、口々にまた殿下が発狂している。などという声まで聞こえてきた。
「ちょいちょいちょい、これ以上殿下の評判が下がったらマズイ。場所を変えるぞ」
「あたしの評価が下がるわけないでしょ」
「ああそうだな、確かにこれ以上下がらないほどの谷底だが、誰が地面掘れっつってんだよ」
リュードウィスがノアとミアベリルの手を引いて、ダンテミリオ姉妹の生活している旧寮長棟のある寮の裏手まで歩みを進めた。
ただでさえ悪目立ちする王族に、その護衛は今日もまた胃を痛めているのである。
「とにかく、その時のことを教えてくれない?」
「ん」
ミアベリル、徹底抗戦の構えである。その口から両手を離すことはない。
「だあもう、あんたは大型犬か! 手を、手を口から離しなさい」
「ん~」
「この忠犬め、あたしはただ確認したいだけなのよ」
「確認ってなんだよ?」
「それは……」
ノアはため息を吐き、息を整えるとジッとミアベリルを見つめた。
「あんた、アリアになんか言われたわよね?」
「――」
「いい、わかってる。聞きたいんだけれど、この間何があったの?」
「……アンメライア先生、に、助けて、もらった」
「何から」
「――」
「なるほど、つまりあんたはアリアから、アンメライア先生に助けてもらったことは言っていい。でもそれ以外は言うなって言われたわけね?」
顔を逸らしたミアベリルに、いの一番に反応したのはリュードウィスだった。
「殿下」
「慎重にやりなさい。あんたは私から離れられないし――」
「父上に頼んでみる」
「お願いね」
リュードウィスが移動しようとしたのだが、ミアベリルが鼻をスンスンと鳴らすとそのまま彼に近づく。
「お、おう、何か用か?」
「……ん、アンメライア先生」
「え?」
ミアベリルが虚空を手で払い始め、それを見ていたノアとリュードウィスが首を傾げると、すっとアンメライアが現れた。
「うわっびっくりした」
「……ヴァンガルド、あなた一体いつからそんな気配に敏感になりましたか?」
「ん、アリア姉、に、命を嗅ぎ、わけろ、って」
「本当に厄介なことをしてくれますね彼女は」
「卒業、課題」
「そうですか。よい研究ができるよう期待しています」
「ん」
そのアンメライアをノアがジトっとした目を見つめる。
この場にアンメライアがいる理由、それをこの殿下はいち早く察したのだろう。
「あらアンメライア先生、王族暗殺でも企てていましたか?」
「……あなたにさほど興味はありませんよ」
「あら奇遇ですね。私も先生には興味ありませんが、聞きたいことがありました」
「帰って、いい?」
「駄目に決まってるでしょう、あんたにも関係しているのよ」
ノアは頭を抱えると、ダンテミリオ宅に寄りかかり、アンメライアとミアベリルを順番に目を向ける。
「先生、1つ聞くけれど、アリアたちを襲った相手の身元はわかったの?」
「……王都のギルド冒険者でした。冒険者ギルドの所謂壁を越えられない人たち」
「ああ、実力がなくて不貞腐れてるやつらね」
「あなたのお家の教育方針に口を出すつもりはありませんが、オブラートという言葉を覚えたほうがよろしいですよ殿下」
「余計なお世話よ。まあ学生を狙うのならその程度でも十分かもね」
「厄介だな。暗殺を生業としている奴らに頼んでいたら、あいつら勝手に調べてくれるからこっちとしては楽だったんだがよ」
「ええ、それがわかって金に飛びついてくる年数だけが長いベテラン低級冒険者に頼んだんでしょうね。それを依頼した奴、性格悪いわ。多分ギルドも通してないでしょ?」
「ええ、冒険者ギルドに抗議に行きましたが、まったく濡れ衣だと」
「ったく、ただでさえ逃げるのが得意な子を追っているのに、さらに面倒な奴までくっ付いてくるとはね。ああもう、あの子は私にどう動いてほしいのよ」
本来なら学園ギルドを除くギルド所属の人間は、あらゆる依頼をギルドを通さなければならない。個人的な仕事であっても出来得る限りギルドを通してほしい。というものがあり、それはギルドだけでなく、冒険者や依頼主を守るためのルールであった。
しかし今話に出ていたように冒険者の格を上げられない者がそれなりにおり、彼らは金のために怪しげな仕事に首を突っ込んでしまうという問題があり、ギルド側も頭を悩ませている。
今回アリアたちを襲ったのもその類であり、ギルドからの調査はほぼ不可能ということであった。
「その襲ってきた奴はどうなったのよ」
「……行方不明です」
「消されたか」
「いえ、こちらは多分ですが――」
「アリア?」
「ええ、多分ですが依頼主に失敗だろうが彼女のことを報告されるのを嫌がったためだと思います」
「……でしょうね。少なくともあっちはまだアリアのことを」
「なんですか?」
「いいえ気にしないで。ああもう、アリアに会いたいわ。ここで待っていたら会えるかしら」
「さあ、私も出来れば顔を見ておきたいですね。たださっき聞いたのですが、今日はスピアード先生に付き合っているとか」
「お2人は随分とアリアに甘いですよね?」
「それをあなたが言いますか――」
「あの子はあなたの妹ではありませんよ」
「――」
アンメライアが肩を跳ね上げ、学園では見せることのない怒気を孕んだ、否、最早殺気となった気配を纏わせてノアを睨みつけた。
「いったいどういうつもりかは知りませんが、もしあの子に――あいだぁ!」
「ノア様」
「な、なによ――」
「……」
「んっ、あ~、その……」
リュードウィスに拳骨を脳天に落とされ、ノアは最初は睨みつけたものの、すぐにばつが悪そうに頭をかき、アンメライアから顔を逸らした。
「アンメライア先生、どうかこの阿呆をお許しください。ただでさえ少ない友人のために必死になっているだけなんです。俺からきつく言っておきますので、どうか今日のところは」
「……頭を上げてくださいパテンロイド、その謝罪を受け入れます。私も少し頭に血を上らせすぎました」
「ありがとうございます。では、1つ言わせてもらいますね」
リュードウィスが盛大にため息を吐き、それぞれに目をやってダンテミリオ宅を見上げると大きく息を吸った。
「おめえらアリア心配なだけじゃねえか! こんなところでチビチビグチグチやってねえで、もう本人に聞けや!」
「ぐっ」
「んぅ……」
「先輩、いいこと、言う。ノア先輩、も、アン先生、も、アリア姉、に、強引な、こと、しない」
「嫌われたらどうすんのよ!」
「ええ、その通りです」
「お前らじつは仲いいだろ。アリアに限ってうんなわけねえだろうが」
頬を膨らませて顔を逸らすノアとアンメライアに、リュードウィスとミアベリルが顔を見合わせて呆れている。
「アリア姉、ガラス細工、違う」
「お前の方がよっぽどアリアのことをわかってるよ。だがな後輩よ、残念ながらこの2人は友人が少ないらしい。だからアリアみたいな変化球を愛でるしかできねえんだよ」
プルプルと体を震わせるノアとアンメライアに、ミアベリルは納得したようにうなずいた。
「アリア姉、強いのに」
「それな。ここ最近のアリアの行動で、俺たちがどうしたって止まる奴じゃねえのなんてわかるだろうに、それを認めねえんだよ」
「わかった、わかったわよ! ちゃんとアリアと話せばいいんでしょ」
「……でも彼女、多分逃げますよ」
「うんなもん捕まえろ。抱き上げて捕まえて、吐くまで問い詰めろ。どうせあのバカ、学園に疑って戻ってきたから敵味方の区別がついてねえんだろ。俺たちは味方だって理解するまで何度でも言ってやる」
「疑、う?」
「こっちの話だ。まあこんだけアリアに懐いているし、後輩、お前も俺たちの味方だ」
「ん」
リュードウィスとミアベリルが拳を当てあうのを横目で見ていたノアとアンメライア、2人が諦めたように肩をすくませると、互いに目を合わせ、同じように拳を合わせた。
「一時休戦ということで」
「ええ、あなたと肩を並べるのは妙な感じですが、アリアさんに免じて乗っておきましょう」
「ねえ、先輩、なんで2人、仲、悪い?」
「しょうもない理由だから気にすんな。あの2人、アリアが絡むとアホになるってだけだ」
「お~」
「さて、そんんじゃあここでアリアが帰ってくるのを待とうぜ」
「ん」




