その閃光の教員と差し出す手
「むぅ……センセ、まだあるのぅ?」
「まだまだ回収する物がたくさんある。こき使うと言っただろう」
学園から馬車に乗って、日用品から武器や呪文書、魔法の触媒やらやらを買える商業が盛んな区域までやってきたダンテミリオ姉妹とアッシュランス。
アリアはアッシュランスと別れて、様々な店で学園が注文した品々を受け取った後、合流場所にて荷物を下ろしてうな垂れていた。
(さすがアッシュ先生だ、お姉ちゃんにも容赦なく厳しい。ってありゃ?)
アッシュランスが次の店に行こうと脚を動かし、それについていこうとアリアも肩でしていた呼吸を整えて歩みを進ませるのだが、その歩み出しを見ていたアッシュランスが彼女を抱き上げた。
「わぅ――センセ、あたしはもう16歳の立派な大人ですわよ?」
「ならばもう少し食べるといい。私は君を食堂で見かけはするが、食事をしている姿は見たことがない」
「暗に小さいと?」
「軽すぎる。イクノスが、君はきっと風で飛ばされてしまうと心配していたぞ」
(それだけか弱かったらどれだけよかったか。ねえお姉ちゃん――)
「……」
(お姉ちゃん?)
アリアはじっとアッシュランスの目を見つめ、肩を竦めながらため息を吐いた。
「センセ、そんなに心配しなくてもあたしはまだどこにも行きませんよぅ」
「……君のその言葉の信用が揺らぐほどの隠し事をしている自覚はあるかね?」
「まぁ、隠し事だなんて。わたくし隠しているつもりもないのに誰も見つけてくださらないのです。わたくしの体が小さいからかしら、誰もこちらを見てくださらないの。センセもこうして持ち上げてくださるし」
「その芝居がかった言葉遣いは誰に習った? そんなあからさまでは及第点もやれんぞ」
「頑張っているんですけどぅ」
「話を逸らすな。私は君の隠し事に言及しているのだ」
「あら、それならセンセもわたくしの問いに答えてくださりませんと」
「……私は君が退屈そうにしていたから誘っただけだ。それ以上の理由などないよ」
「ならば非行生徒らしくここは逃げてしまおうかしら?」
途端、アリアの周囲に紋章が浮かび上がる。それはスキルの前兆、今のアリアであればアッシュランスから逃げきることもたやすいだろう。
しかしそんな彼女を抱くアッシュランスの腕に力がこもったのが見える。
「そんなに強く抱きしめられたら、跡が残ってしまいますわよアッシュランス先生? そんなにわたくしを離したくはないのですか?」
「逃げると言われれば誰だってこうしてとどめようとすると思うのだが」
「それにしては随分と念入りですわね、魔法陣まで呼び出してわたくしはそれほど捕まえづらいですか? 学園最弱のいたいけな少女ですわ。それなのにそんな必死に、今逃がしてしまえば明日には顔を見せないとでも思われているのかしら?」
「……質問を返すようで申し訳ないが、君はそれを望んでいるのか?」
「いいえ、こうして巻き込んでしまった以上、事が済むまでは真面目に学園に通いますよぅ」
「ならば最初から協力を要請してくれないか」
「誰が学園最弱の言葉を信じてくれますか?」
「それは君が――いや、少なくとも王族は動かせるだろう」
「ノアは……あの子はあたしに必死になっちゃうから。だからあんまり巻き込みたくはなかったんです。本当ですよ。でも、駄目ですね、あの子はすぐに気が付いちゃいました」
アリアは弱ったようにはにかみ顔を伏せた。
「そうだな、学園は少なくともあれは事故だと断定した。ルヴィエントはそんな事実を無視して、君に傾倒しているのだろう。君に関しての嗅覚だけならば確かに驚異的ではあるな」
(ありゃ、アッシュ先生もそこまでわかったんだ)
「だが、1つだけ解せない」
「と、いいますと?」
「ルヴィエントは君に関しては学園以上の権力を使ってあらゆるを炙り出すだろう。私の方でも彼女が何を調べているのかの痕跡程度は探れた。だが、少し前からダンテミリオの探りではなく、ここ最近の事件を洗うことにシフトしている。これはどういうことか――きっと犯人捜しはすでに終わっているのだろう? ルヴィエントはそこにたどり着いた」
「……」
(えっそうなの?)
「しかし君は未だにその犯人に何も行動を起こしていない。それはなぜか――何かの企みを知ったな? それはおよそ、学園を脅かすものだな?」
「……買いかぶりすぎですよ。あたしお姉ちゃんですから、もし本当に犯人がいたらまっさきに突撃してますよぅ」
「確証がない」
「――」
「君はおよそ、出来るだろう人物に目星をつけただけだ。しかしアリス=ダンテミリオの事件でさえその犯人の凶行の途中経過であった。だからこそそれが本当にその人物の犯行かどうか見極める必要が出てきた」
アリアは膨れた頬のまま、アッシュランスを軽く睨みつけた。
彼の推測は正しいのだろう。故にアリアは反論も出来ず、子どもっぽく顔に出してしまった。
しかしそんな彼女の頭をアッシュランスが撫でた。
「意図せずに巻き込んだことを後悔しているのか? 馬鹿者め、生徒を汲まずに教員などやってられるか」
「むぅ」
「いいかダンテミリオ、すでにすべてを疑う段階は過ぎたのだろう? ならばこれからは――」
アッシュランスがアリアへと手を差し出す。
アリアもまた、その手を握り返そうとするが、それはつんざくような悲鳴によって遮られた。
泥棒。そんな声に、アリアはアッシュランスの腕の中から飛び降り、瞬時にスキルを発動させる。のだが、妙齢の女性からカバンを奪い取った男も同じようにスキルを使用していた。
ひったくりが使用しているスキルは連続のショートジャンプ、人の波を小さな転移でかわしつつ、日野の中に紛れるように進んでいる。
アリアは舌打ちするのだが、そばにいたアッシュランスがため息を吐く。
「ここがどこか理解していないのか。まったく嘆かわしい――『――』『――』『――――』閃光、潜航、一閃、撃ち抜け『駆け抜けろ高速の一閃』」
「はや――」
アリアが驚き声を上げるが、アッシュランスが放つ閃光が地へと飲み込まれ、光を見失ったところでその魔法が人の波を縫って進むひったくりの足元から飛び出した。
アッシュランスの放つ魔法の速度はアリアのそれを凌駕しており、その勢いのまま地面からひったくりの顎を的確に打ち抜いた。
「ここは魔法使いの街だ。それをよく理解するべきだったな、及第点もやれんよ」
(アッシュ先生カッコよ)
「……すごい速度」
アッシュランスが遅れてやってきた街の衛兵に一言二言交わしたのち、アリアへと向き直った。
「話の続きだが――」
「センセ、品評会では用心してください」
「なに?」
「それと、可能ならアリスの名前が刻まれている13の遺体、どれでもいいから持っていてください」
「……私に死体を盗めと?」
「誰も気にしませんよ。それにあれは死体ではないですから――ああそれをノアとアン先生にも伝えておいてください。きっと役に立ちますから」
「おい、どこへ行く――」
「ちょっと急用です。センセ、手を差し伸べてくれて嬉しかったです」
「……」
「すぐに戻ってきますから、少し学校を休みますね」
アリアはそう言ってアッシュランスに背を向けて歩き出すのだが、その彼女の背に、彼は指先を向けるがため息をついて腕を下ろし、頭をかいて買い物に戻っていったのだった。




