その教員といつか見た悪夢
「2節魔法はおろか、3節魔法すら当然のように使う。か。普段の魔法の授業は演技だったとは思えないのだがな」
「2節だからこそ使えるそうですよ。それとスキルです」
「冗談だろう?」
「いいえ、あの子はスキルを使用しました」
「……魔法は神の領域、神の座に足を踏み入れた者は人類の英知を使用できない。なぜならそれは人の技術であり、神の座にいる魔法使いには必要ないからだ。眉唾のあまりにも傲慢な暴論だが、少なくとも私は魔法使いが戦技を使える事例を見たことも聞いたこともない」
翌日、アンメライアは自身の研究室で報告に来たアッシュランスと一緒に頭を抱えていた。
その悩みの種は当然、アリア=ダンテミリオである。
1節の魔法をろくに唱えられないはずの彼女が3節の魔法を放ち、さらに魔法使いでは使用できないとされているスキルを使用した。
魔法専門の教員としては頭が痛くなるのも当然だろう。
「……彼女の目的に関してはルヴィエントがすでに探っているだろうと言っていましたよ」
「それに関してだが、俺も1つ気になったことがある。それを報告しに来たのだが、まさかすべて悟られているとはな」
「ルヴィエント、つまり王家の権限でも大して成果が挙げられていないようですよ」
「いったい何をどうやったら国すらも誑かせる。ここまでくるとあの2人の出生すら怪しいな。大魔法使いの弟子だとか、とんでもない家の出とかではないのか?」
「わかりません。少なくともアリアさんは何かを隠すことをずっとやってきたようです。それでアッシュ、気になったこととは?」
「ああ……アリス=ダンテミリオのことだ」
「彼女にも何か?」
「いや、何かというわけではないが、13人のアリス=ダンテミリオ、そのすべての遺体を確認した」
「それが何か? ってちょっと待ってください。13体の遺体があったんですか?」
「ああ、俺が知っているアリス=ダンテミリオとまったく同じ死に方をした遺体が13体だ」
「それは……」
アンメライアは強く拳を握り、最悪を想定してしまったのだろう。13人のアリス=ダンテミリオの戸籍を作ったのはおそらく姉だ、そしてその戸籍の人物が軒並み死体となっている。
ならばその死体を用意したのは誰か――。
「結論を急くな。と、言いたいところだが、事実それが可能なのは現状1人しかいない。が、やはり底が見えない。これに関しては本人に聞いてみろ」
「……12人殺したのかと彼女に聞くのですか?」
「それしかないだろう。で、だ。正直それはどうでもいい。俺が気になったのはその13の遺体の中に、アリス=ダンテミリオがいなかったことだ」
「え? 13体まったく知らない人間?」
「ああ、まったく見たことのない遺体だ。年齢もバラバラ、大きさもバラバラ、隠すにしても随分とおざなりだ。だがアリス=ダンテミリオだけがいない」
「……どういうことでしょう? 誰かがアリスさんの遺体を――」
「アリア=ダンテミリオだろう。ではなぜそんなことをしたのか。彼女の遺体が必要だったからか、もしくは――」
「遺体を調べられると困る。から?」
「それもあるだろうが、遺体を調べて1つ疑念が生まれた」
「疑念ですか?」
「言っただろう。まったく同じ死因だと……魔法陣の事故の再現だ」
「ええ、聞き、まし……た。待ってください、事故ですよね?」
「ああ、あれは魔法陣が暴走した事故だ。だがその死体を用意しただろう何者かは事故でしかありえない死因を13も用意している。いや、それどころかその事故を魔法使いが再現できるということは、あれは」
「……」
アンメライアが手に取った焼き菓子を強く握り、粉々にして奥歯を噛みしめた。
「俺の推測になるが、ダンテミリア姉は、妹を殺した者を見つけ出そうとしている」
「……そんなこと――」
そのまま研究室の扉に体を向けて駆けだそうとするアンメライアに、アッシュランスがぴしゃりと静止をかける。
「どこへ行く」
「止めさせるに決まっているでしょう!」
「……止めておけ。姿をくらませて二度と表舞台に出てこなくなるぞ」
「でも――っ!」
「アン! 落ち着きなさい」
「……」
「今はまだ推測の域を出ない。それに聞いた通りならアリア=ダンテミリオは優秀な魔法使いだ。危険なことは避けるだろう」
「でも……それに」
アッシュランスがそっとアンメライアの頭に手を置き、深いため息を吐いた。
「あの子なら大丈夫だ。それに今最も避けるべきはアリア=ダンテミリオが我々の前から姿を消すことだ。変に刺激して短気を起こされればこちらがまったく干渉できなくなる。今はまだ、近くで見守るしかないだろう」
「……はい」
「実力が未知数な以上、強引な手段もとれないからな。とりあえずいつも以上にそばにいてあげなさい」
「わかりました」
そう言ってアンメライアは深呼吸を繰り返すと、いくつかの焼き菓子を小袋に入れ、それを持って研究室を後にした。
「……境遇が似てるからと、少し踏み込みすぎだぞ。年下の義姉よ」




