その姉は優しさを知らず
「さてと――」
ミアベリルを寮の部屋まで送ったアリアは自宅の前で大きく伸びをする。
(お姉ちゃんお疲れぇ)
「……」
(お姉ちゃん?)
アリアは息を吐き、自宅の扉を開けると誰かを招き入れるように手を自宅内に向けた。
「アンせんせ、そんなところにいたらお話しできないですよぅ」
(え、アンちゃん先生?)
「……」
アリアは笑顔で今までそこにいなかったはずのアンメライアに声をかけて、自宅へと招き入れようとした。
「お茶でもどうですか?」
「……ええ、ではいただきます」
アンメライアが案内されるまま家に入り、アリアに促されるままに席についた。その表情はどこかばつの悪い物であり、顔を伏せていた。
「さっきはベリルちゃんを助けてくれてありがとうございます」
(え、いつ? 空間系の魔法――)
「錯覚系の魔法、3節の認識阻害ですね」
「……随分と魔法に詳しいのですね。学園でもそのくらい積極的だったのなら、アリスさんと並んで天才と呼ばれていたのではないですか?」
「その称号に興味はないので~」
(天才姉妹とかちょっと格好いいじゃん!)
アリアはお茶を淹れると、アリスが生前置きっぱなしにしていた焼き菓子の入った缶を開け、それを皿に盛ってアンメライアの正面に出した。
「ここ数日、どうにも誰かに嗅ぎ回れてたんですよぅ。さっきのとは別口で」
「そうでしょうね」
「ノアもアッシュせんせも心配性なんだよぅ」
「みんなあなたを心配しているんですよ」
「……ええ、知ってます。あたしにはもったいないくらいです」
(え? お姉ちゃん探られてたの?)
「ルヴィエントのことは知りませんが、スピアード先生が悪態をついていましたよ。調べれば調べる度に行きつく人物が異なるって」
「どこで間違えちゃったんでしょうねぇ。記録している人が毎回違うんでしょうね~」
「書類上のあなたは1人なのに、その書類を調べると全く違う人物にたどり着く。この国に所属しているあなたは1人のはずなのに、少し管轄を離れるだけで、アリア=ダンテミリオはこの国に10人以上いることになっている。アリスさんも同じです。アリスさんが亡くなった日、何故かアリスさんが13人亡くなっていました」
(もはやギャグでしょ)
「ですけど、公的には1人でしょぅ?」
「ええ、どれだけそのことを突っ込んでも1人であることには違いないと突っぱねられました」
「ならそれが真実です。アリア=ダンテミリオはあたしただ1人ですもん」
お茶をそっと口に運び、深いため息を吐いたアンメライアは顔を伏せ、物悲しげな顔を浮かべて口を開いた。
「私たちを信用できませんか?」
「……いいえ、最早性分です。慎重に慎重を重ねすぎてもまだ足りない。それだけですよぅ」
「あなたは、なにを――」
「せんせ、あたしはただ、アリスと一緒に何事もなく暮らしたいだけなんですよ。でも、売られた喧嘩を何事もなかったように流すほど大人でもないんです」
「どういう意味ですか?」
「ノアあたりに聞いたらいいんじゃないですか? あの子はあたしのことだと大分勘が鋭いですから、目的くらいはもうわかっているはずですし」
訝しんでいたアンメライアが諦めたように肩をすくませた。そして最後にという前置きをして、アリアに意識を向ける。
「それほどの魔法、どうして隠すのですか?」
「隠してないですよ。学園基準の評価は正当なものですし、あたしもそれに沿った評価に不満はないです」
「2節どころか3節魔法まで使えるのにですか?」
「2節だから使えるんですよぅ」
「……」
少し頬を膨らませるアンメライアに対し、アリアはクスクスと声を漏らした。
(お姉ちゃん性格悪いよ)
「……わかりました。今回はこれくらいにしておきます――それとさっき襲っていた人ですが、この街の人間ではないです。彼らは」
「死んでないですよぅ。ただ、生きているとも言い難いですけれど」
「そうですか。学園で調べますから余計なことに首を突っ込まないように」
「当事者なんですけれどね~」
席を立つアンメライアに胸を張って勝気な顔を見せるアリア。
しかしそんなアリアをジッと見つめたアンメライアはため息を1つ吐くとそのままアリアをキュッと抱きしめた。
「むぇっ、あ、アンせんせ?」
「……」
「えっとその~?」
「……アリアさん、あなたが優れた魔法使いであることはわかりました。けれど、この学園の生徒であることは忘れないでくださいね。それではおやすみなさい」
「……おやすみなさいです」
(あ~あ、もう先生にあんなに心配かけちゃってさぁ)
「しょうがないじゃん。今までこうやって生きてきたんだもん、今さら――」
(本当に仕方ないお姉ちゃんだなぁ)
膨れるアリアをアリスが後ろからそっと抱きしめた。
(僕だって、お姉ちゃんが幸せならうれしいんだよ)
「……うん」
アリアはアリスの手を握り、目を閉じて深く息を吐いた。




