その姉と暗殺者
「ご馳走してもらってありがとうね~」
「ん、お礼。でも、アリア姉、サラダ、だけ」
「ドレッシングも食べたよぅ」
(お姉ちゃん、それは世間一般的にサラダだけなんだわ)
ミアベリルの課題に一区切りついたところで、彼女が夕食をご馳走したいと学園から出て街に繰り出した3人は夕食を終え、寮への帰路に着いていた。
「……アリア姉、アリスの言う通り、食事、駄目、ウサギ、みたい」
「そんな可愛いだなんて、お姉ちゃん困っちゃいます」
(え? 今の好意的に受け取れる人いるん?)
「ん、アリア姉は可愛い」
(ベルぅ! 甘やかすなぁ!)
「誰、かから、叱られてる、気が、する」
(僕はもう1人駄目な姉が出来た気分だよ)
3人並んで歩幅を合わせて帰り道を進むさまは和やかな空気感であり、緩い時間が流れていた。
「……」
しかしそんな空気感の中で、ふとアリアが脚を止め、背後を意識するように首を下げて数歩後ろを睨みつけた。
(お姉ちゃん?)
「……ベリルちゃんごめんね、ちょっと用事思い出したから先に帰っててぇ」
「え、でも――」
「それじゃあ気を付けてね」
アリアは手を振ってミアベリルに背を向けて歩き出す。その瞳は徐々に濁っていき、魔法陣を展開しようと左手の指先を唇に添えようとした。
のだが、アリアの肩にミアベリルの手が伸びて彼女の動きを止める。
「ダメ」
「ベリルちゃん?」
「……誰か、いる」
「気のせいだよ」
「ん――」
しかしミアベリルはアリアを抱き上げると、そのまま駆け出してしまう。
「べ、ベリルちゃん!」
「やっぱり、追って、きてる。アリア姉に、教わった、通り、命を、読む」
「……やっぱり才能あるよベリルちゃん、でも今発揮してほしくはなかったかなぁ」
(お姉ちゃん)
「ああもうっ、ベリルちゃん、今からナビするから言うとおりの場所に行って」
「ん、任せて」
アリアはミアベリルに抱えられながら、そのまま夜の道を指示を投げながら運ばれていく。
人通りの少ない道をただひたすらに進んでいくのだが、アリアの顔は焦りがにじんでおり、そんな彼女の顔をアリスは見つめていた。
(お姉ちゃん……)
「ベリルちゃん、正直危ないからあたしを置いていってほしいんだけど」
「ダメ、これだけ、は、譲れな、い」
「……」
(お姉ちゃん駄目だよ。もう相手にベルも敵認定されてるみたい、ここで別れても――)
「わかってる。しょうがない――ベリルちゃん、ここで下ろして。ここなら人もいないから誰も巻き込まない」
「ん」
「魔法陣は使えるよね、人との戦闘経験はある?」
「ない」
「じゃあ今覚えて」
人通りのない路地裏に入り込んだミアベリルから飛び降りたアリアはすぐに左手の指先を唇に当てて魔法陣を展開し、出てきた魔法陣に呪文を通す。
「『――』『魂を頂きに禁忌を唄う』『――』咎を打ち抜け雷鳴、裁きを下せ稲光、正義の心、我らに――『裁きを告げる一閃』」
アリアが投げキスするように指を唇から離すと、その指先から雷が奔り、突如正面に現れた真っ黒の衣装に身を包んだ数人の人間に向かって放たれた。
雷は蛇腹を描くように進んでいき、数人を打ち抜くのだが、それでもまだ人数がおり、アリアは舌打ちをする。
「素人じゃない。暗殺依頼? でもあたしを狙うのは――」
(お姉ちゃん考えるのは後!)
短剣を持った黒衣の1人が何事かをぶつぶつと呟いている。
アリアはそんな敵を見て、即座にミアベリルに意識を向ける。
「魔法使いが戦技使いと戦う際に気を付けること――正面に立たない!」
(絶賛真正面だよぅ!)
黒衣の1人が短剣を地面に突き刺す瞬間、その敵の周囲を文字のような光の帯が流れ、その黒衣に吸い込まれるように入り込んでいった。
「『岩砕八庄』」
「まず――」
黒衣の敵が剣を振り上げると同時に、大地は隆起してアリアたちを飲み込もうと襲い掛かる。
アリアはすぐに回避行動をとろうとするが、ミアベリルが明らかに遅れており、その場から飛退こうとしていたアリアは急旋回して無理やり脚を大地につけてミアベリルに向けて脚を向けると右手で指を鳴らす。
「『瞬華』」
「わ――」
光の文字がアリアへと吸い込まれ、大地に下ろした彼女の脚が風を纏い、弾かれるようにミアベリルに向かって放たれた。そしてそのままもう片方の足でミアベリルを蹴り上げ、黒衣の敵が放ったスキルを回避した。
ミアベリルは倒れこむのだが、すぐに起き上がってアリアのそばに駆け寄る。
しかし肝心のアリアが立ち上がる際に脚をかばうような動作が見えたためか、ミアベリルが下唇を噛んだ。
「……ごめ、んなさ、い」
「気にしないで。だけどどうしたものかな。ちょっと本気出すか――」
すると自身の頬を叩いたミアベリルがアリアの前に立ち、そのまま魔法陣を展開させた。
「『――』『――――』障壁、武装変換、爪を立て、牙を研げ――『獣建・一鳴』」
ミアベリルの魔法陣からいくつもの障壁が現れ、それが彼女の体に張り付くようにそれぞれが牙に、爪に変わった。
そして爪と牙をもって彼女が駆け出した。
魔法使いは後衛職だ。
当然、学園で前衛の戦い方を教えることはない。ノアやリュードウィスのように前で戦うことを習う環境があれば別だが、基本的に魔法使いは前衛は向かない。呪文があり、必ず詠唱がある。そんな隙を作ってしまう魔法使いをわざわざ前で使うことはしない。
しかしミアベリル=ヴァンガルド、両親が戦技使いということ、両親に魔法使いを育てる知識が一切なかったこと、学園に入るまでスキルが使える者前提の訓練を受けていたこと、対人訓練はなかったが、こと魔物討伐に関しては同級生とは一線を画す。
同級生の天才、アリスよりも速く魔物を倒す唯一の生徒――その獣じみた戦いは粗があるが、それでも対人でも通用する実力は持っている。
そして彼女の戦闘の粗は――。
「――っ! ――」
飛び出したミアベリル、最初こそその初動の速さに驚いた様子の黒衣の者たちだったが、すぐに呼吸と体勢を整え、万全の状態で彼女を迎え撃つ。
ミアベリルへと刃を振るう瞬間、彼女の背後から奔る稲光。
高速の雷撃がミアベリルを襲う凶刃をけん制。
しかしそれでアリアへのヘイトが一気に溜まり、ミアベリルを無視してアリアへと数人が駆け出した。
(お姉ちゃんこっちに来たよ! どうするの!)
「ケンケンで勝つ」
(うそでしょ!)
片足でぴょんぴょんと飛び跳ねるアリアに、黒衣の敵たちが苛立った気配で舌打ちをした。
ミアベリルが振り返り、アリアへの助力を果たそうとするが、そんな彼女にアリアは首を横に振った。
「『壁蹴りウサギ』」
片足でケンケンとしていたアリアが高く飛び上がり、そのまま路地裏の両側の家屋の壁をぴょんぴょんと跳ねていく。
アリアは黒衣の敵たちに、んべっと舌を出してニッと笑い、上空から雷の弾丸を放つ。
(こんなんに負けた相手がかわいそうだよ!)
「失礼な、これでも高等技術なんだよぅ――それであっちは……ああ、さすがに手伝ってくれたか」
アリアに向かってきた数人を雷で沈め、すぐにミアベリルに加勢に動くのだが、噛みつきと引っかきで数人がひるんでおり、その隙にアリアが雷を放ち、全員を失神させた。
「うぃ、こんなもんかなぁ。っと、その前に――」
「――?」
全員が気絶したことを確認したアリアが、腰に手を当てて頬を膨らませてミアベリルに近づいた。
「もぅ、危ないでしょぅ」
(お姉ちゃんがそれを言うんだ)
「あぅ、ごめ、んなさ、い」
「この間から思ってたんだけれど、ベリルちゃん、あたしのことをやたらと守ろうとしてない?」
「えっと、その」
シュンとするミアベリルに、アリアは「んぐっ」と目を逸らしてしまう。
(コラお姉ちゃん、ちゃんとこのワンコを叱らなきゃ)
「……だっ、て、もう、私の、目の前で」
「あ~……それでかぁ」
(トラウマになってるのは僕だったよぅ!)
アリアはため息を吐くと、ミアベリルの頬をそっとつかみ、微笑みながら撫で始める。
「……ありがとうベリルちゃん、でもほら、あたし意外と強いでしょ」
「ん、学園で、言わ、れて、いる評価とは――」
「そこまで。あたしへの詮索はなしだよぅ。ちょっと強いお姉ちゃんって思っててくれればいいからね」
「……ん」
「いい子いい子。さて、それじゃあ帰ろうか」
頷くミアベリルに肩を貸してもらいながらアリアは脚を進ませるのだが、ふっと首を回し、黒衣の面々に意識を向けると、魔法陣をそっと展開し、4節魔法をさりげなく放つ。
黒衣の暗殺者たちはその身を氷に落とし、全身を覆うほどの氷に閉じ込められてしまった。
(えげつな)
「あたしの情報を持って帰られると危ないんだもん」
(というか一体誰が)
「……さあ、どこのどなただろうねぇ」




