その姉は決意に氷花を差す
「……」
学園に戻ってきて久々に通学したアリアを囲む視線はそのどれもが同情を乗せたもので、ひそひそと聞こえる声には可哀想だの不憫だの、そのどれもがアリアを気遣っているような他人事のようなものばかりであった。
しかし当のアリアは気にした様子も見せずに、普段通りにぽてっとした顔つきで、机に教科書を並べていた。
(お姉ちゃん、もっとこう、見られている自覚をだね)
「そんなこと言われても、どうすればいいのかわかんないし」
(もっと悲しそうにするとか、涙を一筋流してみるとか。お姉ちゃんは可愛いんだから、それで大抵はイチコロよ)
「そんなこと考えて人との距離感バグらせていたから、アリスったらオタサーの姫って呼ばれてたじゃん。あたしは嫌だもん」
(えへへ、やりすぎた)
ダンテミリオ姉妹はそれなりに目立つ見た目をしている。
アリスの方は活発そうな見た目、大きく開いた深紅の瞳は程よく吊り上がっており、その笑顔は元気をもらえると評判のある明るいもので、輝くその金色の髪を左右に2つに結び、いつもその金色を空中で奔らせていた。
対称にアリアは前髪で顔を隠し、垂れ下がった目は常に眠そう。元気な姿など見たことのないほど儚げというより不健康、アリスと同じ深紅の瞳は真下の隈でくすんでいる。しかも目立つ金色の髪は他責の失敗と呼ばれる、魔法使いが魔法を失敗した際に用いられる、いもしない幻想の妖精の尻尾が当たったから失敗したんだと言う責任転嫁によって色を抜かれ、金色から銀色というより灰色に近い色になってしまっており、見た目ではあまり姉妹には見られない。
しかも見た目はともかく、アリアはあまり食事をとらないからか成長が遅く、男子生徒どころか、少し大きな女生徒ですらすっぽりと腕に収まるほど小柄で、平均的なスタイルのアリスもよくアリアを持ち上げて走り回っていた。
そんな学園でも目立つ2人だったからか、周囲からこのような視線を受けるのは当然で、暫くはこの視線の中で生活せざるを得ないだろう。
「むぅ、ちょっと鬱陶しいかも」
(まあ少しの辛抱だから。ってお姉ちゃん伏せて――)
「え、なに――」
「アリアぁ!」
「ぶぇっ!」
アリアの首を襲う2つの双丘、彼女よりも重いんじゃというほどの見事なまでの半球体がアリアの顔面を包み、呼吸すらをままならないほどの夢と希望が詰まったマシュマロ感触。
アリアは飛び込んできた夢と希望の道化師の体をぺちぺちとタップする。
(わぁおねえちゃ~ん!)
「アリア、辛かったよね、悲しかったよね、アリア、もう学園に来ないんじゃないかって――」
「むぅぅぅ~~っ!」
(殿下ぁ! お姉ちゃんが窒息しちゃうよぅ!)
「本当なら私も一緒にアリアと行くべきだったんだけれど、みんなに縛り付け――監禁されてアリアと会えなかったのよ。でももう心配しないで、アリスの代わりに私がずっと一緒にいるから! それでここに王室のメイドになるためにカリキュラムを組んできて――」
(どさくさ紛れに僕のお姉ちゃん持っていこうとすんな!)
スパーンっと殿下と呼ばれた彼女の臀部に、アリスが思い切り手のひらを叩きつけた。
(あれ当たった?)
「――? え、何今の」
殿下と呼ばれた彼女が驚いたようにあちこちに目をやり、そして首を傾げると、やっと落ち着いたのか胸の中でぐったりしているアリアに気が付くことが出来た。
「あ、あら? アリアぁ? アリアちゃ~ん? えっと……」
殿下が一度目を伏せると、肩を竦めてアリアの耳元に口を近づけた。
「私は王室のノア直属のメイドになる。はい復唱――」
(やめい!)
「痛いっ、というかさっきからなんなのよぅ」
臀部を撫でる彼女が訝し気に辺りを見渡すのだが、その目にアリスは映らず、怪訝な顔を浮かべている。
そんな彼女に、アリスは頬を膨らませてやっと解放されたアリアにくっ付くのだった。
「の、ノアぁ苦しいよぅ。死んだ師匠が手を振ってたよぅ」
「ごめんなさいアリア、だって久しぶりだったからつい爆発させちゃった」
「う、うん、心配かけてごめんね」
「良いのよ。さっ引っ越しの準備をしましょうか」
(どこに連れて行く気だお前! 本当にノアちゃんはお姉ちゃん大好きすぎるんだから)
「引っ越さないよぅ。生活は変えないから大丈夫」
「え~……」
心底残念がっている彼女、このルヴィエント王国の王女であり、アリアの数少ない友人の1人――ノア=ルヴィエント。
好きなものはアリア、好きな景色はアリアが映っているもの、好きな食べ物はアリアが食べたもの。などなどのアリア大好きな王女であり、度々アリアを自分だけのメイドにしようと画策している困ったお姫様である。
そんな彼女が真剣な眼差しでアリアの頭をそっと抱きしめた。
「本当に大丈夫? 私だってアリスともよく遊んでいたし、まだあの子が近くにいるんじゃないかって気さえもするんだもの。姉であるあなたはもっと辛いでしょう?」
「え~っと……」
(辛いって言っておけばいいんだよ。そうすれば何をしなくてもノアちゃんが構ってくれるんだから、それに乗っておけばいいんだよ)
「……アリス」
アリスの言葉に、呆れたように答えたアリアだったのだが、それを傍で聞いていたノアはハッとしたような顔をしてアリアから離れた。
「ご、ごめんなさい。あの子もよくくっ付いていたものね、思い出しちゃうわよね」
「え、ちが――」
「良いから。でもアリア、私はどんな時でもあなたの味方でいるから、何かあったらすぐに頼るのよ」
「えっと――」
「それじゃあ今日は大人しくしているから、またね」
そう言って去っていくノアの背中をアリアは複雑そうな顔で見つめ「ん~~~」と葛藤の声を上げるのだが、彼女が座席に戻ったのを見てやっと飲み込めたのか、肩をすくませた。
(お姉ちゃん変なところで真面目だよね)
「なんか嘘ついてるみたいなんだもん」
(ノアちゃんなら大丈夫だって。お姉ちゃんに嘘つかれても喜ぶ変態――いや、謝罪としてメイドにされる危険も)
「何の話をしているのよぅ。でも学園に復帰したのはいいけれど、暫くは派手に動けなさそうだね」
(派手に動く予定が?)
「……探さなくちゃならないから」
(なにを)
「アリスの命を奪った魔法使い」
(……)
アリスは口を閉じてアリアの顔を見つめる。
その瞳には姉を憂える色が覗いており、さっと半透明の手を伸ばそうとするのだけれどすぐに引っ込め、ため息をついた。
(止めてって言ってもどうせ調べるんでしょ? 僕も出来得る限りはするけど、危ないことはしないようにね)
「うん」
この学園にはアリスの命を奪った魔法使いがいる。
アリアはそれを確信しており、それを調べるために学園に戻ってきた。彼女の決意は強く、どんな結末になろうとも探し出す覚悟があった。
姉妹が歩む先でその真実を手繰り寄せるため、アリアはただ、1年以上過ごしたこの学園に思いを馳せていく。