その姉と暴風のように
(お姉ちゃん、これこのままにしておくの?)
「せんせたちに報告するのが良いんだろうけれど……時間がないかな」
アリアは空を見上げてため息を吐くと、そのまま湖に続く道に脚を向けた。
先ほどまで鳴っていた戦闘音が聞こえなくなっていることからノアたちが戦いを終えたのだろう。
「ノアたちが馬車で来ただろうから、帰りは乗せてもらおぅ」
(ちゃっかりしてるなぁ)
「もう歩きたくないからねぇ。ああそうだアリス、さっきの練習しておくといいよ。生命力の濃度で人と接触できるようになるし、もし誰かと話しておきたいのなら……今の内に、ね」
(ういうい、やってみるよ)
そうしてダンテミリオ姉妹は脚を進ませて、湖に繋がる林道の入り口にある馬車まで歩みを進めた。
まだ誰も戻ってきておらず、アリアはマイペースにもその場で本を読み始め、アリスは馬車を曳いてきた馬にちょっかいをかけていた。
そんなことをしていると湖の方からノアたちが戻ってきて、のんびりとしているアリアをギョッとした顔で面々が見つめた。
「……アリアお前」
「おかえり。調査は終わりましたぁ?」
「……アリアさん、結構マイペース――いえ、ダンテミリオ姉妹は揃ってマイペースなんですね」
(お姉ちゃんに比べたら僕のほうがマシだよ。だってお姉ちゃん、相手にその意図を汲み取らせないもん)
澄ました顔のアリアに、リュードウィスとアンメライアが呆れている中、ノアが軽くアリアを睨みつけるような顔つきで、彼女に近づいた。
「アリア――」
「んぃ?」
ずかずかと足を鳴らし、ノアが拳に力を込めたのが見えたのだが、それを遮るようにアリアの正面にミアベリルが躍り出た。
「……」
(ベル?)
「ベリルちゃん――?」
ミアベリルに正面に近づかれたことはアリアも想定していなかったのか、妙な鳴き声をあげて彼女を見つめている。
しかしミアベリルはじっとアリアを見つめるだけで何も言わず、そしてただアリアの頬を一撫でしただけで、そのまま背を向けて歩き出してしまう。
アリアもアリスも、ノアも呆然とミアベリルの背を目で追ったのだが、行動の意味を理解できず、揃って首を傾げた。
(……なんだろう、この不器用な人が小動物を触る時みたいな緊張感は)
「あたし、なにかしたかな?」
アリアは本を閉じてまでミアベリルを目で追い続けたのだが、突然ノアに頬をつままれ、瞳に涙を浮かべてじたばたとし始める。
「ノアぁ、何するのよぅ」
「突然いなくならないの、心配するでしょうが」
「あたしいても邪魔だったでしょぅ」
「そういうこと言ってるんじゃ――」
「まあまあ殿下、こうして無事だったからいいではないですか」
「……シェリル」
「アリア先輩も勝手な行動はダメですよ。単独行動は本当に危険なんですから」
シェリルがノアをなだめつつ、子どもに言い聞かせるような空気感でアリアに告げるのだが、そのアリアが小さく息を吐くと、シェリルをじっと見つめた。
「――ねえ、よく聖水の準備をしてましたね」
「え? ええ、さっきも言った通り、予想は出来ましたから」
「……ノア、アンデットの発生条件ってなんだっけ?」
「発生条件って――そんなのあるの? 死体があれば湧くでしょ」
「いいえルヴィエント、正確には魔法使いの死体に寄って来るのではないかという説が有力です。つまり、ここにはどなたかが――」
「え、ええ、でも私はアンデットを見かけただけなので、死体があるかはわかりません」
「ふ~ん、それなのに魔物討伐を依頼したんだぁ」
「……どういう意味ですか?」
「どうして湖の環境調査を優先しなかったのかって思って」
「アンデットは我々魔法使いには脅威ですから優先させたまでですよ」
「そう」
ノアたちが顔を見合わせて困惑している中、アリアはシェリルに背を向けて歩き出した。そして「ああ」と声を上げ、思い出したようにわざとらしく足を止めて指を鳴らした。
「ああそうだ、バグズウィプスってねアンデットの中では珍しい特性を持っていてね、元が虫だからか頭がよくないの。そう、例えば聖水に使われる水月草が生えるこの湖にも喜んで浄化されに来るくらいにはおバカさんなんだよ」
「……」
「この湖、水宮の湖はアンデットを寄せ付けない。結構有名な話だと思うんだけれど、一体なにを目指してバグズウィプスは現れたんでしょうね?」
「それは――」
「ああそれと、アンデットは魔石に寄ってくる。だよね?」
「――」
振り返って舌をべっと出すアリアに、シェリルが顔をゆがめた。
「次からはすぐに魔物の討伐じゃなくて、その場所の調査を優先するべきだね~」
「……ええ、気を付けます」
アリアはそう言って馬車の荷台に乗り、再度本を開いた。
もう話すべきはないという雰囲気で、ノアたちは終始首を傾げていた。
(お姉ちゃんの詰め方は相変わらずいやらしいというか、容赦ないというか、というかなんでシェリルさんを詰めてんだ?)
アリスの疑問に誰も答えることはせず、面々も渋々といった風に馬車に乗り込むのだった。




