その姉と食生活
(ベル、なんであんな風にお姉ちゃんのことを睨んでいたんだろう?)
「……」
ノアとリュードウィスの2人と別れて、今アリアが住んでいる学園の寮――と言っても本来は2人部屋になるところを、アリアは寮の旧管理人棟を改装して使わせてもらっており、1人で生活している。
元々取り壊す予定だったのだが、アリアとノアの交渉によって使わせてもらっており、寮と比べて広く、さらに研究スペースもあり、アリア自身この家屋を気に入っている。問題を挙げるとしたら古い木造の家屋のためにあちこちにガタがきており、隙間風や虫、ネズミなんかも入ってくるし、歩くたびにミシミシと音が鳴ったり、雨漏りがあったりと管理するのが面倒だということだろう。
その家屋のリビングで、アリアは本を片手に思案顔を浮かべていた。
「……事故の時、あの子もアリスの近くにいたんだったっけ。あの後、一度も話していなかったなぁ」
(ベル、僕がいなくてもちゃんとやってるかなぁ)
「それは微妙。ほらベリルちゃんってアリスに依存気味だったから」
(だねぇ、最初のころは誰にも懐かない孤高の狼って感じだったのに、いつの間にか僕について歩くポメラニアンみたいになったもんねぇ)
「さすがにそこまでじゃないけど、1人は慣れているけれど、2人でいることに慣れていないのがまるわかりだったもん。我が妹ながら人たらしというか、ちゃんと1人で生きる術を教えないと」
(僕別に飼い主じゃないよ? ベルの友だち。それにそんなに脆い子じゃないよ。1期生では僕に並んで優秀な魔法使いだったんだから)
「……優秀な魔法使い。ノアとリュウくんと同じ前衛の魔法使い、主に使用する魔法は障壁系統を用いた殴らせて叩くタイプだったかな」
(そうそう、ベルの使う障壁は固くて攻撃にも使えたんだよ)
「障壁というよりは造形魔法、呪文で発生した守ることを目的とした壁を好きなような形にして、それを攻撃に用いる戦い方だよね。珍しい。というより随分とひねくれた子だなぁって」
(ベル、実はお姉ちゃんとも仲良くしたがっていたんだよ。柔らかそうであったかそうって言ってた)
「あたしは枕じゃないんだけど――優しくしてくれるのならいくらでも」
ミアベリルについて考察するダンテミリオ姉妹、アリアは月あかりを吸収して光を放つ魔石で出来たアイテムで明かりを調節して、再度本に目を落とした。
アリスにとっては当然だが、アリアもミアベリルに対して悪い印象はなく、それゆえにあの視線の理由を測りかねているといった様子だった。
しかしそんな思考をぶった切るように、アリスがいぶかしむような視線をアリアに向けた。
(お姉ちゃん……)
「なに?」
(ご飯ちゃんと食べよう?)
「食べてるよぅ?」
アリスが呆れる原因はアリアの食事にあった。
姉は本を読みながら、へし折ったような野菜やそのままの野菜を手に取って油に塩を混ぜたものにつけてまるかじりしていた。
塩と油をとっている辺り、人間の食事にギリギリ見えているのがまだ救いだが、それでもまともな食事風景でないのは確かだろう。
(もう僕が料理作ってあげられないんだから、もう少し頑張ってよ)
「そんなにぐちぐち言うんなら作ればいいじゃない」
(どうやって――)
「やり方はアンデットと同じ。幽体でも物質に干渉できているんだから、それを真似ればいいだけよ」
(真似ればってそんな簡単な)
「難しいことでもないよぅ。ようは物質が無視できないほどの質量を生命力でカバーすればいいだけ」
(むぅ……お姉ちゃんの健康のために練習するか)
「お願いね」
深いため息を吐くアリスに、アリアは一切目をやらずに本を読んでいた。しかし姉はふと思い出したかのように顔を上げ、アリスに意識をやった。
「ああそういえば、言葉にも生命力が宿るっていう説を知っている?」
(言霊っていうんだっけ?)
「そうそう、今の社会で用いられている言葉のほとんどがその言霊故に名づけられた物である。だね」
(……それが何?)
「アリスは今あたしが食べている食事に不満があるようだけれど、これもまた言霊を用いて名を授ければ意味のある食事になるってことだよ」
(僕は意味じゃなくて栄養をどうにかしてほしいんだよ――)
「つまり、このお野菜ディップは名前を得たことで生命力を内包して、何にも劣らない生きる活力になったってわけだよぅ」
(ならないよ。ねえお姉ちゃん、そんな屁理屈はいいからもっとお肉食べよう? 草食動物じゃないんだから、ちゃんとした食事をとろう)
「生命力があれば人は生きられ――」
(お姉ちゃん)
「だから……」
(お姉ちゃん)
「……」
アリアは頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。
当然だろう、こんな屁理屈が通るのならそもそも栄養など必要はない。
(それに言霊なんて言うけれど、野菜の名前とか料理の名前とか、ほとんどが初めて食べた人がそう叫んだとか眉唾な理由でしょ)
「言霊の信ぴょう性が増したでしょ? 魂が望んだ名前の付与だよ」
胸を張って野菜をシャリっと歯で折る姉に、妹の方は不安を隠せないのであった。




