その姉と視線の向く先
「さあアリア、今日は私が奢るわ。遠慮せずに食べてね」
「……」
放課後、ノアに連れられてきた喫茶店にて、アリアはテーブルに広げられた数々の砂糖の塊と白い粉を混ぜて焼いたものや何故そこまでして味を調えて食べなければならないという黒っぽい茶色の菓子をふんだんに使われた菓子などなどを引きつった顔で見ていた。
(わあ美味しそう。僕がそこにいたら全部食べちゃうのに)
「ったく、ノア様はアリスがいないってことを思い出すべきなんだよ」
「あはは――」
「ん~? アリアどうかした?」
「殿下」
「リュウくん、大丈夫だよ。それじゃあいただきます」
アリアはそう言って菓子をフォークで刺して口に運ぶのだけれど、噛むたびに体を震わせ、満足に噛み切らないまま無理にのどに流し込んだ。
そして彼女は指を握りながらノアにはにかんだ顔を見せて口を開く。
「ん――おいひいね」
「……アリア、甘いもの苦手だった?」
「へっ、いや、えっと――」
指をキュッと握るアリアを見つめていたノアが頭を抱え、ティーポットからカップにお茶を淹れ、それをアリアに手渡した。
(お姉ちゃんへの甘い物、いつも僕が食べてたからなぁ)
「……甘い物が好きなのはアリスだったのね」
「えっとね。その、嬉しいよ」
「それは本当みたいね。もう、どうして言ってくれないのよ」
「顔見りゃあわかんだろうが。アリアは基本的に調理されたものは好かねえぞ」
(お姉ちゃん、料理の過程を頭に描いてその意味の有無を考えちゃって頭を占拠しちゃうから、まともに味わえなくなっちゃうんだよねぇ。甘い物じゃなくて砂糖単体なら舐めるんだけど)
「甘い物が欲しいのなら砂糖単体で舐めれば事足りるし簡単だもん」
「……今とんでもねえこと言わなかったかお前?」
リュードウィスが顔を引きつらせていると、ノアがアリアの顔を両手で掴み、ジッと彼女の顔を覗いている。そして深いため息を吐くと喫茶店の店員を呼び、何も手を加えていない果物の盛り合わせをお願いしていた。
「果物は、大丈夫よね?」
(お姉ちゃん放っておくとごはんが生野菜、生果物、生魚になるからね。しかも本読みながら食べるから食べやすいように切ってあるとなおよし)
「うん、ごめんねノア」
「本当よ。こっちが勝手にやっているんだから、言ってくれていいんだからね」
「ん、でもノア嬉しそうだったから、言うタイミング逃しちゃって」
「ああもう、控えめで可愛いわね。本当に好き、結婚してほしい。子作りしましょう? そしてリュードは殺す」
「俺関係なくない!」
「貴様アリアが甘いもの苦手だと何故教えなかった」
「俺はお前の教育係じゃないんだ、自分で察しろ」
リュードウィスを睨みつけるノアだったが、彼はその視線を無視して自分のカバンをあさり始めた。
「アリア、お前魔法陣に詳しいみたいだな?」
「……そうでもないよぅ?」
「俺よりは詳しいだろ。呪文も空間系統ばかりだし、魔法陣の強化でなんとか強くなっていきたいんだよ」
「空間系統ばかりだとだめなのぅ?」
「いやだってさ、空間系統持ちって魔法陣の適性が狭い印象があるんだよ」
(というか空間系統の魔法が単体でも使い勝手が良すぎるからね。適性が狭いんじゃなくて研究が進んでいないというか、この系統が使えるだけでだいぶ有利って印象だなぁ)
リュードウィスの言葉に、アリアが思案顔を浮かべると、そっと彼の手を握った。そしてアリアは首を横に振る。
「リュウくん、ちょっと違う」
「何がだよ」
「学園では魔法陣の適性。なんて言うけれど、正しくは魔法の適性」
「ん?」
「アリア、違いが判らないのだけれど」
「呪文だけなら誰でも唱えられる、要は組み合わせ。単体で唱えられない呪文でも、複合魔法なら使用できることもある。だよ。だから呪文によって魔法陣の適性が決まるんじゃなくて、使用する魔法の適性が魔法陣によって違う。が正しいんだよ」
「……ちょっと待て。それじゃあ俺が単体では発現しなかった魔法が複合なら使えるかもしれないってことか?」
「だよぅ」
(へ~、そうだったんだ)
「そうじゃないとあたし魔法使えなくなっちゃうもん。アリスに教えなかったっけ?」
(ん~……聞いたことあるような気もする。でも僕あんまり関係なかったし)
「アリスは禁忌を除いた大抵に適性があるからねぇ」
(僕も禁忌使いたいよ)
「適性のある禁忌があるといいね」
アリスへと小声で答えたアリアをノアがじっと見ていた。そしてノアはカバンを開いて教科書を取り出すとパラパラとページをめくり首を傾げた。
「そんな記述、どこにもないけれど……それもアリスから?」
「うん――」
指をキュッと握るアリアに、ノアは盛大にため息をつき、その場に魔法陣を生成した。
「『――』『――――』『――』なるほど」
呪文を唱え、ノアの手に光りがともった。
「ノア様、今のは」
「私に適性がなかった空間系の呪文を普段から使っている呪文と混ぜてみたわ。ええ、使えるわ」
「マジかよ」
「……これ、魔法学の根底を覆しかねないわよ。今まではある程度の適性を最初に調べて、それからは一切適性のなかった呪文には触れないもの。アリア、そういうことはちゃんと学会で発表しないと」
「アリスすごいねぇ」
「……もう」
「いやだが実際、これ教員や陛下に伝えたほうが良いんじゃないか?」
「ダメよ。そんなことしたらアリア目立っちゃうじゃない、誘拐されちゃうわ」
ノアはアリアを抱き上げると、そのまま膝の上にのせて席に着いた。
おちゃらけて言った風のノアだったが、実際にはその顔は思い悩んでいるような苦々しい物であり、アリアのことを深く考えているのがうかがえた。
「ノア、ありがとうね」
「……こっちに戻ってきてから、随分と魔法について話すようになったじゃない」
「そうかなぁ?」
「ねえアリア、あなたもしかして」
「ん~――」
ノアの言葉が風の囁きのように耳に運ばれようとしたとき、アリアはその声を遮って振り返ってその瞳を鋭くさせた。
「……アリア?」
「――ってあれ?」
アリアが振り返った先には女生徒がおり、どういうわけかアリアを睨みつけていたのだが、すぐに視線を外して早足で歩いて行ってしまった。
(ベル?)
「今のって確かアリスと」
「……ベリルちゃん」
その女生徒はアリスの友人であるミアベリル=ヴァンガルドだった。




