その姉と羨望する景色
「というわけでアリア! 遊びに行くわよ」
「え~……」
授業終わりの放課後、アリアが荷物を学校指定のリュックに教科書やら詰めて下校の準備をしていると、ノアが彼女の肩をつかんだ。
「えー。じゃない! 最近はアリアと一緒にデート行くことも控えていたのよ。そろそろ限界だから今日発散しちゃいましょう」
「1人で発散しなよぅ」
「……いいのかしら? 授業中突然襲い掛かるわよ」
「はい、行きます」
(脅し方がひどすぎる。ノアちゃんはお姉ちゃんに対していつも全力だなぁ)
「受ける方の身になってよぅ。ノアのことは嫌いじゃないし、むしろ好きだけれど普通に恐怖だからね」
(2人を見てたら僕もベルに会いたくなってきた)
「……ミアベリル=ヴァンガルド。かぁ」
(お姉ちゃん苦手だっけ?)
「ううん、いい子だと思う。でもあの子アリス以外だとそっけないから」
(僕のこと大好きだから)
「アリスがいなくなったこと、必要以上に気を揉んでなきゃいいけど」
ノアが放課後のお出かけプランを垂れ流している横で、ダンテミリオ姉妹がアリスの学園での友人について話していたのだが、我らが殿下がデートの終わりに王宮での入浴までを口にしたところで、アリアがやっと彼女の口に手を伸ばしてその口をふさぐ。
「はいそこまで。今日はちゃんとお家に帰って家でご飯食べるよ~。王宮には行かないです」
「そんな! 子作りは!」
「しません、出来ません」
(ベルって、まともな子だったんだなぁ)
妹が在りし日の友人に思いを馳せていると、姉の方が殿下に手を取られてそのまま引きずられていくのをため息をついてフワフワと2人についていく。
そんな彼女たちの背に、付かず離れずといった具合でリュードウィスが追いかけていく。
しかしノアは脚を止めて彼を訝しんだ。
「いや帰れ」
「護衛だけど俺!」
リュードウィスはため息をついて肩を竦めると、アリアに近づいてそのまま彼女の脇に手を入れて持ち上げた。
「殿下のそばにいたらあぶねえだろ。やられるならあいつ1人で十分だ」
「おい護衛コラ」
「護衛ってわかってんなら大人しくついていかせろ、文句言うな」
リュードウィスは持ち上げたアリアを傍に下ろし、呆れたような顔をして歩き出したノアの背中をついて進みだした。
「悪いなアリア、あれでもここ最近は我慢してたんだ。今日はちょっとだけ付き合ってやってくれ」
「ん、2人ともそんなに気を遣わなくてもいいからね? あたしはもう、それなりに吹っ切れたというかあまり状況は変わらないというかむしろ今までより身近というか」
(常に近くにいるからねぇ)
「……別に気なんて遣ってねえよ。俺はほらあれだ、雇い主が馬鹿しねえように見張ってんだよ」
「ん。ありがとリュウくん」
頭をかきながら赤い顔でそっぽ向くリュードウィスに、アリスが何か言いたげにしているが、特に何かを言及することなく、ノアの上空でフワフワと飛び回る。
「コラぁ! アリアは私のよ!」
「はいはい、わかったから早くいけ。どうせ最近熱心にリサーチしてた喫茶店だろ」
(お姉ちゃん愛されてるなぁ)
「……有り難いことだよね」
「なんか言ったか?」
「ううん、みんなと寄り道するの久々だから楽しみだなって」
「おう――ちなみにあいつお前が未だに甘いもの好きだと思ってるから、嫌だったら言ってやれ。近くにお前好みの店あるから、そっちに移動しようぜ」
「リュウくんも教えてあげればいいのに」
「ヤだよ。ノア様は言葉にしなきゃ察してもくれないから一度痛い目見るべきなんだよ」
「ほら早く!」
(……やっぱいいなぁ)
アリスの呟きはそのまま宙へと消え、風に解けて流されていく。
彼女は肉体を持たない。姿も見えずに心を通わせることも難しい。
それゆえに出てきた言葉なのか、しかしその声は誰にも届かない。彼女は故人である。




