その姉とその片鱗
「ほらノア、そろそろちゃんと授業受けよ?」
「アリアに授業真面目に受けろって言われたわぁ、もう終わりよ」
「どういう意味ぃ?」
(普段から真面目に受けてないからだよ)
魔法陣の授業を引き続き受けているアリアたち、実験室のテーブルは4人掛けとなっているために大抵はその席に座る者同士で協力し合うのだが、ノアがアリアのそばに来たために、最初の席順とは異なっている。しかもそのノアを追ってリュードウィスも最初にいた生徒に断わりを入れて席を変わってしまったために、アリアのいるテーブルはノアとリュードウィス、もう1人の生徒となっている。
「けど私、そもそも魔法陣関係苦手なのよね」
「……お前の頭ん中筋肉で出来てるからな。細かい作業が必要になる魔法陣とは相性悪い――」
「おらぁ!」
「ぐわぁ! そういうとこだよ!」
「そこ、私語が多い」
アッシュランスにピシャリと注意され、ノアとリュードウィスが口を閉ざした。
そんな2人を見てクスクスとアリアが笑い声をあげる。そしてテーブルに広げられた触媒と呼ばれる数々の乾燥させた植物や細かく砕かれた鉱石などなどを手に取り、それをすり鉢に入れて調合していく。
「そういえば、ダンテミリオ姉妹は随分と古い手法を使っていたな」
「あたしたちの師匠がやっていたやり方なんですよぅ」
「なるほど。だが今は魔石が取り付けられた道具で調合も数秒で可能になったぞ。時間が短縮できるのはそれだけで有益だ」
「そうですね。でもあたしはこっちの方があっているんですよぅ。自分でやるほうが魔法陣にもよく馴染みますし」
「魔法陣と個人のエネルギーの関連性は研究でほとんどないと発表されているはずだが? だからこそ魔石を使っても魔法の行使ができる」
「……」
魔法の行使に必要なのは呪文と魔法陣だけである。そこに魔法だけに使用するエネルギーの存在は認められていない。
だが一般的に確かめる術はないが、魔法を使用すると疲れるという理由から生命力を消費しているのではないかと言う説が有力で、魔石は魔物の生命力の塊、故に呪文を魔石に通すことで生命力を使用せずに魔法が使える。
と、言う学説が今の一般的な魔法の教えとなっている。
(これ、お姉ちゃんだけ見えているものが違いすぎるんだよなぁ)
「……そうですね、扱えないものであるのなら、それはないのと同じ。確かにそうですね――」
ゴリゴリとすり鉢で素材をすりつぶし、触媒を粉末にしたアリアはそれを手に魔法陣を出現させると、それをおもむろに振りかけていく。
「そのままでは――」
本来の手法は、出来上がった粉末に水分を混ぜて魔法陣の上からその触媒でなぞるというものだが、アリアはそれをそのまま振りかけてしまう。アッシュランスが驚いた顔を浮かべるのは当然だろう。
だがそんなやり方でも失敗したような傾向はみられず、アリアの魔法陣は淡い光を発した。
「……ダンテミリオ、今何をした」
「アリスに教わったやり方です」
(僕はお姉ちゃんから習ったんだけど? いつ僕が教えましたか?)
きゅっと指を握るアリアがにっこりとアッシュランスに笑顔を向けた。
そしてアリアはそのほんのり発光する魔法陣に、小さく呪文を唱え、フッと息を吐いた。
(――? ありゃ、あっちのテーブルの子たち)
「あっれぇ? なんか上手くいかない」
「なんでだろうね?」
「というかなんか凍ってない?」
「ほんとだ!」
別のテーブルの生徒たちが騒がしくなったからか、アッシュランスはアリアから目を離し、騒いでいる班に目をやったのだが、彼はギョッとしてその生徒たちの下に向かった。
「馬鹿者、魔石が混入しているぞ。魔法が暴発してしまう」
魔石とは生命力の塊である。という学説だが、それを魔法陣に触れさせると魔法が暴走してしまう例がいくつもあった。
この授業での事故のほとんどが魔石の混入によるもので、教員としてアッシュランスもその生徒にすぐに実験をやめさせた。
「魔石を使う道具は便利だけど、基本的に魔法陣と相性が悪いから事故に繋がっちゃうんだよねぇ」
「お前そんなこと知ってたのか? アリスの受け売りか」
「うん」
相変わらず指を握るアリアに、ノアが肩を竦めた。
「……やっぱり気が付かないはずないのよね」
「ノア?」
「ううん、まさかアリアに授業を真面目に受ける気概があったことに驚いているだけよ」
「失礼なぁ。でも今日はもう頑張ったからお休みしようかなぁって思ってます」
「それでこそアリアよ! 護衛は任せなさい!」
「なんのだよこの要護衛対象」




