片翼朽ち果てても姉妹であれ
「おねえちゃ~ん、お姉ちゃん、お姉ちゃんぅ、お姉さま、姉さま、姉上」
「魂の波長は途切れることはなく、世界へと影響を及ぼし続けてどこまでも残る傷が如く。けれどその魂に隙間を作ることで波長そのものに干渉することで成り立つ――」
「お姉ちゃん!」
「ひぅっ」
鬱蒼と生い茂る草木には誰かが踏み入った痕跡がもうなく、長い期間誰も訪れていない森の中で少女――アリア=ダンテミリオが泣き声を上げた。
彼女は黄色い花をつけている薬草となる植物に手を触れてぶつぶつ呟いていたが、それをアリアの妹であるアリス=ダンテミリオがたしなめる。
「もうっ、集中すると周りが見えなくなる癖、いい加減改めなぁ」
「あぅ……だってぇ」
「あぅでもだってでもない。返事は、はい」
「あぃ」
「もう、これから先は1人でやっていくんだよ。そんなことで本当に大丈夫?」
「……あ、アリスがいるもん、1人じゃないし――」
「1人みたいなものでしょう。僕だっていつもこうやってアドバイスできるわけじゃないんだし、お姉ちゃんがしっかりしないと」
「う~」
アリスがアリアから流れる涙に指で拭おうとするのだけれど、その涙はとめどなく流れてしまい拭うことは出来ない。
妹が姉の涙をぬぐえないことに一度顔をゆがめるが、すぐに首を振ってきわめて明るい表情でアリアが触れている薬草を指差した。
「で、お姉ちゃんは何をやっていたのよ」
「ああぅん、この薬草――フィリップ草、依頼とは関係ないんだけれど媒体としてとっても優秀なんだぁ」
「え? そんなこと学校で習ったかなぁ」
「アリス、お姉ちゃんがちゃんと学校の授業受けてると思ってるの?」
「いや受けなさいよ」
泣き顔から一転、したり顔を見せるアリアに、アリスは心底呆れたようにため息をついた。
表情がコロコロと変わる小動物のような姉のアリアとその姉をいつも見守り、時として厳しく叱る妹のアリス。
ダンテミリオ姉妹は周囲から仲良し姉妹という評価を受けているとても騒がしい2人、彼女らが通う学園でも、2人はそれなりに有名で、泣きながらアリスに抱き着くアリアとそんなアリアをいつもなだめるアリスが高い頻度で目撃されていた。
「今日の依頼が終わったら、学校に復帰するんだからシャンとしてよね」
「う~……やだなぁ。絶対変な目を向けられるもん」
「そりゃあねぇ」
「どうしようアリスぅ、あたしいきなりたくさんの人に話しかけられたら爆発しちゃうよぅ」
「……いやぁ、それはないんじゃないかなぁ」
アリスは苦笑いを浮かべると、半透明の手に目を落とした。
「誰が好き好んで、妹が事故死した姉にデリカシーもなく話しかけるのよ」
「そういうものかなぁ?」
「そういうものだよ。それとお姉ちゃんは迂闊なんだから、あんまり変なこと言わないように。今普通に僕とこうしてお話してるけれど、学園ではあんまり反応しないようにね」
「え~、アリスとお話ししたい」
「そうじゃなくて――ああもう! お姉ちゃんは世界で現在6人しかいない禁忌魔法の使い手、もしこれが学校にもバレたら、離れ離れになっちゃうかもしれないんだよ!」
「……やだぁ」
「僕だってヤだよ。せっかくこうしてまだお姉ちゃんと一緒にいられるんだもん。僕も出来得る限りの協力はするけれど、ほとんどはお姉ちゃんが頑張るんだからね」
アリス=ダンテミリオは故人だ。
しかし彼女の魂を繋ぎ留め、現世へとしばりつけたのが姉であるアリア=ダンテミリオ。
最早2人の姉妹ではなく、周囲からは1人にしか見えない。
アリスは所謂幽霊というもので、普通の状態では触れることも出来なければ人に見えることもないし、声も届くこともない。
そしてそんなアリスをこのような状態にしたのがアリアの持つ禁忌魔法。
「本当は、学園なんて行ってほしくないんだけど。なんでまた通うなんて言い出したのよ」
「……確かめたいことがあるから」
「なにそれ?」
「大事なこと」
その一瞬、アリアの瞳が抱いた決意で鋭くなった。
彼女は目的をもって学園への門を再び叩こうとしているのだ。
「それはわかったけれど、とにかく無茶はしないでね」
「うん、お姉ちゃん頑張るよ」
片方は姉を守るため、もう片方は真実を見定めるため、それぞれの思惑を以てダンテミリオ姉妹はひと月とちょっと空けていた学園へと足を進ませる。
この先に何が待ち受けていようとも、姉妹2人で乗り越えるために、もう二度と悲しみにくれないように。
姉妹はただ、一緒にいられるために進むだけだ。