修正ディスコード
「ねぇねぇ、あの人ってさ...」
「もしかしてあのときの?」
「ちょっと、聞こえちゃうでしょ」
廊下を歩いているだけでヒソヒソ声が聞こえる。
(やっぱり、高校生になっても結局厄介者のままか...)
俺はいつも、周囲から避けられていた。もちろん、避けられる原因に心当たりはある。やっぱり高校生になっても、中学校のメンツがそのまま上がってきただけなんだから中学同様、疎まれるのは当たり前だ。
でも、そんなときは...。
『~♪』
つらくなったときは、いつもヘッドホンをつけて再生する。
修正ディスコード。俺の好きなグループだ。正直全然有名じゃないし、他に知っている人なんて俺を合わせても数人くらいだろう。
でも、俺はこのグループの曲が好きだ。「青春の修正」をコンセプトにした修正ディスコードの曲は、今自分が抱えている苦しさや無力感にピンポイントに当てはまる。このグループの曲を聴いているときだけは、もう諦めた夢を叶えられるような気がして、孤独や陰口から解放されたような気持ちになる。
『~♪』
全部神曲だけど、一番最初に聴いた「ディスコードを奏でて」という曲がやっぱり一番好きだ。心に直接響く透明感のある声と、明るくてワクワクするような優しい声。特徴的でどことなく懐かしい。ずっと聴いていたい、そしていつかは本人に会ってみたい...。そう一人で考えていたときだった。
「きゃっ!?」
「うぉっ!」
一人の女子生徒と正面衝突した。というより、彼女の方からぶつかってきた、という方が正しい。
「いてて...」
「痛~...。あ!すみません急にぶつかっちゃって。ケガしてないですか」
「あ、いや大丈夫す。このくらい」
とは言ったものの、彼女が石頭なのか、全身が痺れていて正直しばらく立てそうにない。少し意識が遠のいてきたような気もする。
「いやー、正面衝突だったね、ってちょっと、大丈夫!?」
「あ、ホント大丈夫なんで。ちょっと目が回、る、くら、いで...」
「あっ、倒れた」
目の前が真っ暗になった。
『~♪』
ぶつかった衝撃で地面に放り投げられたヘッドホンから、歌が聞こえる。
(あれ?この曲ってもしかして...。うわー嬉しいな、この曲聴いてくれてたんだ)
「いやいや、まずは保健室に連れて行かないと!」
不意に、中学の記憶を思い出す。”和音”と名乗るとても仲のいい女の子がいた。といっても顔は見えず、通信上で話すくらいだった。彼女曰く同じ学校の同学年らしく、確かに話していて辻褄が合った。
彼女と話している時間はとても心地よかった。そのときだけは本心で笑うことができた。学校の話題で盛り上がって、流行りの曲を歌っているのを聴いて、他愛のない話をして...。
ある日、自分の夢を語ってくれたことがあった。
(私、将来歌手になりたいんだ。自分で作曲して作詞もして、皆にこの声を届ける。ただ歌うだけじゃなくて、この声で苦しんでいる人を助けたいの)
(そっか。いいな、夢があって)
(だから、高校生になったら自分の曲作って路上ライブなんかやりたいなって)
(皆が夢を持ってるってのに、俺は何も持ってないな)
(それならさ、もしオリ曲ができたら一番最初に聞かせてあげる。誰よりも先に君にこの曲を届ける。私の曲で夢を持ってほしいから)
この言葉を最後に彼女とは音信不通になった。もう、あの声は聞けない。理由は多分、いや確実に自分のせいで彼女の夢を傷つけてしまったからだ。
「あ、やっと起きた」
目が覚めて起き上がると、さっきの人が座っていた。
「あの、なんで俺はここに?」
「ごめんね、あの時曲がり角で正面衝突したでしょ?そのせいで君、気を失ってたんだよ」
「すんません、いらなく心配させて...。俺は大丈夫なんで、そろそろ戻ります」
人とはできるだけ関係を持ちたくない。今までそれで何回も後悔しているからだ。
そう思って足早に保健室から出ようとしたときだった。
「そういえば、ヘッドホン忘れてるよ」
「あっ...。あざっす」
「ねぇ、君が聴いてたのって修正ディスコードの曲?」
「えっ」
変な声が出た。まさか修正ディスコードを知っている人と会えるなんて思わなかったからだ。
「その反応、正解みたいだね~。うれしいな、知ってる人がいて」
その声は嬉しそうでどこか寂しそうだった。
「ねぇ、君はどこでこの曲を知ったの?」
「...。不純な理由ですよ。昔仲良かった人がいて。そいつの声が好きでいつも歌を歌ってもらってたんです。修正ディスコードの曲を聴いてるとそいつを思い出すんですよ。もしかして本人だったり、なんて考えたりもして」
「へぇ、そっか。そうなんだ。なんか青春だね~」
(いらなく喋りすぎたな)
「その本人さんだといいね」
どうして彼女にこんなに話してしまったのだろうか。自分でも理由がわからない。ただ、初対面のはずなのにどこかで話したことのあるような懐かしさがあった。
ー翌日ー
(そういえば、昨日ぶつかった人の名前聞いてなかったな)
そんなことを考えながら、教室に向かう。すると教室の前に昨日会ったばかりの人が立っていた。
「コンくん、であってるかな?」
「あ、あんたは確か昨日の...」
「アコです。そういえば昨日名前教えてなかったね」
一度も同じクラスにならなかったからか、顔は知っていたが名前は初めて知った。確か隣のクラスだったか。
「アコ、さん、昨日のことならもう大丈夫っす。特にケガもないし。話はこれでお終いに」
「昨日はごめんね、でもそれとは別に聴きたいことがあって」
「いや、今日日直なんで、ホント勘弁してください」
もうこれ以上話さないほうがいい。大体こういう時に限って面倒事になるのだから、無理やりでも話を終わらせよう、そう思っていたときだった。
「コンくん、どうしていつも一人でいようとするの?」
「...は?」
「昨日も普段も、”できるだけ誰とも話したくない”みたいな雰囲気を出しているから」
(こいつ、俺が周りから疎まれているのに気づいてないのか?)
「言っとくけど、俺と話すのはやめた方がいいぞ。お前まで嫌われ者の対象になるからな」
「嫌われ…?何を言ってるの、君は別に誰にも...」
「とにかく、もう話しかけないでくれ」
「あ、ちょっと!」
そう突き放して教室に入る。
本当は誰かと話したい。一緒に駄弁って遊んでいたい。ただ、人と関りを持つのが怖かった。唯一の友の夢を壊してしまったように、せっかく仲良くなった友人をまた傷つけてしまうかもしれない。自分が一人になったのは自分の責任でもある。
(なぁ、コンっていつもなんか聴いてるよな。俺らにも聴かせろよ)
(ちょ、やめろよお前ら)
(どれどれー、ってなにこれ、カバー曲?なんか変な声だな)
(は?)
(お前ってこーゆう声好きなの?センス皆無だなw)
このとき、冷静に流しておけばよかった。でも、いつも夢に向かって頑張っている”和音”を見ていたから、その言葉が許せなかった。
(お前ふざけんなよ!)
(コン?ちょ、タンマ、落ち着けって)
教室中がざわつき、悲鳴が上がった。誰かが読んだ先生が駆けつけるまで、ただただ頭に血が上っていた。
(痛ってぇな、そんなヘンテコな声聴いてるから頭もヘンテコになったんじゃないのか?)
(おま、許さねえ!)
(コンくん落ち着きなさい!)
一部始終しか見ていない他の人からすれば、自分が急に暴力を振るったように見えただろう。それでも彼女を守ることができたと思っていた。しかし、それは完全に自分のエゴだった。
その晩、”和音”からメールが届いた。
(あんなに夢語ってたのにごめんね、私、無理かも。誰かを助けるどころか、君を傷つけちゃった)
俺よりも、君の方が傷ついたんだろ。誰よりも自分が一番君を傷つけた。そんな自分が許せなくて、同時に誰か大切な人をまた傷つけるのが怖くなってしまった。
ー昼休みー
「コン君、ちょっと来て」
「えっ?アコさん?」
いきなりアコさんが教室に入ってきた。
「大事な話があるの。だからちょっと来て」
「ちょ、アコさん、勝手に別の教室入るのは校則違反...」
「バレなきゃ無罪だから」
強引に教室から引っ張り出された。さっき突き放したことを根にもっているのだろうか...?
「今日放課後空いてる?」
「まぁ一応」
「それなら後で屋上来て。そこで大事な話をするから」
「ちょ、ちょっと。どうしたんすか、そんな強引に言われても。そもそもここで話せばいいんじゃ...」
「とにかくよろしくね」
「だから待てって」
(なんなんだ急に。そもそも屋上なんて普段空いてないのにどうしろと)
ー放課後ー
忠告されたのに行きもしないわけにはいかないので、とりあえず屋上階段に続く部屋の手前に来た。普通その部屋には鍵がかけられていて、勝手に生徒が出入りできないようになっている。
しかし、今日はなぜだか空いていた。
(もしかしてアコさん、本気なのか?)
階段を上りきると、予想通りアコさんが立っていた。
「大事な話って何なんですか」
「コン君、勘違いしてる」
「勘違いって何を」
「誰も、あなたのことを嫌ってなんかないってこと」
「...。またそんなことかよ」
そんなわけがない。
「ウワサ、もう知ってるだろ?あれは本当のことだ!理由はあったといえど、俺は一方的に人を殴ったんだ!」
声が大きくなっていくのが自分でも分かった。
「それでいて大事な人の夢を潰した!自分のせいで立ち直れないところまで追いやってしまった!」
今まで、誰にも話していなかったからだろうか。自分の思いがどんどん溢れ出してくる。
「だから、皆俺から距離をとってるんだろ!また誰かを傷つけるくらいなら、孤独の方がいい!」
でも、どうして彼女には本音を言えたのだろう。
「違う。違うよ、皆そんなこと思ってない。少なくとも私は」
「...え?」
「コン君、修正ディスコードの曲の中で一番最初に聴いた曲って何?」
「...”ディスコードを奏でて”」
「ふふ、やっぱりそうなんだ」
「それがどうしたんだよ」
「一番最初に届ける、って言ったのにこんなに遅れてごめんね。でも、直接聞かせるのは君が初めてだから!」
何回この曲を聞いただろうか。いつもはヘッドホンからしか聞こえない歌声が、今リアルタイムで直接流れてくる。
「すごい、まるで本人みたい」
「鈍感だね、もしかしてまだ気づいてないのかな」
「…!もしかしてアコさんが」
「みたい、じゃなくて本人だよ。私が正真正銘、修正ディスコードのアーティスト、アコ。そして君が探していた”和音”だよ」
ずっと会いたかった。ずっと聞きたかった。あの時のことを謝りたかった。ただ今は衝撃と感動で上手く話せない。
「いきなり逃げてごめんなさい」
「どうしてアコさんが謝るのさ」
「コン君が怒ってくれた時、とても嬉しかった。でも、やっぱり苦しかった。悔しかった。君から逃げてしまった。だけどね、諦めきれなかったんだ。君に届けるまでは」
考えすぎだったんだ。確かに俺はアコを傷つけてしまった。だけど、彼女は夢を諦めてなどいなかったんだ。全部、ただの考えすぎだったんだな。そう、考えすぎ...
「だーかーら!考えすぎだって言ってるでしょ!」
「いや、だってあんな大事件起こしたんだぞ、そんな俺が誰かと仲良くなんてなれないって」
「それが考えすぎなの!もう時効でしょ?今更気にしてる人なんていないよ」
まさかの告白から何日か過ぎた。あれからアコさんとの距離が一気に近くなった気がする。話す機会も増えて、現に今、俺に友達を作らせようとしてくる。周りの人が避けていたように感じていたのもただの考えすぎだったみたいだ。
「とにかく、まだ人と話すのは怖いから、時間をかけて話せるようにするから」
「こっちから声かけないと、友達0人のままだよ」
「アコさんがいるから0人じゃないし!...あ」
「...そ、そう?あはは、それならしばらくは一人でいいかな」
(うわー、めっちゃハズい。本音で言っちゃった)
お互いに顔が赤く染まっていく。
「そういえばさ、なかなか多くの人に聞かれないんだよね、私の歌。どうしてかな」
「そりゃあ、路上ライブも何もしてないから、そもそも認知されてないんじゃないか。俺も偶然見つけたし」
「路上ライブ⁉さ、流石に私にはまだ早いかな...」
「なんだよ、そんなにいい声してるのに」
「いや、そういうわけじゃないんだけど...。ほら、聴衆の目とかって怖いじゃん?」
「それこそ考えすぎだろ!」