降伏勧告
海上自衛隊横須賀基地が襲撃を受けていたとき、東京は永田町もまた、大きな被害を受けていた。
横須賀の時と同じく、レーダーに探知されないまま現れたドラゴンによって町は焼かれ、人々は無惨にも惨殺された。一部においてはドラゴンより下乗した者らと警察、自衛隊との間で戦闘も勃発した。
結果的に、百里基地より飛来した航空自衛隊の活躍によってこれらの戦闘は収束することとなったが、敵が去り際にばら蒔いていった『勧告』は多くの混乱を産むこととなった。
◇
日本国民へ告ぐ。これは我らティアーダ王国よりあなた方へ発する降伏勧告である。
空より出でる無数の軌跡に導かれ、未知なる世界へやって来た者らよ。資源もなく、食糧を得るツテもない現状では貴国はやせ細り、いずれは死する運命にあるだろう。
そんな運命を変える方法がただひとつだけ存在する。それは貴国が我らがティアーダ王国と共に歩むということである。さすれば、資源も食糧も、あなた方が欲するだけ手に入ることとなるだろう。
もし拒否するのであれば、今日のこの町と同じ光景があなた方の国の至るところで繰り返されることとなることだろう。
これは降伏勧告である。しかし同時に、あなた方が生き残る唯一の道を示すものである。
共存か、絶滅か、選ぶのはあなた方である。
◇
M・N・Nは転移前の隕石騒動中にあっても放送を続けた、数少ないテレビ番組のひとつである。
各局が未だ24時間体制の放送を漕ぎ着けられない状況にあっても、たった1局のみ24時間放送を続けている稀有な例でもある。
その現状をある人は流石、と褒めちぎり、ある人はただのまぐれだ、と片づける。
今、その局のニュース番組では、スタッフが用意した大きなフリップに、くだんの勧告がデカデカと写し出されていた。
人手不足故に、どこの地方局から引っ張ってきたのかわからないアナウンサーの「これはいったいどういうことなんでしょうか」という声に、これまた人手不足のせいで駆り出された、名前もよく知らない大学の、教授でもなんでもない講師の男が答える。
「見ればわかる通り降伏勧告ですよね。ただこれを見るとわかるのは相手がかなり好戦的な種族ないし国民性だということですかね。だって僕らまったくの初対面同士なわけでしょ? その相手にこんな高圧的で見下すような文を送り付けるなんてどうかしてますよ。彼らは僕らのことを近世のヨーロッパから見たアフリカ諸国くらいにしか思ってないのかもしれません」
「そういえば、政府とティアーダ王国との間で話し合いが1度行われた、という話でしたが」
「ええ。今回の一連の事件に先立って、一昨日やったかな、完全非公開の形でやったっていう風に週刊誌にリークがあったんですが、政府は今のところ完全に否定してます」
「そうなんですか。ズバリ、ティアーダ王国と名乗る方々の思惑は何にあるとお考えですか?」
「やっぱね、おかしいんですよ。だって僕らがこの世界──まあ異世界と便宜上呼びますけど、ここに来てまだそんなに経ってる訳でもないでしょ? なのに急にこんなことをやってくるわけだから、こんなのおかしい。だってね、相手がどんなのかもわからない。どのくらいの強さなのかもわからない。考え方とかもそこまで理解出来てる訳でもない。そんな相手を急に攻撃する理由なんてね、ふたつにひとつしか無いわけですよ。ひとつはね、最初から支配下に置くことをありきとしている場合、もう一個がね、僕らが知らないとこで、事前に入念に準備してた場合ですよ。僕はね、後者だと思うんです。だってね、今回襲われた場所、横須賀は海上自衛隊の本拠地なわけですし、永田町は日本の政治の中心なわけです。何も知らないでたまたまこの2箇所だけピンポイントで襲うなんて、不可能なわけです。僕はね、例の意味わからない隕石──僕らを異世界に飛ばしたとされるやつね。あれもね、案外このティアーダってのが関わってるんじゃないかと思ってますよ」
「つまり?」
「僕らはね、ずーっと前から狙われてたっていうわけです。得体の知れない連中にね」
旧世界──地球の頃であったのなら、速攻で発言が遮られたであろうもの。しかし今は誰も止めることはない。
テレビの発言は転移前と比べて過激なものが多くなっていた。
◇
政府はこの度の事件に際し、以下の決定を行った。
・日本海で争った不明国家との意思疎通手段の確立及び、交渉を行うこと。
・ティアーダ王国との間で戦争回避に向けた模索を継続すること。
・哨戒機を使用し、新たなる大陸、友好的な国家及び資源の捜索に全力を注ぐこと。
・既に調査済みであった在日米軍装備を自衛隊の装備として接収すること。また一部の物に関しては装備、システムの換装を行うこと。
・自衛隊の警戒レベルを引き上げ、不測の事態が起きた際に即応対応がとれるようにすること。