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唐突だが話は変わる!

さあさあ次話投稿のお時間よ〜

 旧日本海側で海上自衛隊とゲスティナ共和国との衝突があった頃、旧太平洋側でも動きがあった。

 房総半島より西へ100kmの地点で不審船が発見されたのである。


 しかしそれはおかしな不審船であった。船体は木造。加えるのならその動力は風力──わかりやすく言えばその船は帆船であって、速度は30ノット超え。しかもそのマストには『本船は貴船との交信を求める』を意味する国際信号旗が掲げられていたのだ。


 当初は航空機による無線交信をとろうとしたが、どうやら同船には無線装備がないらしいことが判明。そこで船舶による接触を図ることとした。

 第3管区海上保安本部は付近を警戒中だったPL巡視船『ぶこう』を派遣。コンタクトを試みた。


 結果判明したのは以下の通りである。


・彼らは自らをティアーダ王国と名乗る国の外交使節団である。

・今回の航行は日本国との友好的な外交関係樹立が目的である。

・ティアーダ王国領内には良質な各種天然資源があり、食料も豊富に存在しており、輸出も可能である。

・日本語による意思疎通が可能である。

・彼らは四足歩行生物のような耳と尻尾が生えた、所謂獣人である。


 この中で政府の注目を集めたのは項目3と4である。日本国内は今未曾有のピンチにある。かつて輸入で賄っていた天然資源や食料が絶対的に不足しているのだ。政府は備蓄分を放出しているが、それもたかが知れた量に過ぎない。

 何故彼らは日本語が通じるのか、何故日本が天然資源や食料を求めていると知っているのか。疑問は尽きなかったが、政府はとりあえず会って話を聞いてみようという意見で一致した。


 会談場所は都内にある某ビル会議室。ティアーダ王国使節団と日本国外務省外交官数名により行われた。


「──改めまして。日本国外務省外交官、広瀬です」

「ティアーダ王国使節団のティノーです。本日は急な来訪にも関わらず、このような場を設けて頂きありがとうございます」

「流暢な日本語ですね。まず確認したいのですが、あなた方は本当にティアーダ王国なる国の使節団ということで間違いないでしょうか?」

「ええ。といっても、それを証明できる方法はそう多くありませんが。我々が日本国の言語を話せるのは魔法によるものです」

「魔法、ですか」

「怪しまれるのなら我々の船を調べてみてください。あの船には機械式のエンジンは積んでいません。帆船に風魔法を使用することで高速航行を可能としています。後は、口の動きを見てください。ほら、口の動きと音が合っていないでしょう?」


 目の前で見せられた日本側は押し黙った。誰かがリアルタイム翻訳みたいなものか、と口にした。


「疑ってしまい失礼しました。不敬を謝罪致します。ところで、貴国は豊富な資源が存在するということですが、それはどれほど輸出可能でしょうか?」

「実際の数字を確認しても?」


 ティノーの言葉に広瀬は部下に目配せする。広瀬は部下から受け取った資料をティノーに手渡す。パラパラと、ちゃんと読んでいるのか不安になる速さで資料に目を通したティノーはにこやかに言う。


「なるほど、あなた方が必要な分だけ輸出できるでしょう」

「本当ですか! しかし対価は?」

「それは貴国の余っている資源を渡していただければ構いません」


 それは理不尽な目に会い続けてきた日本を救う唯一の手だった。だからこそ外交官の中にも喜びの表情を浮かべた者は少なくなかった。


「──いかがでしょう? 我々と仲良くしませんか?」


         ◇


 交渉は一時休憩に入った。

 ティアーダ王国を名乗る者たちの提案は魅力的だった。最早提案を飲む気で舞い上がっている者も多い。


「いやぁ良かった良かった。後は彼らの国が本当にあるかどうかだけ、ですね、広瀬さん」

「浮かれるんじゃない。あの提案、彼らにはなんのメリットもない。普段なら気づくはずなのに、皆、極限状態に長く置かれたせいでおかしくなっている」

「それは……気にしすぎですよ。今はそれでもやるしかないんです。国民の生活を守るために」

「……不自然なことも多い。彼らの船は目視で発見される直前までレーダーで発見されなかったらしい。木造船というのもあっただろうが、気になる点だ。なにか怪しい」

「怪しいって。それなら具体的に何がどう怪しいんですか?」

「それをこれから確かめる」


 不機嫌そうに言い放ち、それから広瀬は交渉が再開するまで口を開かなかった。


「──さて。休憩も終わったところですが、もうよろしいでしょうか? 私としてはお互いに満足できる結果となったと思うのですが」


 日本側は互いに顔を窺いあう。誰もがいいよな? と暗に了解を取ろうとしているように見えた。

 だが、


「──ん?」


 ティノーが疑問の声を漏らす。その視線の先にはひとりの男。無言で目を瞑り手を上げる男の姿があった。


「ひとつ、お聞きしたい」

「なんでしょう? まだ何か気になることでも?」

「あなた方はこの国に何を求める? 資源、とあなたは言ったが、それは具体的には何を指すのか。我が国には天然資源と呼べるようなものは微々たる量しか存在しない。貴国が何を求めるのかハッキリしない以上、これ以上の交渉は有り得ない」


 口が乾き、喉が痛くなる。日本側の誰かが広瀬を睨む。せっかくいい形で交渉がまとまろうとしているのに、何をぶち壊すようなことを言っているのか、という批判が、彼には認識できた。

 しかしティノーはニッコリとした、張り付いた絵画のような笑みを一度も緩めずに言い放つ。


「貴国にはあるではないですか。立派な資源が、国土に見合わず大量に」


 彼は1枚の紙を広瀬に渡した。拙い日本語で書かれたその紙を見ようと、日本側の面々は集まって覗き込んだ。

 内容は以下の通りである。


・日本はティアーダ王国に対して食用人類を提供すること。

・日本はその保有する軍事力をティアーダ王国の管理下に置くこと。

・日本は、その保有する科学力の全てをティアーダ王国に無条件で開示すること。

・日本はティアーダ王国の派遣する内政顧問を受け入れ、日本国政府はその指導を受け入れること。


 誰となく呟く。


「食用……人類……?」

「ええ」


 日本側が一番気になったのは『食用人類』というワードだった。普通に考えるのならば食用の人類。つまり食料としての人間という意味になるが。その意図を汲み取ったかのように、ティノーはしたり顔となる。


「我々は人間を家畜化し、養殖し、食料として頂戴しています。そこで、日本国には毎月我々が指定する()、人間を提供していただきたい」

「ま、待ってください。まさかあなた方は人間を食べているというのですか? あなた方も人間なのに」

「いいえ。()()()()()()()()()()()()()()


 さも当たり前かのように繰り出された言葉に、日本側は押し黙るしかなかった。

 倫理観が違いすぎる、と誰もが思ったのだ。

 冷や汗を浮かべた日本側の外交官が焦って提案する。


「待ってください。毎年決まった数をとあなたは仰りました。しかしそうせず、最初だけ我が国が人を提供するとして、貴国内にて繁殖させるというのはどうですか? それならまだ交渉の余地も」

「君はなんてことを──!」


 広瀬は怒りに任せて机を叩いて抗議した。それでは()の土俵に降りるのも同じことだ。決して日本国の外交官が口に出していい言葉ではない。


「それが出来ないのです。人間は我々の土地ではよく病気にかかってしまい、全滅も多い。あなた方で言うところの鳥インフルエンザの何倍も感染力の高いような病が蔓延っているのです。まったく、我々獣人と違って、人間は弱く脆い。困ったものです」

「あなた方は我々を……人間を征服しようとしているのですか……?」


 眼鏡をかけた外交官が恐る恐る口にする。


「征服? 違いますよ。言ったでしょう? 我々は友好的な外交関係を結びに来たのです」

「友好的──だとッ!」


 広瀬は彼らの渡した紙を握り潰す勢いで握り締め、語気を荒らげた。


「これは隷属的と言うのではないか! なんなんですかこれは! こんなの我々を国家として認めていないと言うのも同義ではないですか! これでは対等な関係とは言えない」

「これを飲めないのであれば、我々は友好的な関係は築けない。つまり、力ずくでこうなるようにさせていただく」


 力づくだと?


「戦争するつもりだと……そう言いたいわけですか?」

「いえ。我々はあくまでも平和的な解決を望みます。だからこうして対話に訪れたわけです。あなた方の言葉を借りれば──ブンメイテキ、というやつでしょう?」


 文明的、その言葉を冷静に飲み込んだ。だからこそ彼らの異質さがよく理解できた。


「確認させていただきたい」


 怒りを誤魔化すように、眼鏡をかけた外交官が眼鏡をかけ直す。


「この条件の一部を譲歩する、そういった考えはお持ちではないのですか」

「これが寛大な対応であることを理解頂きたい」

「寛大……ですか。しかし、我々の常識から考えるに、これは横暴としか言いようのない条件です」

「横暴とは人聞きの悪いですね。我々がいなければあなた方は今ごろ天から降りし大岩によって滅亡していたというのに」

「それは、どういうことです」

「あなた方をこの地に転移させたのは我々だという意味です。つまり我々はあなた方の命の恩人なのですよ」


 とんでもない爆弾発言だった。

 彼らが日本をこの世界へと誘った。日本が転移した理由はこれまで大きな謎だった。科学では説明のつかない問題だったからだ。そんな世紀の大ミステリーの答えを彼はあっさりと放ったのである。


「まて……待て。待ってください。あなた方はあの隕石のことを知っているのですか?」

「我々はなんでも知っています。あなた方は日本人。人口はおよそ1億2千万。超大国『アメリカ』の傘の元で成長し続け、世界有数の経済大国となった。一方で戦争を何よりも憎み、禁忌し、可能な限りその手段を避けようとする。数年前には大きな地震が起き、東北地方が壊滅した」


 あっているでしょう? と投げかけられた日本側は、背筋の凍るような思いだった。

 彼らはどこまで知っているというのか。どのようにして日本の情報を得たのか。


「我々は一度あなた方を助けた。そして今も助かる術を提案しています。毎月少しばかりの人間を差し出せばあなた方は安寧を得られる。国民への言い訳も簡単でしょう。これは仕方ない。こうしなければこの国は生きていけない。大を生かす為に小の犠牲はやむを得ないと。他方、我々の申し出を断ればあなた方は文字通り全てを失う。食料もない資源もない。人は死に、今までの文明は衰え、治安は地の底に落ちる」


 畳み掛けるような言葉の数々。日本側の反論の暇すら与えずにまくし立てられる。


「さあ、選んでください。あなた方には助かる手段があります。我々の差し出した手を掴むか、折角のチャンスを逃して自滅するか。そのどちらかです」


 日本側は互いに顔を見合わせる。

 究極の選択。だが実の所、現実的な選択でもある。

 事実、彼の提案を飲めば日本の問題を解決できる。このままでは、日本は抱えきれない多数を抱えて崩壊することになる。ならば、抱えきれない分を排除し、器に乗る分だけで日本を存続させる。

 過剰なものを捨てて、それを要る人にあげて、見返りに食糧や資源を得る。そうすれば器に乗った人間はこれまで通り裕福な日本人として生活できる。

 しかしそれでは──


「重大な事実が判明した為、一時休憩の時間を求めます。よろしいでしょうか?」

「よいでしょう。我々はいくらでも待ちますよ」


 今度の休憩は短かった。およそ20分後に日本側は席へと戻った。そしてその誰もが真剣な眼差しをしている。


「して、いかがでしょう? あなた方の答えを聞かせて頂きたい」

「答えはノーです」


 広瀬はキッパリと言い切った。


「あなた方の提案を飲めば、我々は現実的なレベルで、これまで通りの文化レベルの生活を維持できるでしょう。しかし、それでは我々は大切なものを失ってしまいます。ならば、我々は道を違えざるを得ない」

「……残念です。あなた方は戦争を望むのですか?」

「あなたが言ったように、我々は争いを望みません。しかし、同胞を売ってまでして繁栄しようとは思わない。我々は日本人で、1億2千万の日本人、日本国籍を持たない全ての外国人のひとりひとりに人権があり、須らく完全なる対等な人間同士です。上も下も、救うべきも見捨てるべきもありません。それはあなたの言う人間と獣人も同じだと()()()()()()()。もし、あなた方が我が国のその信念を無視し、無謀な行いをしようとするのであれば、我が国は持てる全力を以て、その行いに対応することでしょう」


 交渉は終わった。ティアーダ王国使節団を名乗る者たちの希望により、彼らは1時間と経たない内に日本を後にした。日本側は彼らを引き留めようと努力はしたが、当然無駄になった。

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[良い点] うーん荒涼たる新世界!異世界畜生によるソイレント・グリーンの要求と来ましたか。態々交渉に来たということは、徹底抗戦すれば相手の思惑は外せると見てよろしいのだろうか?よろしい、ならば戦争だ
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