翻訳機
次話はもっと早いかと思った?残念、お休みなくて無理でした!
駆逐艦『ゲヘート』艦長であった男は、小一時間前の屈辱を彼は決して忘れないだろう。
『重傷者の方から救助しまーす。慌てないでくださーい』
艦を失い海上を漂流し、このままではよくてサメの餌になるのだろうと思った頃、彼らは現れた。その姿を見て確信した。
──奴らではない。
彼らはあの日我々を憤怒の沼に陥れた野蛮人ではない。我々は人違いでとんでもない相手に喧嘩を売ってしまった。
艦長は自らを責めた。だがしかし、致し方なかったとも思う。こんなことが起きると誰が予想できたか。この世界において我らに味方はおらず、いるのは敵だけだったはずだった。
もしもこれから我らが国家に待つのが破滅であったとするのなら、間違いなく私が大罪人として歴史にその汚名を刻むことになるだろう。
バタバタとうるさい音をたてて姿を現したのは陸軍が運用しているようなヘリコプターだった。だがその色は陸軍が好んで使うオリーブドラブではなく、純白の白色。その色合いはまるで空軍の実験機を思わせた。
そしてホバリングする機体からワイヤーを使って降りてきた男は知らない言語で何かを喋り、そして重傷の者を見つけるとその者を抱き抱えてヘリへと戻り、それを何度か繰り返すとどこかへ飛び去り、暫くするとまた戻ってきて再び負傷者を連れていく。
艦長にとって屈辱的だったのはその機体だった。
やがて時間が経って重傷者がいなくなると、彼らは『ゲヘート』の艦長をヘリに引き上げた。
「ぬぅ……」
昨今では回転翼機を恒常的に軍艦に載せることはできないか、と思案されていることもあって艦長も何度か回転翼機を間近に見てきたし、なんなら実際に乗ったこともある。
その上でこの機体を評価するのであれば、レベルが違う。
今乗っているものに比べれば、我が軍の回転翼機などアミューズメントパークの遊具だ。
見たこともない数々のハイテク機器。まるで使い方はわからないが、それが我々の技術力とはかけ離れた科学の産物であることはわかる。
しかし、それとは比較にならない衝撃が彼を襲うことになる。
「あれが我等を沈めた艦、か」
ヘリの窓から見える灰色の軍艦。武装らしい武装と言えば艦首に一門ある主砲のみ。それはおそらくミサイル戦に主眼を置いているためだろう。ミサイルという長大な槍を手に入れた軍艦にとって、かつて戦艦の何たるかを示した砲は、既に対空兵器と不意な近接戦闘以外にさしたる使い道のないものへと成り下がった。だから砲が一門しかない理由はわかる。
だが、問題はミサイル発射装置らしきものすらほとんど見当たらないという点だ。艦橋の裏にある以外それらしいものはない。
かつての『ゲヘート』であれば、艦橋後方に対潜ミサイル発射装置が、後部甲板に対空ミサイル発射装置がそれぞれ設置されていた。それらはかなり大掛かりなもので、見ればわかるようなものだった。それが見当たらないということは、この艦はあまり多くのミサイルを搭載していない。これでは満足にミサイル戦を行えないだろう。
この艦の設計思想がまるでわからない。
「こんな艦に我々は沈められたというのか……!」
だが、それは間違いなく事実なのだ。この艦たった1隻に、第24.3任務部隊は壊滅させられたのだ。しかも敵は無傷。それは同じミサイル戦を想定した艦艇同士だとしても、圧倒的な技術的格差があることを示している。
この艦は、そしてこの艦の国は──危険である。
◇
「──は? 今なんと」
自らの耳を疑った士官は、失礼だと思いつつもそう返すしかなかった。
「可能な限り奴隷船を曳航し、基地へ帰投せよ。尚、人道に配慮した決断を期待する、だ。それが上からの命令だ」
「その言い方では我々に意思決定権はないですね」
「全くだ。……隕石騒動のせいで自衛隊も多くの人材を喪った。『ふゆづき』も通常の3分の2ほどの乗り手しかいないが、上も上で人手不足らしい」
「くだんの件で多かったですからね。その……見限ってしまう人は。本土は未だに混乱の中らしいです。政府は早くそれを沈静化させたいそうですが」
「無理だろうな。食料は配給制。娯楽はほとんど消えた。海外にいた日本人たちがどうなったのかはわからず、そもそもこれからどうなるのかもわからない。せめて食料と資源が安定的に得られるようになるまでこの混乱は続く」
艦上で生活する彼らからすれば、なかなかに実感の湧かないことであったが、国内は大いに混乱していた。元々隕石群の衝突で強制的に人類という種は消滅する予定で、それ故に世界有数の治安の良い国とされる日本でも、それは最悪のレベルまで落ちていた。短絡的な殺人、窃盗、破壊──終わりが見えているという安心から繰り広げられた一連の騒動は、庶民のみならず、人民を導くはずである議員らの一部までもが参加してしまったこともあり、それが現在までの混乱に拍車をかけた。
誰もが探していた。何もが見えないこの世界に、個々人の人生に、先を照らしてくれる光を。例えばその光が、破滅をもらたすものであったとしても、先が分からないという恐怖を打ち消してくれる光を。
──まあ、そんな国内事情等どうでもいいのだが。
「──艦長! 哨戒中のP-3Cより緊急報告! こちらに向かう不明艦を確認! 概算40を超えています!」
その言葉に艦長はレーダースクリーンに顔を向けた。そこにデータリンクでP-3Cから飛ばされた情報が表示される。そこに映されるのは間違いなく大艦隊と呼ぶのに相応しいものだった。
「またやりますか?」
「バカ言え。この艦だけではどう足掻いても無理だ」
「では、航空機による波状攻撃を……?」
「それではミサイルの無駄だし、こちらから攻撃すると後々面倒だ。このご時世、君も職を失いたくないだろう? 我々は文明人で、対話の手段も手に入れた」
「対話の手段? そんなものどこにも……あっ」
「くれぐれも丁重に扱ってくれ給えよ。彼らに我々は敵ではないと宣伝してもらわねば困る。そして、敵に回したら困ることになるともな。話によると彼らの中でも艦長クラスらしき者が今ここに向かっているらしい。彼が近づいてきている大艦隊に語りかけてくれれば事情は伝わるだろう」