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奇妙な味の短編集

生命力が強すぎる赤ずきんちゃん

 昔々あるところに赤い頭巾がかわいらしい女の子が住んでいておばあちゃんにパイを届けに行ったのですがおばあちゃんに化けていたオオカミにパクリと食べられてしまいました。


「おばあちゃん、おばあちゃん、生きてる?」

「ああ、なんとかね。あんたも無事でなによりだよ」


 赤ずきんとおばあちゃんはオオカミのおなかの中で邂逅を果たしました。

 ふたりとも、体質的に生命力が強かったので、バリバリと噛み砕かれても死ぬことはなく、あまつさえ身体は再生しつつありました。


「それにしても、厄介なことになったわ」

「そうだねえ、さいわい胃酸のDoT(持続)ダメージを回復量が上回っているから死ぬことはないけど……」


 赤ずきんとおばあちゃんは、オオカミの胃壁に「えいっ!」と正拳突きを放ちました。

 しかし、柔軟でヌルヌルした胃壁はふたりの打撃を受けつけません。


「打撃は無効、と考えた方がよさそうだわ」

「となれば、やることはひとつだねえ」


 赤ずきんとおばあちゃんは、にいっと歯をむいて凶暴な笑みを浮かべました。

 握り固めていた拳を開き、五指をびしりと揃えて伸ばします。


「鍛えた拳は鈍器を超えて刃と成る。打撃の果てのその向こう……目指すは斬撃!」

「くくく……この歳になってなお挑戦者(チャレンジャー)になれるとはね。なるほど、武とは面白いッ!」


 赤ずきんとおばあちゃんは、その日から一心不乱に手刀を鍛えはじめました。

 オオカミの胃壁を殴りつけ、殴りつけ、殴りつけ、それが斬りつけるという高みに昇ることを信じて。


 途中で猟師さんが腹を割いて助けようとしてくれましたが、「他人の……しかも奸計の力に頼って脱出するなど恥の骨頂! この斬撃空手を完成させるまで、我らは決してオオカミの腹を出ぬ!」と、猟師さんがオオカミの腹を縫い合わせるのを内側からじっと見ていました。


 ――猟師(ダグラス・ケイジ:当時38歳)はこう述懐する。

 ――はは、猟師暮らしは長いですがね。あんなのははじめてですよ。

 ――獣の目? って言うんですか? 人間のしていい目つきじゃなかった。いや、あっしにゃあ学がないですからね、ほかに気の利いたたとえなんて思いつきゃしませんが……。

 ――ははは、お恥ずかしい話、ガキとばあさんに凄まれてね、正直チビっちまって……。

 ――アラスカでね、人を何十人も食ったってグリズリーを見たことがありますよ。……でも、あれはもう、()()どころじゃなかった。

 ――もう、言いなりですよ。言う通りに腹を縫い合わせて、逃げ出しました。ええ、情けないと思うなら笑ってくだせえ。

 ――ただ、断言するよ。あんただってあの場にいたら、へたり込んでションベン漏らしてたよ。

 ――えっ、逃げる必要なんてなかったんじゃないかって? ええ、そりゃ、あとになって考えればあっしもそう思いましたよ。

 ――でもね、そのときのあっしは必死なんてもんじゃなかった。ふたりから立ち込める……殺気とでも言えばいいんですかねえ。……はい、要するに、あっしはすっかりビビっちまってたんですよ。


 歳月が流れた。

 狼は巨大に成長し、北米一帯を荒らし回った。

 ケベックを壊滅させたそれは、モントリオールを廃墟に変え、ニューヨーカーをスナックのように食い散らかした。


 米軍は戦略核まで投入してそれに抗ったが、その灰色の毛皮を焦げ付かせることさえ叶わなかった。

 アメリカ東岸を不毛地帯に変えたそれは、逃げ惑う人々を追ってダラス、ニューメキシコ、ロサンゼルスを滅ぼしていった。


 逃げ場をなくした人々は、ラスベガスに流れ着いた。

 そして、そこで退廃的な日々を送った。

 どうせ合衆国は、いや、世界はこの魔狼によって滅亡するのだ。

 絶望した人々は、酒と麻薬とギャンブルに溺れた。


 地平線の向こう、砂漠の果てから魔狼の巨体が徐々に摩天楼へと迫る。

 高さ350メートルの威容を誇るストラトスフィアさえも、魔狼の前ではちっぽけなミニチュアに過ぎなかった。


 人々はウィスキーを詰めたスキットルを片手に、粗悪なマリファナを吸いながら、トランプの散乱するテーブルにチップを積み上げつつ、狼の姿をした破滅が訪れるのを待った。


 そのときである。

 魔狼の口から、切り立った山脈を思わせる牙の隙間から、どす黒い血が滝のように溢れ出したのは。


 魔狼はどうと砂漠に倒れ、州間高速(ルート)道路15号線(フィフティーン)を砕きながら大地にその身を横たえた。

 めくれ上がった土砂が津波のように一帯に押し寄せた。


 酒精と麻薬で朦朧とした人々の目が、はっきりと正気を取り戻した。

 魔狼の腹を突き破り、ふたりの人間が現れるのを見た。

 ひとりは真っ赤な頭巾を身にまとった少女。

 ひとりは小さな老眼鏡を鼻に乗せた老婆。

 ふたりは魔狼の頭上に立つと、何気ない佇まいで手刀を天に向けた。

 そして、すっとその手を下ろす。


 なんということか!


 それだけで、魔狼の巨体は真っ二つに裂け、中からはこれまで食われてきた人々や建物、戦車や戦闘機に空母やエリア51に秘匿されていたUFOなどが溢れて出てきたのである!!

 魔狼の体内から脱出した人々は、歓喜の涙に打ち震え、手に手を取ってオクラホマミキサーを踊った。


 かくして、合衆国史上最大の危機は去った。

 なお、これは余談であるが、かの自由の女神像の片手を天に向けた姿は、このときの赤ずきんの姿をモチーフにしている。しかし、これはいまさら説明するまでもないだろう。


(了)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 途中、某格闘漫画を思わせるインタビューで笑いました(笑) 狼を屠った少女とおばあちゃんはきっと後光が差していたでしょうね。 素晴らしい赤ずきんちゃんvs狼でした。
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