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2 怖くてたまらない

よろしくお願いします。


「失礼します。護衛の要請を受けたファビオ:ロシターです」

「おお、お待ちしておりました」


白い王宮の古い離宮。こんな奥まできたことがないファビオ。薄暗い廊下に心臓がバクバクだった。やがて部屋に通された彼に老執事がやってきた。彼はアリと名乗った。


「ロシター卿に引き受けてくださり、本当に姫様も喜んでおいでです」

「こちらこそ。あの、姫は?」

「……その前に。私からご説明をいたします」


奥に通された凛々しい騎士姿のファビオ。『呪い返し』として十字架を密かに胸に潜ませ姫に挨拶をするつもりだった。しかし。執事だけがお茶を持ってきた。


「改めましてお話しします。マリア様はこの離宮を移られ、森奥の古城に引っ越しになります」

「え?!森奥の古城?」


……あそこは廃墟ではないか?これは本気で呪い姫だな。


ドキドキのファビオに執事は話を続けた。


「はいそうです。まあ、姫様お一人ですし。お供は私たち側近だけです」

「姫君とあれば荷物もあるかと思いますが?どれくらいの量ですか」

「それは。別日にこちらで運びます。ロシター卿には当日、姫様の警護をお願い申し上げます」

「なるほど」


彼は部屋をさっと見た。粗末な家具、質素な暮らしぶり。姫とはいえ、寂しい暮らしが見てとれた。


「ロシター卿?」

「あ、あのですね。護衛の件はわかりました。それでですね。日程と道順など。あと、姫は馬車ですか」

「はい。それに関しては後日改めて詳しく打ち合わせをしましょう」

「他にではすね。姫に挨拶をしたいのですが」

「え?挨拶」


なぜか執事は驚いた顔をした。


「ええ。顔を見ないと護衛ができませんので」

「あ、ああそうですね」


老執事は震えながらカップを持った。カチャカチャ音を立てながらお茶を飲んだ。


「ふう。すいません。姫に会いたいという殿方に会ったのが初めてでして」

「はい?」

「おっと?これは気にしないでください?」

「アリ殿?それは一体」


ここでアリはキリッと顔を向けた。


「……申し訳ございません。本日は姫様は体調が優れぬゆえお会いできません。当日まで、どうかどうか」


平謝りの執事。これを不思議に思いながらファビオは離宮を後にした。


……なんなんだ?何が秘密があるのか。


護衛のために顔くらい見ておきたかったファビオ。しかし。執事の動揺の理由がわからずにいた。


……もしかして。俺が姫を見ると、警護を断ると思ったのか?どんだけ怖いんだ、この姫は。


粗末な離宮に住む呪い姫。それしか情報がないファビオ。戦いの男、敵をも恐れぬ軍人。しかし心霊や呪いなどは子供の頃から怖くてたまらなかった。


こんなファビオは早く当日を迎え、その日が終わるのを願って過ごしていた。



そして。マティスら他の部下も同行の上、当日を迎えた。離宮の玄関前にはすでに旅支度のアリがいた。


「アリ殿。姫は?」

「すでに馬車に乗っておいでです」

「もう?」


玄関前。御者が支度する馬車の準備は整っていた。彼女の姿は見えなかった。


……挨拶もなしか。まあ良い。俺も会いたくないし。


怖くてたまらないファビオは、とにかく姫を送って帰りたい一心だった。ここで部下のマティスが叫んだ。


「おい。ファビオそろそろ行くぞ」

「あ。ああ。わかった。では、アリ殿。参りましょうか」


晴天の朝。離宮からファビオは姫の一行を連れて森を目指した。馬車には姫だけの気配。他はアリと、数人が馬に乗ってついてきていた。


……見送る者もいないのか。寂しい旅立ちだ。


王族のはずの姫。誰も見送る者がいない静かな風の中。空には鳥、離れていく古い離宮。ファビオは馬車内の姫を思いながら、馬上で警備をしていた。



こうして進んだ彼ら。やがて街道にやってきた。


「アリ殿。ここは危険ですので。一気に参りましょう」

「はい」


しかし。後方から馬の蹄の音が響いてきた。マティスが叫んだ。


「ファビオ!あれは賊かも知れんぞ!剣を取れ」

「おう」


ファビオ、馬上で剣を抜いた。そして馬車を背にし、叫んだ。


「姫よ!中においでですね?指示があるまでそこに待機です!」

「え?盗賊?」


聞こえた声、か細い声だった。彼はどこかイライラした。


「わかりません!とにかくおとなしくしてください」


騎士である彼ら。怪我がまだ治っていない身であるが鍛えた体。その辺の盗賊に負けるわけはない。ファビオ、その眼力でやってくる土煙を睨んでいた。やがてそこから剣を抜いた盗賊が現れた。


「いたぞ!あの馬車だ」

「姫を探せ」


……姫狙いか?これは。


先にマティスが戦いになった。ファビオも敵を馬から落とす勢いの中、敵の人数が多いため苦戦していた。そんな時、賊の一人が馬車のドアに手をかけた。ファビオはこれを見ていた。


「おい、何をする!

「うわ?」


この男をファビオは背の服をつかみ、ぶん投げた。そして馬を降り、馬車の扉を背にした。


「失せろ!この方に近寄るな」

「くそ!」


戦いながらファビオは気づいた。彼らは明らかに姫を奪おうとしていた。


……物取りではない。姫を狙っているんだ。


そして賊は馬車の前車輪が壊し、馬を逃してしまった。さらに執事たちお供を乗せた馬は逃げていった。残ったのは姫が乗っている馬車と戦う騎士だった。



……くそ。どうする?姫だけを逃すか?


敵と交戦していたファビオだったが、ここで馬車の扉が開いた。


「やめなさい!それ以上は許せないわ!


突然開いた扉。そこにはグレーのマントを頭から被った姫が出てきた。ファビオは初めて彼女を見た。


「姫?」


……あれが、怖っ?


しかし。賊達は口笛を吹いた。


「お、出てきた」

「上等じゃねえか」

「へっへ。手間が省けたぜ」


馬車から出てきた姫。グレーのマントをかぶっていたが、その下にはブルーの服を着ていた。長い黒髪、白い肌、美麗な顔で彼女は短剣を抜いた。


「その人に傷つけたら、私が許しません。そっちこそ覚悟はできているんでしょうね?」

「ばか?やめろ」


ファビオ、慌てて駆け寄り姫の右手首を掴んだ。その短剣は落ちた。彼の左手は姫の背後から細い身を抱きしめえていた。


「やめるんだ!」

「だって。あなたが危険で」

「な、何を言っているんだ?」


しかし。姫は本気で怒っていた。


「私があなたを守るの!」

「姫様!いい子だから。おとなしくしてくれ。こんな輩、すぐに片付けるから」


そういうと彼は彼女を片腕に抱いた。その一方の強い腕で剣を振ると、盗賊たちは去っていった。

彼は肩で息をしていた。


「はあ、はあ、姫。怪我は」

「ありません。あなたは大丈夫?すごい汗ね……」


マリアはそっとハンカチで彼の顔を拭いた。ファビオはされるがまま胸に抱いたマリアを見つめていた。細い手、光る髪、そして自分を心配するありえない言動にドキドキしていた。


「姫よ。これは違う汗です。マティス、そして敵はどうした?」

「おう。東に逃げていったな。これなら追って来ないだろう」

「そうか。ん?どうしましたか?姫」

「ロシター卿……」


気がつけば、姫はうるうるした瞳で彼を見上げていた。


「え?」

「助けていただき。ありがとうございました」


こんな女性と至近距離が初めての彼、真っ赤になった。


「え?いや、その」

「ご挨拶が遅れました。やっと会えましたね?私がマリアです。助けてくださり、ありがとうございました」


丁寧な挨拶が腕の中から聞こえた。ここでやっとファビオは彼女を離した。


「あ?こちらこそ」

「お供の方も。お怪我はありませんか?」


皆を心配する彼女、不安そうにマティスを見ていた。天使の微笑み、可憐な少女に彼もぼうっとしていた。そしてこの場に逃げていた執事たちが戻ってきた。


「姫様!すいませぬ。馬が逃げてしまって」

「いいのよ。ロシター卿が助けてくれたの」

「いや、その……無事で何よりで」


……可憐だ……そして、天使のようだ。


彼の想像していた呪い姫は、爪の長い蛇のような魔女だった。しかしここにいたのは可愛らしい姫である。ファビオは動揺した。


「ロシター卿?どうされました?」

「おほん!マリア姫。どうか、私のことはファビオと呼んでください」

「でも。あなたは私よりも歳が」


……そっちの立場が上だろう?!


「良いのです、今の自分はあなたの護衛ですから」

「護衛。そ、そうですね……」


……あれ?暗くなった。


寂しそうになったマリア。アリと話をしていた。二人の目線の先、これからまだ進むはずが馬車が壊れていた。ファビオ、ここでキビキビと指示を出した。


「アリ殿。馬車はこの草むらに隠しましょう。目印に棒を立て帰りに私が回収しておきます。マティス、頼む。そしてマリア様」

「はい!」


……可愛い……くそ。


「あなたは私の馬で一緒に」

「はい。よろしくお願いします」


恥ずかしそうなマリア。ファビオは愛馬に乗せた。そして背後から抱きしめるように馬を進ませた。森の道をゆっくりと進んでいた。グレーのマントの下からブルーのドレスがチラチラ見えていた。


……髪の匂いがする。それに体の、なんと華奢なことよ。


普段の稽古相手は屈強な男ばかり。こんな若い娘を抱いたことがないファビオ。ドキドキで馬の手綱を掴んでいた。すると。マリアも身構えていることに気がついた。


……姫も緊張しているんだな。これではいけない。


自分は年上。リラックスさせようとファビオは思い、話しかけて見ようと思った。


……ああ?だめだ!全く話題が出てこない?!……どうしよう……


普段の話し相手は同僚がほとんど。女性と会話などしたことがない彼は、動揺してしまった。その時。マリアが囁いた。


「ファビオ。この度は警護を引き受けてくれてありがとう」

「ど、どういたしまして。しかし、姫よ。なぜに私であったのですか」

「それは、ちょっと、その」


なぜか恥ずかしそうに言葉を濁すマリア。ファビオはドキドキした。


「あなたが人格者だから」

「え。今なんと」


うわずってしまった声。自分で自分が恥ずかしいファビオ。ここにマリアが囁いた。


「……立派で誠実な人だから。それが理由です」


よく見ると。マリアの顔は耳まで真っ赤だった。これを見た彼。思わず抱きしめたくなったがこれを抑えた。


……なぜ?なぜこんなことを言い出すんだ?


マリアとは接点はないはずの自分。胸の中に収まっている小さな姫に動悸がおさまらずにいた。汗だくのファビオと真っ赤な顔のマリアはこうして古城に到着した。


「ここね。やっとついたわ」

「姫。ここ?……」

「ええ。ここはクラシックね」


崩れた石の建物。ロシターの目にはお化け屋敷に見えていた。





明日に続きます。

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