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湊しずく その2

 入店してから3ヶ月。


 湊しずくこと、「しずちゃん」は非常に優秀な新人さんだった。

 仕事の覚えは当たり前のように早く、1人でお客様を接客していても、安心して任せておけた。

 多少トラブルの匂いがしても、すぐに駆け寄る必要がない。

 聞き耳だけ立てておいて、推移だけ確認しておけば十分な対応をとってくれている。

 いまでは、まるふくアルバイトの上級クラスの仕事である、食パンのスライスを任せても心配ないほどに成長していた。これはちょっと覚えが早いよ。アルバイトで食パンのスライスができる人はほとんどいないからね。安全性の高いハクラのスライサーとはいえ、3ヶ月は社員並みだね。

 

 ふふふ、困ったことがあるなら私に相談してと、何でもいいから頼りにしてほしいという二年目の先輩アルバイトにありがちな気持ちで、そろそろレジ締め教えてもいいぐらいかなと考えていたら。


「醍醐くんのことなんだけど」


 おっとそっちかぁ。


 おっとっと。


 この3ヶ月ずっと避けていた話題をぶっこんできましたね。

 一瞬顔色に、勘弁してほしいと出てしまったけれど、なんとか立て直して聞いてみる。


 休憩時間は30分。通称3番だ。

 まだ時間はある。

 早く切り上げるにも、引っ張るにも30分たてば一区切りというタイミングで、 頼みを持ちかけるのはアリだね。

 しずちゃんが気を使ってくれたのを感じる。


「二人は付き合ってるわけではないんだよね。醍醐君の気持ちはリサーチ済なんだけど、糸ちゃんは、どうおもってるのかなぁと。それによって、頼みが色々と変わってきましてぇ」


 おぉ、いきなり確信めいたところに切りこんできたな。

 その飾らない感じのもの言いが、親友ぽくてなかなかいいかも。

 というか、醍醐(だいご)の気持ちはリサーチ済というところが、ちょっと気になる。


いや、かなりか。


「付き合ってはもちろんないし、単に醍醐(だいご)は広義の意味の幼馴染ですよ。」

「ほんとにぃ、名前呼び捨てとか気になるポイントだけど」


ちょっと語尾に、突き放した感じが出てしまったけれど、これが率直な感想だからしょうがない。


「ふむふむぅ」

「……」

「では、お願いに入ります」

「どうぞ」

浅葱峰緑地(あさぎみねりょくち)ばら園に、醍醐君とリナっち誘って遊びに行こうよ。」


とんでもないことを提案してきた。


リナっちとは、沢渡さんのことだ。

まぁ、醍醐は100歩譲って許そう。でも沢渡さんは、向こうが許してくれるとは思えないが。


「そうそう転校生も誘ってさ」

「!」


 転校生は。


 まるふくの君は。


 思考が停止したまま。休憩時間が終わった。


 頭が白くなったまま、お店までの通路を歩く。

 お店と通路の境で、一礼と共に「いらっしゃいませ」と挨拶をする。

 

 よし、お仕事へのスイッチが切り替わった。

 

 1年繰り返したルーチンは、私の頭をクールにする。

 なにせ自称看板娘なのだ。

 笑顔振り撒きますよー(はぁと


 という笑顔で、お店の入り口を見た瞬間、目が笑わなくなってしまった。

 しずちゃんは、隣で「やーん。」とピンクのオーラを出していた。


 醍醐(だいご)おまえ


 私のお願い通り仲良くなってきてくれたのかな。


 醍醐と転校生がトレイを持って、パンを選んでいた。

 二言三言醍醐だけ笑顔で、会話をしている。



 ごくり。



 つばを飲み込む音が聞こえた。


 となりから。


 緊張か、戦いへのゴングか。


 しずちゃんのやる気が伝わってくる。





  店内にはお客様が、2人を入れて10名ほどいらっしゃっている。

  しずちゃんが店内を一周しながら、パンを前出しで陳列しなおしつつ整理していく。

 私は、上がるパートさんと入れ替わりで1レジに入る。

 しずちゃんが醍醐と転校生の2人にすれ違いざま


「いらっしゃいませ」


 と極上の笑顔で挨拶する。


 醍醐は「えっなんで、湊さんここにいるの?」といった顔をしている。

 しずちゃんがここでアルバイトをしていることを醍醐は知らないようだ。

 それを見て、少なくとも示し合わせて来たわけではないのだなと判断する。

 さっきのしずちゃんの頼みを思い出して、目線を「まるふくの君」に向ける。


 トレイの上には、安定の磯辺揚げ明太子フランスにアンパンマン牛乳。


 それを見て、いつもの自分に戻った。


 貴方にあってから、あなただけをみてきたのよ。



 すかさず、私のレジに恋。あ、いや来い!と、念を送った。

 強めに。


 店内を整理しながら1周して、しずちゃんが2レジに入る。

 レジを待つお客様の列は8人。

 列の先頭の人が空いたレジに入るフォーク並びで並んでいる。

 その列中には、醍醐と転校生も含まれる。

 転校生が前、醍醐が後ろだ。


 しずちゃんが、軽やかにレジを打ちながら顔を向けずに目線だけこちらに向けた。

 それに小さく首肯する。

 わかってるさぁー、醍醐のレジを打ちたいんでしょ。

 私は転校生のレジを貰いにいこかね。

 私としずちゃんは、抜群のコンビネーションでレジ順を操作する。

 誰にもわからないように遅く、そして早く。


 ふふふ


 まるふくの君、「今日うちのクラスに転校してきましたね」と話しかけてみよう。

 あなたは、驚くかしらそれとも気づいていたのかしら。

 まるふくの君が列の先頭にくる。

 順番操作はバッチリだ。





 私のレジにくるはずだった。




ぐぬぬ

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