転校生 その3
昼休みが始まり、転校生がクラスから退出していく。圧倒的な存在感を醸し出しているにも関わらず、その姿をはっきりと見ることができない。認識阻害のスキルだろうか。
クラスを重い空気が支配する。
私の見立てによると、昼休みまでに転校生に魅了されなかったクラスメイトは3人。
それ以外の生徒は、全員自分の席についたまま焦点のあっていない瞳をしながら、黒板の真ん中上方あたりをながめていた。
ちょうど転校生が転校の挨拶をした顔の当たりだ。
ずっと幸せな顔をしながら、転校生の挨拶を頭の中で反芻しているのだろうか。
転校生が昼休みに教室からでていく扉の音を合図に、恋に落ちた生徒たちは、生ける死体のように、もそもそと動き出した。
だれもお互いに、転校生の話題を振らない。
今あったことが事実なのだろうか。
あんなに美しい人が本当にいるのだろうか。
だれも確かめる勇気がなく、昼休みが終わるまで、切ない気持ちをこらえる生徒たちの嗚咽があちらこちらで聞こえていた。
ひとクラス36名いて、なんとわずかな時間に33名のクラスメイトが恋の呪縛に落ちていた
。
「まるふくの君」凄すぎですっ。
この33名の中に、男子も含まれているのは言うまでもない。
あんた達、ちょろすぎでは。
もちろん私も33名のなかに入っている。
今朝ほど心を奪われたような、にわかなクラスメイト達とは歴史が違う。
三か月前、まるふくに来店されてからの筋金入りでございますよ。
しかし、ライバルが一気に32名増えたか。
むむむ。
逆に魅了されなかった、美的センスに問題がある愚か者たちは3名。
赤い光点がいまだ激しく点滅中の廊下側前から3番目の席に座っている│沢渡 莉奈。称号は「松田醍醐ファンクラブ会員番号1番」
その親友の湊 しずく。称号は「松田醍醐ファンクラブ会員番号2番」。
そして最後の一人は、広義の意味の幼馴染の、松田│醍醐。こいつは転校生の挨拶中も転校生を見ることはなかった。後ろを向いて、後ろの席の私の反応を見ていたのだった。もちろん「まるふく」の君を見ながらぽーっとさせていただきましたよ。
この3人、ある意味勇者と言えよう。
あれだけの美貌、レジストできるものはそうはいない。
学校の時間割は、私的には二分割されている。
実際は6時間目まであるカリキュラムだが、私的にはあくまで二分割。
昼休み前と昼休みあとに分かれる。
つまり、お昼ご飯を食べて昼寝をする前か後かの違い。
お昼ご飯までの時間が待ち遠しい。
お昼を食べて、午後の授業まで昼寝をする。
至福のひとときだ。
ふふふ
お昼寝みたいな短時間であっても、寝て少し夢を見ると経験値が少したまるみたい。
この世界に異世界の理をもって生を受けた私のレベルアップが何をもたらすのか、わからないことが待ち遠しい。
前世の記憶がダウンロードされている。と言えばいいのだろうか。
私の人格自体に変化はないようだ。
知識や経験が増えていると言ったらいいのだろうか、それとも前世の記憶と共に今の人格が生まれ、形成されてきたというのか。
前世を確信したからといって、自我に変化はないように感じる。
異世界からの転生や転移というよりは、│因果律から異世界の記憶を│受け継いだ《ダウンロード》という方が近いように感じる。
異世界、いや│次元の異なるもう一つの世界の私の人生だろうか。
魔王の夢さえ見てなければ、お気楽に楽しめるところなのだがそうもいかない。
おそらく異世界フォルマ=ギアナの「魔王」がこの世界に降臨したのは事実だろう。
私の夢に、読み間違いはあっても、間違いは今のところない。
あれから注意深くネットニュースやSNSなど見ているが、私にわかるような世界の根本的な変化はいまだない。変化するのだろうか。
この世界のどこかで戦争が起こっているし、世界はひどいことで覆われていて、1秒に2人が死んで、40秒に1人自殺している。
魔王がいてもいなくても世界は変わらない
ふと考える。
「魔王」と相対することができるのは、「魔王」を認識している自分だけなのかもしれないと。
いや、私以外にも異世界転生者がいて、その人たちが何とかしてくれる?
「魔王」は降臨しただけで、何も世界には及ぼさないのかも。
「魔王」がいるなら「勇者」も居てしかるべき?
でも、「勇者」の夢は見ていない。
「魔王」何をしに来たんだろう。やはりこの世界を滅ぼすとか。
知ってしまったからには、もう無関係ではいられないのか。
次に見る「魔王」の夢の内容は。
そう、夢で見たということは、必ず自分と関係するのだろう。
私の夢は確定した結果を見る。今のところ。
私の行動に対しての。
目が冷めるとほとんどおぼえていないのが難点だが。
スキルを上げていけばすべてを思い出せるようになるのだろうか。
心が大きく揺らぐ。
心臓が大きな手でつかまれギュッと握りしめられているような、焦燥感が私を襲う。
びっしょりとした寝汗と共に、昼休みが終わった。
爆誕か