転校生 その2
その言葉に、身に覚えは確かにあった。
夢の中で私に伝える思い。
目が覚めたときにはほとんど忘れていたが、あとからこれは夢で見たことだと気づくことが多かった。意図的に使うことはできなかったが、自分に降り掛かっている普通ではないという考えを拭い去ることはできなかった。
夢の記憶の断片からつなげていくことぐらいはできる。過去未来、森羅万象を記録するアカシックレコードに私の夢がつながっている。自分の半径1メートルくらいのことでしか見ることができないが、夢という形で私に告げていた。
瞳の中のウィンドウをミジンコぴんぴんで、いろいろいじっているあいだに見つけた、メニュー内にある特殊スキル欄に刻まれた「夢見」というスキル。
この地球に転生する前の私は、異世界フォルマ=ギアナで生を受けた冒険者。
まだ見ぬ新しい世界へ、誰にも知られていない空白の地図を埋める。
有形無形の新しい何かを求めて、心の奥底から湧き上がる未知への好奇心を片手に歩いていく。
そんな日々を過ごしていた。
前世での生活を、夢で何度か見ていた。
夢の中で、私はいつもまだ見ぬなにかを追い求めていた。
宝石や貴金属といったものから。
一夜で消えた民族が残した歴史書。
財宝よりも、それを守る罠の仕掛けの方に価値があるもの。
宇宙へも辿りつく木造飛空艇。
古代海底都市に眠る碑文。
未来の技術で作られたメイス。
死後に書かれた作者の書物は、もう一つの異世界の可能性を示唆するものだった。
そのリアルすぎる夢に、もう一人の自分の存在と、それに連なる現在の自分の姿を重ねていた。
どくん
自分の称号「異世界転生者」を見たときに、欠けていたパーツがカチリとはまる音がした。
どくん
夢で見たことが現実に起きて、いままで何度か救われたこともあった。
どくん
知らない街に出かけるとき、地図などで確認しなくてもどこに何があるのか知っていた。
どくん
それは夢で見たから。
特殊スキル「夢見」
この世界の因果律に夢でアクセスすることによって、現在の自分の状況(原因)から、未来(結果)を得る。
夢は起きた時に忘れてしまう。
夢を忘れてしまった場合、忘れた夢を思い出せるのか。
本当に忘れているのか。
それとも今の自分が夢なのだろうか。
夢の境界はどこに引くべきなのだろうか。
未来視の魔法書。
どこで手にしたのかわからないけれども、未来視スキル「夢見」として私を守ってくれている。夢で得たものを駆って、異世界の財宝をハンティングする夢を見ることはなかった。
しかし転生前のスキルは今世でも引き継がれていた。
私はこの「夢見」を持って、まだ知りえない新しい世界「地球」に生まれ変わったのだった。
瞳の中の称号「異世界転生者」を見ながらひとり物思いにふけっていた。
そして私は夢で見ていた。
この世界に「魔王」が月の光と共に降臨した夢を。
そして私は記憶から失っていた。
この世界へと転生させた存在を。
★★★★★★★★★★★★
「ねぇ、あれちょっと」
「綺麗」
「何年生?」
「なんか美しすぎて苦しいのだけれど」
「あとつけてみよう」
目ざとい女子たちは噂の転校生が職員室に入るのを騒ぎながら見ている。
始業のチャイムが鳴っても、職員室から出待ちする人数が増えるばかりだ。
教師がその人並みをかき分けながら転校先のクラスへと進む。
★★★★★★★★★★★★
気づいたら転校生は教壇の横で挨拶をしていた。
誰も転校生が入ってきたのを気づいてはいないようだった。
挨拶の内容を耳にしても覚えることはできなかった。
クラスにいる生徒の9割の口が半開きになった。
顎が弛緩したままだらんと下がっているのを目の端でみる。
もちろん9割には男子も入る。
頬が染まっている男子が何人か見受けられたのにはさすがに心配になった。
ちょっとたぎるけどね。
転校生は、教室の気温を3度マイナスに落としたのではないかというほどに、美しかった。
目をつぶってみても、その美しさが脳裏に焼き付いていた。
瞼がまぶたの意味をなくし、魂にその美しさを刻み付けられるようだった。
あとで聞いた話だけれど、他の全クラス、いや他の全学年で同じように、転校生に恋に落ちたものが続出したらしい。
隣のクラスには小学5年生の頃から付き合ってラブラブなカップルが居る。そのまま結婚して、幸せな家庭を築くだろうと見るものすべてを微笑ましくさせる、そんな二人だ。転校生を目にしたカップルの両方が彼に恋をして、即日別れたとも聞いた。
これは彼と言うのだろうか。
性別を超えている。
能天気な私はイケメソきたーと単純に喜んだが、これは。
この美しさは危険すぎる。
まともにご尊顔がまぶしくて見えないのです。が。
!!!!!
息をのむ。
深く鼻から息を吸い。
静かに口から息を吐いた。
これは。
この人は。
磯辺揚げ明太フランス様。
トレイに置いたパンの内容であなたがわかる。
ブーランジェリー「まるふく」の君だった。
その称号はかわらず。
「unknown」
実際その後は、授業にならなかった。
教室の空気すら、転校生に恋をしたような。
そんな空間に満ちていた。
きたね