転校生 その1
その松田醍醐が、あたしの前の席に座っている。
さっそくミジンコぴんぴんで醍醐をタップする。
称号は、「浅葱峰高校2年3組出席番号22番サッカー部キャプテン」となっている。長いな称号。
すらりとした長身で、印象的な長い手足。
人好きのする笑顔、日焼けした浅黒い健康的な肌。
ほかのクラスや学年をまたがって、ファンクラブもあるようだ。
そのリア充オーラが、私の昏い心を逆なでする。
「あんた目立つんだから、学校であたしに話しかけるなって言ったと思ったけど。しかもクラスの中とかやめてよ」
ちょっとイラッとした心が口調に乗ってしまった。醍醐と話すとき最近はこんな感じになってしまう。なんか意識してるみたいで嫌なんだけど。クラスの周りの女子の視線を背中に感じつつ、醍醐にだけ聞こえる声で、顎を引いた上目づかいでぼそっとつぶやく。
ついつい醍醐には、言葉が強くなってしまう。目もきつくなる。
照れ隠しではなく、軽く殺意を込めて呟いてしまう。
「おっおう分かった、ごめんね気を付けるよ。ちょっと糸が興味ありそうな話を耳にしたからさ。」
「へぇ」
醍醐はだんだんと声色が小さくなりながら首肯し、頬を赤らめて視線を右下にそむけた。
赤らめた口元を骨太だがきれいな右手で押さえている。
その普段とは違う醍醐の姿を見て、周りの一部女子が何かに気が付いたようだ。
だから、嫌なんだよ。
周りの様子も気にせず、醍醐は続ける。
「転校生が来るらしいよ。しかも、かなりのイケメンらしい。」
「ふっ、醍醐も少しはあたしの役に立つ時が来たみたいね。」
でかしたとばかりに、目を見開き裏をとる。
「ちなみにどこ情報?」
「アキラが部活の顧問に今度の試合の仮オーダーをもって職員室にいったら、担任とその転校生が、転校の手続きに来ていたらしい。」
「ふむふむ」
アキラくんというのはサッカー部の副キャプテンで醍醐とはいつも一緒にいる男の子だ。美少年という言葉がよく似合い、醍醐とセットで良からぬことを想像する女子が後を絶たないと聞いている。うは。
話に信憑性がでてきたので、我知らず前重心になり気持ち耳を前に出した。イケメンが転校生としてくる。大好物です。
醍醐の肘に、身を乗り出したわたしの髪の毛先が落ちる。
醍醐が目をぱちぱちしながら、身体ごと肘を引いた。また顔を赤くしやがって。
そこまで過剰に反応しなくても。
イラっとする。
家が向かいどうし、同じ学校同じクラスに通っていると、必然生活リズムも似てきて様々な場面で顔を合わせることになる。
最初は、ぎこちない挨拶を交わしているだけだったが、それにも疲れてしまい広義の意味の幼馴染みであることを受け止めることにしてからは、逆に気楽に接することが出来るようになった。
しかし、醍醐は異性の幼馴染みであることを、まだ乗り越えていないと思う。決して私のことが好きとか、そういうことではないと思う。勘違いしてはいけない、私には「まるふく」の君がいるのだ。
柔軟剤のいい香りが醍醐から漂ってきた。
ほう、ダウニンか、柔軟剤の趣味は合うかな。
某外資系大型スーパートコトコの有名なヘビーリピートアイテム。
はぁトコトコで顔を合わせないようにしないとな。
こうしてまた近所に行きづらい場所が出来上がってくる。
広義の意味の幼なじみって本当に困る。
「あんなに美しい人間を、男女問わず見たことがないと言っていた。職員室の温度がその美しさで2度下がったようだとも、背後に月の光を見たとも」
どんだけふくらます気だ、この野郎。と、胸にツッコミを入れたくなったが、周りの視線に躊躇して人差し指で、机を二回叩くだけにとどめた。
特に、廊下側一番後ろの席に座る、沢渡さんグループからの視線が危険すぎる。
私から見えない位置にいるが、瞳の中のミジンコぴんぴんカーソルを動かして出したメニュー越しで沢渡さんを確認し教室内をマップ表示する。
私の周りを青い光点が囲む中、沢渡さんの位置でただひとつ赤い光点が激しく点滅していた。こわいよー。
赤い光点はもちろん敵意である。
「まぁいいや、転校生ときっちり仲良くなんなさいよ。そしてできれば、親友になってイケメン同士のいちゃい。いや、友情を築いて、そっと遠巻きに私に見せてくれればいいから。」
身を乗り出しながら、醍醐にさらに話しかける。
「もちろん、私のことも自然な形で紹介するのよ。自然な形。で。ね」
上ずった声になりながら、妄想が止まらずヒッという得体のしれない呼吸音を出しつつ昏い欲望を、醍醐にぶつけていた。しまった暗黒面を出してしまった。
真顔になって、少し引き気味の気配を醍醐から感じたが、こころよく了承してくれた。
なにか私に対して思うところがあるようだが、そこは、深く考えないでおくことにした。
クラスの女子から石もて追われるような荒行には、興味ない。
わたしの好みは、体育会系ではないのだ。
ミジンコぴんぴんを動かしてステータス欄に刻まれた、私の称号を見る。
異世界転生者。
その言葉に、身に覚えは確かにあった。
だな