自称看板娘に転生しました
「魔王が、勇者に恋をした。のか?」
「えっと、お姉ちゃん大丈夫?」
こたつの向かい側から、妹の美幸が心配した様子で答えてくる。
ちょっと頭が弱いかわいそうなコに対するような、慈愛に満ちた瞳をしながら。
全く失礼な妹である。
確かに「魔王が、勇者に恋をした。のか?」とか中二病丸出しの突然の独り言に反応する言葉としては、しごく適当なのかもしれないがもう少しオブラートに包んでも。
「あ、ごめんごめん。寝てたよ。なんか夢見ていて、どんな夢だったかもう朧気なんだけれど」
「うん知ってる。ぐーすか寝ててよだれもすごいよね。他にも色々寝言言ってたよ。バラの塔がどうとか。転校生がどうしたとかニヤニヤしてた。よだれ垂らしながら」
どんだけよだれ好きなんだよ。と一応突っ込みながら、美幸は私の寝言に対する意見を述べてきた。
でもね美幸さん、寝言に返事をしてはいけないと死んだおばあちゃんに習ったことを忘れたのかな。と、寝ぼけ眼の半覚醒状態でどこかに魂が抜けたような状態で考えていた。
口も半分だらしなく開いてた。よだれはとりあえずまだそのままだ。
人は眠っているとき、魂が黄泉の世界に行っているため、その最中に返事をしたり、話しかけたりすると。
(魂がこちらの世界に帰ってこられなくなる)
という、日本の民話や神話からの言い伝えは多い。
黄泉の国の人との会話が、現世に具現化した行為として寝言という形で表れているのだという。私の寝言に反応した美幸と会話をした。
ならば、私の魂はいまあの世にあるのか。
「言い方。よだれがどうこうとか、姉に対する敬意をですね、もう少し持っていただけると」
「お風呂の時間だから、起こしてあげたんだよ。カラーリングするって言ってなかったっけ」
こたつで乾燥して乾いた唇の端に広がる涎を、セーターの裾で拭きながら美幸に抗議する。
そっか今月はお小遣いが厳しいから、自分で髪を染めようとしてたんだっけ。
ちょっと難しい後頭部のあたりを美幸にさせれば、セルフでもなんとかなるかなと思いながら、説明書を読んでたら眠っちゃったのか。
生まれた時から白髪だった。
物心ついたときから髪を染めるという行為は日常だった。両親は黒髪なので遺伝とかではないみたいで、生まれつき色素が薄いのか、生まれた時からこの世界に絶望してストレスで白くなったのか定かではない。赤ん坊が泣きながら生まれてくるのは、辛く苦しい現世に生を受けたことを儚んで。なんてことを聞いたことがあったな。
今年で17歳。高校2年生になる私の考えは少しポジティブだ。
これは白髪ではない。
白銀。
選ばれし者の髪色だよ。
ちょっと中二病臭いがそう理解している。
とりあえず、白髪染めを、いやいや選ばれし白銀の髪を黒く染めていくことにしよう。いつものように。
「美幸さんおねがいしまーっす」
わたしは寝ぼけ顔だが最大級の笑顔で、愛しの妹にお願いするのであった。
子供の頃から夢を見るのが好きだ。
起きている時ではなくて、寝ているときに見る夢。
趣味は寝ること。
1日12時間は寝たい。
起きて時計を見たら2時間しか寝てない?と思って、外を見たらすでに暗く、時計の針が1回り以上していて14時間寝ていたなんてことは、しょっちゅうだ。
最近は、夢に自分の意思を干渉させて、好きな形に夢を魔改造する技もサマになってきたようにも思う。
ただ、この技を使うと、なにか眠りが浅くなるような感じがして、損した気分になる。
ちょっとしたことでも目が覚めてしまう。
もうすこしスキルアップが必要なのかな。
目が覚めたら、夢はすでに忘れている。
こたつで見た夢も例外ではなかった。
好きな人との甘い夢だったような気もするし、荒唐無稽な冒険譚だったような気もする。二度寝してその夢を追いかけてみたいとも思う。
印象的なワンシーンが心をよぎったが、体を起こす間に忘れていた。
その夢に出てきたモノは。
肩まで垂れた艶やかな銀髪に、印象的な縦に伸びた虹彩。
全身に月光を浴び、透き通るような肌。
中性的なその存在は、自らを魔王と名乗っていた。
「刻とバラの魔王」と。
「魔王フラグ。また立ててしまった。」
美幸に後ろ髪を染めてもらいながら、そうひとりごちる。
妹はまた姉の中二病が始まったか。という生暖かい目で見てくるがあえてスルーする。
幼い頃より夢で見たことが、何故か現実に起こるという体験をしてきた。
(夢見)自分ではそう呼んでいる。
名前をつけてしまうほど多いのだ。
そうなることが。
ただ残念なのは、夢は起きたときにほとんど忘れてしまうので、起こってから夢で見たことを理解する。私の頭はおかしくなってしまったのだろうか。事実だけを整理して想像の部分を排除することで自我を保っている部分がある。色々妄想すると耐えられなくなる。私の心は弱い。
何度も夢で見て知ってはいたけれど。
今世も来たか。
死んでもかかわりにならないように、かわしていかないと。
まどろみの中、心に誓う。
決意する。
「魔王フラグ」
それを聞いた美幸さんが、あれな病院に電話しかけるのを必死に止めるのだった。
魔王フラグ