松田醍醐 その1
ぐぬぬ
醍醐、やってくれたな。
軽く殺意が湧いた。
なんと直前になって、二人の順番を入れ替えてきた。
ありえない。
ありえないんだけれど。
残念ながらお客様同士の合意なら、順番の多少の前後は問題ない。
問題は無いんだけど。
先になった醍醐が、照れながら私のレジにトレイを置く。
「転校生連れてきたぞ」
気持ちドヤ顔はいってやがる。
……褒めて欲しいなら、順番変わらないでよ。
殺意が漏れてしまう。
切り離した意識の向こう側で拳を握って叫ぶ。もちろん顔は笑顔のままだ。
なにせ自称看板娘、笑顔のスキルはマックスさ。
「あ、そのままパン包みながらでいいんだけど、こんどの土曜日ばら園いかないか」
どいつもこいつもばら園か。
さっきのしずちゃんからのお願いとは別口のお誘いなことは、隣のレジからの支離滅裂なオーラでわかる。
めちゃ聞き耳立ててるでしょ。目の前のお客様に集中してよ。
醍醐は、息を思いっきり吸って止めたような、真面目な顔だ。
投げやりな感じでレジを打鍵していく。
「はぁ、考えとくよ」
「転校生もくるけど」
「!!!!!!行く」
即答した。
「友達二人くらい誘ってもいい?」
私とりなっちつれてけという、隣のしずちゃんからの圧が凄い。
言わされた感がある。
傀儡スキルでも持っているに違いない。
「おけおけ」
醍醐が満足気に首肯する。
まるふくの君は終始微笑んでいた。
それを見て今日も一日幸せな気持ちで反芻する。
こうして、私、醍醐、湊しずく、沢渡莉奈、転校生の5人で浅葱峰緑地ばら園にいくことになった。
それぞれの思惑をのせて。
それは宇宙を漂う鉱物だった。
ラグビーボールほどの大きさの鉱物が、宇宙を漂ってすでに20万年以上がたっている。
鉱物は考えている。
宇宙のありようを。
その漂う鉱物は、意思を持つ生命体であった。
人間が「考える葦」であるならば、その宇宙を旅する鉱物は「考える石」。
人間が炭素系生物であるならば、旅する鉱物はケイ素系生物。
考えるケイ素は、意志を持っていた。
1人と数えればいいのだろうか。
一族はいるのだろうか。
鉱物生命体である「考える石」に流れる時間軸は、地球における時間軸とは違うものであった。
地球の1日は、考える石にとって刹那の瞬間にしか感じられない。
悠久の刻のようにも感じられた。
果てしない旅が時間感覚を奪ったのだろうか。
彼はいつものように外部の感覚を遮断し、瞑想に耽っていると、とある惑星にかすってしまっていたのに気づいた。
正確には惑星自体には、かすらなかったが、その惑星の知的生命体に触れてしまい、生命活動を止めさせてしまった。
「考える石」の周りには、全てのエネルギーを吸収する、亜空間フィールドが薄く張ってある。
触れることのなかった惑星自体には、一部の大気をのみこんだ以外は、ほとんど影響を及ぼさなかった。
触れてしまったひとつの生命体の活動が、終わりを迎えるとともに、その知的生命体の思考の一部が流れてきた。
彼はその思考の流れの表層をなんとはなしに眺めていた。
現在の意識の表層だけでなく、過去、そして未来までも。
彼は考える。
その生命体を蘇らせることを。
「考える石」としては、たわむれにも似た刹那の判断ではあったが、通り過ぎた惑星とは、すでに2光年離れてしまっていた。
地球の時間では、わずか100京分の1秒という僅かな時間であったが、ここまで考えている間に離れてしまったのであった。
しかし石は焦らない。
次の瞬間、止めさせてしまった生命体の上に瞬間転移していた。
石は考える。
この生命を取り戻すすべを。
「考える石」は少し考え、予備端末を切り離した。
そして動かなくなった生命体の胸にあいた穴に沈み込んでいった。
「ごふっ。うごごごるっ。げふっ。げふっ。」
口から赤黒い血液を吐いた。
先程まで口中に溜まっていた血液を吐いたのだ。
胸に大きな穴が空き。呼吸が止まっていたはずであった。
松田醍醐は確かに死んでいた。
向かいの幼なじみ神谷糸とのデートの約束を取り付けたばかりで死ぬ訳にはいかない。そう強く願った。
そして生き返っていた。
今のは夢か?
醍醐は考える。
一瞬だけ目の端に映った深い闇が、僕の命を奪いそして生き返らせたことを。
なぜか目覚めた瞬間に認識することができた。
自分が死んで生き返ったことを。
身体の中に大きな石があることを。
自分の体と重なるように石の意識が重なっている。
両者に流れる 時間の流れの違いを感じ。
石の時間軸と自分の時間軸の違いを認識する。
「夢を見ていたのかと思った。夢ならまだいいけれど、あなたはだれなんだい」
醍醐は自分の体の中にある石に話しかけてみた。
とても現実に起きた出来事だとは思えなかった。
石からの返事は話しかけた直後から始まり、石の一言が終わるまで約1日という時間がかかっていた。
「人の生きる時間は我にとっては刹那ほどの刻、死があなたを迎えに来るまでの間、好きに生きよ。」
この一言だけだ。
石に殺され、石に生かされた。
死ぬ前と今の自分に変わりがないように感じる。
宇宙を20万年漂ってきた鉱物生命体は、別の次元同じ座標軸で醍醐と重なり緩やかに同化していった。
人間ヤメタ