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想い巡らし月仰ぎ  作者: sugar
ヴェスタの心はいつまで経っても変わらず、正義に心を燃やし続ける
7/14

2.神を名乗った少年

 揺蕩う水に身を漬けている感覚だった。微睡む意識は覚醒をしようとしているが、それでも起きたくないと思う意識も同居していた。


 圭一は目を閉じたまま記憶を探る。そういえば、僕はいつ寝たんだ?最後の記憶はなんだ?


 そうだ。久し振りに阿部航平を見たんだ。尻餅をついた状態の。あれ?何で尻餅をついているんだ?もう少し思い出せ、僕。航平は何かを持っている。これは何だ?黒く、筒状だ。煙を出している。


 あれは、そう、拳銃だ。拳銃?何で煙が出ている。


 銃口の先は僕の体?


 僕の体から血が溢れる。そうか。僕は、死んだんだ。








「んあ?」


 声が出た。掠れた声だ。くぐもっているような気もする。これは耳の方のせいか。感触が背中の方にある。記憶では圭一は俯せだったはずだ。気を失っている間に寝返りでも打ったのか?


 いや、そもそも圭一は死んだのだ。この感触が味わえるはずがない。


 いい加減。目を開けるべきだろう。


 そっと、目を開ける。光が入ってきて世界は白んじ把握ができない。きつく目を閉じ、両目を押さえた。


「うあ」


 もう一度試みようと、薄く目を開け、世界を把握する。見知らぬ部屋だった。壁は布であり、寝かされているのは草原に布が1枚敷かれているだけのものだった。


 どこだ、ここは?未だ意識が微睡んでおり、ボーッとしている。うまく思考が回らない。こんなことはかつて一度も経験したことがない。圭一は朝起きたら僅か10秒で覚醒することができる。しかし、今は全くと言っていいほど覚醒していない。


「$、=*・Q@」


「?」


 何を言っているのか全く分からなかった。圭一はぽかんとしてしまう。そもそも誰に話しかけられたのか。キョロキョロとすると、布を上げて11歳くらいの少女が立っていた。きっと今の声はこの子なのだろう。


「君は誰?」


「………,{%す”9Q~J~D,%」


 少女は唇を尖らせている。きっと、何か文句を言ったのだろう。寝ぼけた頭を回転させ、推測する。今のは、何言ってんの?みたいなことを言ったのかもしれない。


「=~$:D3D2*Xりゃqmn」


 何か言うとそのまま布を下した。圭一は独りになった。誰かを呼びに行ったのだろうか。というか、話の出来る人を連れてきてほしい。


 改めて今いる場所を確認する。布の家だ。テントだろうか。中にはそれなりに家具が置かれているが電化製品はない。床が完全ではなく隙間から草が見えているので、電気が通っていない可能性が高い。家具は置かれているといったが、多くはない。30分もあればすべて運び出せるだろう。右手には柱があり、それが大黒柱だと察すると、圭一は撫でてみた。柱には何か神々しい絵が飾られている。神話の人物だろうか。圭一は神話で言えば神ヴェスタが好きだ。不滅の炎というのが正義らしくて良い。テントの中心にある大黒柱以外の柱は外壁を張るためのものしかなく、ベッドからも丸見えだ。ぐるりと見た感じ、高さの低い円柱に円錐を組み合わせたような感じか。現代知識と合わせると、ゲルというモンゴルの遊牧民族の家が思い浮かぶ。少女達は遊牧民族である可能性が高そうだ。


 圭一は英語が得意ではあるが、別言語を覚えるのが得意というわけではない。きちんと教科書と辞書と参考書があり、勉強する時間と環境を揃えられているのなら覚えることができるのだが、今回はいきなりの実践だ。言語学の権威である金田一先生の逸話を知ってはいるが、内容を詳しく覚えていない。覚えておけばよかった。


 圭一がベッドから下りようとしたとき、ばさりと出入り口の布が上がった。少女が誰か大人を連れてきたのだろう。見ると、少女と同じ身長の男が立っていた。ただ無言でそこに立っている。


「何ですか?」


 たまらず圭一は声を出す。少女は男を不安げに見つめている。男は少し首を傾げ、自身の顎を撫でている。


「えっと、何をされているのですか?」


 圭一の質問に返答はない。小さい男は立派に蓄えられた髭を触り続け、今度は眉間に深く皴がつくられる。


 圭一は返答がないことに苛立ち始める。どうして口を開くことさえしないのか。言葉が通じないなりに何かをしようとは思わないのか。そこで、圭一は自身の腹が減っていることに気付き、今度はそれを伝えようと試みる。


「あの、お腹がすいたので何か食べるものをください」


 身振り手振りを大袈裟にしながら伝えてみる。今度は男のみならず少女も首を傾げてしまう。男は目を見開き、酒樽のような腹を叩き、部屋を出ていった。少女は後を追う。なぜだろう。伝わった気がしない。しかし、圭一がいくら怪物と呼ばれようが一定のマナーを持ち合わせている。他人の家で許可なく何かを漁るような真似はしないし、勝手に出歩くこともしない。


 しばらく待っていると、少女と男に加えて先端が鉤状になっている帽子を被っている女が入ってきた。今度は伝わると良いなぁなどと微塵も伝わらないと思いつつ、皺くちゃな女に話しかける。


「あの、お腹がすいたので何か食べるものはありませんか?」


「………!む、むぁ、むぁってぃをれ」


 先ほどの少女たちと違う発音の仕方だ。母語ではない言葉を喋ったのだろう。女は少女に何かを言いつけると、少女はパタパタと部屋を出ていった。それを見送ると、続いて男にも何か耳打ちしている。男は敬礼するとそそくさと部屋を出ていった。何だったのだろう。


「すぉのくぉとヴぁうぁ、ぬっぽんぐぉでぃすにぇ」


 何か言っている気がするが、やっぱり伝わらない。


 生物は老若男女問わず都合のいい耳を持っている。形の面白い耳とか、聞こえない耳とかそういう意味ではなく、自分にとって都合のいい耳を持っているということだ。英語では"selective listening"だったか。人間は大なり小なり自分にとって都合のいい風に物事を解釈してとらえる傾向がある。耳から入る言葉を無意識のうちにいいように解釈し、理解してしまうのだ。別段、そこに悪意は存在せず、無邪気ささえあるかもしれない。


 圭一は最初、そういうことだと思った。言っている意味の分からない言語の発音の内、日本語に近いものだけを抽出し、聞いてしまっているのかもしれないと。


 少女が戻ってきた。見たことのない果物が籠に乗っている。食べ物だ。食べていいのか、と視線を送ると、皺くちゃな女は果物を一つ掴み、手渡してきた。圭一はお礼を言うとそのままがっつく。


 どたどたと男が戻ってきた。手には何か本を持っている。皺くちゃな女がその本を受け取ると、うんうんと頷く。合っていたのだろう。果汁に濡れた口元を拭い、それが何の本かを聞こうとするが、口の中のものがなくならない。皺くちゃな女が圭一に近づく。


「くぅおれは、君のぐぇんごのふぉんだ。てゅぁあびゅん、ゆぉめりゅだろう」


 何を言っているのか本当にわからない。ただ本を差し出されているので圭一は受け取る。本の表紙、タイトルの部分には”異世界から来た君へ”と書かれていた。それも日本語と異世界語で、だ。異世界語の方は何を書いてあるのか分からないが、日本語は読める。


「これをあなたは読めるのですか!?」


「うぁれはよむぇん」


 思わず聞いたがいいが、回答が分からない。圭一は聞いたことを後悔し、本を開いてみる。日本語が書いてある。


”はじめに


 この本はこの異世界における言語を日本語におこしてみたものである。日本語は50音にプラスして濁音半濁音、拗音撥音促音が存在している。平仮名とカタカナは表記は違うが、発音は同じ。正確には発音も違うのだが、些事である。日本語には漢字のように全くの別言語が混じるのだが、この異世界にはそれがない。ただし、ここの言語は90音近くある。ゆえに、言語を覚える難易度で言えば古語に等しい。よって、ここに、日本語と異世界語の辞典をここに示す。これを手に取った者が日本人でない場合はすまない。諦めてくれ。


 私が異世界に飛ばされてからおよそ2年が経った。その間、言語は表記・表現に多く用いられ、さらにこの国の思想・文学・芸術・道徳・制度など広範多面にわたる文化の培養、発展に重要な役割を果たしてきた。


 最後に、この時点の編者として絶えずご指導を賜ったレンオニオール先生がご逝去なさいました。謹んで哀悼の意を表するとともに、長年のご指導に深く感謝し、本書の完成をご報告する次第です。






    帝国歴2730年  後藤俊太 <--+”


 何と、と圭一は感嘆した。自分以外にも異世界に来た日本人がいるなんて。パラパラとめくるとどうやら対応表のようになっているらしい。はじめの最後に書いてある”<--+”はどうやら”ゴート”と読むらしい。ただ、レンオニオールという人物と帝国歴という暦を圭一は知らない。


 静かに黙々と読み耽る圭一を思い、少女と男、皺くちゃな女は部屋から出て行った。圭一は気付いていないが、皺くちゃな女は口角が僅かに上がっていた。








 3年の年月が経った。圭一は少女の手伝いの下、この世界の言語を覚えた。圭一は自分の才能に疑問を覚えた。自分が一つの言語を覚えるのにたったの3年しかかけていないというのはあり得ない。これは俗にいう異世界転移、もしくは異世界転生であることは間違いない。その時に神から何かを受け取ったのかもしれない。神の声は聞こえていないが、きっとそういうことなのだろう。


 この謎の成長期がいつまで続くか分からない。そう考えた圭一はこの3年の間で体を鍛えなおして、武器を使った戦いを鍛えた。幸い、圭一を保護した人々はエルフという種族で武器鍛冶を得意としていたため、様々な武器を試させてもらえた。


 そんな武器の中で圭一に一番合っていたのは剣だった。ゆえに、剣を鍛え続けた。


 少女は剣を振って鍛える圭一を見ながら質問した。


「名前、何?」


「僕のかい?」


「うん」


 そういえば3年もの間、名前を名乗っていなかった。今まで、そこのお前だとか迷子の男とか言われていた。圭一は安藤圭一を名乗ろうとして止めた。他の異世界転生・異世界転移してきたものに知られると変な事態に巻き込まれるかもしれない。圭一は瞬間的に目を覚ました時に見たタペストリーを思い出した。


「僕の名前はヴェスタだよ」

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