5.温泉で癒された一行はクリストロの街に辿り着く
冒険者に一番の人気を誇る温泉街、治癒院。その神聖なる土地に吸血鬼姉妹が足を踏み入れた。この地域では東方の伝統に則った服装で歩く者もおり、心身ともに休めそうな気配を感じられた。
「お姉様、あれ本で見たことあるわ。ゆかたでしょ?」
「えぇ、そうね。私も初めて見たわ。でも、この街の景色にはあっているわね」
吸血鬼姉妹はテンションアゲアゲで街をぶらついている。その後ろを微笑ましそうに微笑むリックと興奮しているサナエラとハラハラしているリョウネンが続く。
馬車はずっと走らせていると馬が斃れてしまう。適度な休息が必要だが、今回休息の場所として選んだのは治癒院だ。馬車馬たちは現在厩舎にてニンジンをもりもり食べている。馬の世話をする専門の役職の人が世話をしている。
リックはここで世話を頼むのかとチラスレアに尋ねると、チラスレアは微笑んだ。
「私たちのような馬で来た人がいなければあの人たちは食い倒れてしまうわ。客人である私たちはお金を落とすべきなのよ」
「そういうものなのですか」
「えぇ」
かなり裕福な家であるチラスレアはチップを含めて少し多めのお金を渡していた。
「お姉様。どこに泊まるの?」
「そうね。あら、あそこがいいんじゃないかしら?」
チラスレアが指を刺したのは以前、とある勇者たちが泊まっていたことのある宿屋だった。
「これでいいのかな?」
「大丈夫、大丈夫よ!似合っているわ!最っ高に可愛いわ、アル!」
アルバトエルがサイズに合ったゆかたを着て、自分のお尻や袖を見て確かめる。その姿に鼻血を出しながらチラスレアがアルバトエルを観察する。激しく動きすぎて裾が捲れ、チラスレアのその白く美しい腿や薄い胸がちらちらと見えてしまっている。
「さぁ、アル!?温泉に行きましょう!?」
「え、うん」
ものすごく興奮している姉を不審に思いつつ、アルバトエルは姉と一緒に温泉に向かう。その後ろを相変わらずメイド服であるサナエラとリョウネンが歩く。
「ねぇ、何で2人はゆかたじゃないの?」
「失礼ながらアルバトエル様。この後に温泉に入る予定でしたので、お湯から出た後に着替えようとしておりました」
「なるほど」
アルバトエルは納得すると女と書かれた暖簾をくぐる。
「それじゃ、リック。8時に食事処で会いましょう」
「はい。心得ました」
リックはお辞儀をすると男と書かれた暖簾をくぐった。
アルバトエルは籐の籠を前に立ち竦む。
「これは何?」
「妹様。この籠にお洋服を入れるのです」
「おぉ、なるほど」
疑問の解消されたアルバトエルは思い切りゆかたを脱ぎ捨てる。籐の籠の中に雑に入れると布を1枚持って温泉に向かってしまった。サナエラは当然のようにアルバトエルの着ていたゆかたを畳み、籠に入れなおす。
「アル、他のお客様に迷惑よ。そんなにはしゃがないの」
チラスレアはアルバトエルを呼び止め、抱き着くことで動きも止める。アルバトエルは大人しく捕まり、唇を尖らせる。
「ごめんなさい、お姉様」
しゅんとなって謝る姿にチラスレアは罪悪感を覚える。周りにいた客は微笑ましそうに眺めていた。
「久しぶりに外に出たんですものね。はしゃぎたいわよね」
知った声が聞こえ、そちらを向くとそこには金髪に紫の眼をした、豊満な体を泡まみれにした女がいた。
「カーベラ、やることがあったんじゃないの」
「終わったから一休みよ。またすぐに次のお仕事。貴方達もどうしてここに?」
「アシドに会いに」
カーベラの隣に座り、チラスレア達も体を洗い始める。カーベラはお湯で泡を流す。アルバトエルは見様見真似で体に泡をまぶしながら元気よく答える。
「そう。そういえば貴方達明日は大変なことになりそうよ」
「?」
カーベラの言葉にチラスレア達は首を傾げた。
ご飯を食べてぐっすりと寝たのち、カーベラの言葉の意味を理解した。厩舎に行くと馬がいなかったのだ。
「あの、馬の世話を生業にしていた男が今日は無断欠勤しているそうです」
「あの男で決まりじゃない」
げんなりとしたチラスレアは自身の親指を噛み千切り、血液を出す。血は重力に沿って落ちることなく、霧状になって宙に舞う。
吸血鬼の固有能力である血液の操作の一つだ。血を霧状にして厩舎にいた男を探索する。僅か10分で見つけ出した。
男は馬が言うことを聞いてくれないのか、魔法の森までの道中で悪戦苦闘していた。
「苦戦しているようね」
「げ」
柔らかく声をかけると、男は焦りながら逃げようとする。しかし、逃走経路にはサナエラやリックが立っており、逃げることができない。
「返してくださる?」
男は無理矢理逃げ出そうとチラスレアにタックルを仕掛ける。チラスレアはひらりと躱し、男の首を絞める。一気に絞め落とすと、首元に牙を立てた。
「あれ?」
男が目を覚ますと、すでに夕方だった。おかしい。今日の記憶がない。不思議そうな顔をしたまま首を掻く。ぷっくりとしていて指先に抵抗がかかる。虫に食われたか。
「何でこんなとこにいんだ?」
男は不思議に思いながら立ち上がり、土や草を払う。
「見えてきましたよ」
リックの声に一番に反応したのはアルバトエルだった。荷車から身を乗り出し、進行方向を見る。大きな石の塀で囲まれた街、クリストロが存在感を示していた。この日チラスレア一行はようやく街に着いた。アシドが家に帰ってきてから、4時間後のことである。