3.熱る体に薬を飲み、お報せを読んでまた熱る
アルバトエルが料理が得意と分かった日から、料理が楽しくなったのか毎日のように作っている。レパートリーも増えており、チラスレアも密かな楽しみとなっている。
現在、チラスレアは厨房に立っていた。アルバトエルは今、夢の中だろう。無防備に晒される可愛い寝顔を見に行きたいところだが、今は別にやらなければならないことがある。
「何をされているのですか?」
隣に立っていたリョウネンが声を掛けてくる。すでに労働時間を越えているので、ここにいる理由はプライベートなことなのだろう。手には水の入ったコップがあるので水分補給しに来ただけか。
「薬よ」
「薬ですか?誰にあげるんですか?」
「リック」
チラスレアはリョウネンの方を向かずに鍋をかき混ぜる。リョウネンは執事長の名前を聞き、眼を見開く。主人は執事長のことを大事に思っているのだ。
「リック様にですか。風邪薬をおつくりになれるのですか?」
「これは風邪薬じゃなくて万能薬よ。保存がきかなくて2時間くらいしか持たないし、作るのにも時間がかかるし、夜にしか作れないから、そっちは万能じゃないんだけどね。リョウネン、そこのはナイフ取って」
「あ、はい。どうぞ」
「ん」
手渡されたナイフを指の腹に当て、血を出す。血を4,5滴鍋に落とす。赤黒い色だった鍋の中身が鮮やかな赤色に変わった。少しだけ光っても見えた。
「器取って」
「はい」
チラスレアは渡された器の中をスープで満たす。
「お渡ししてきましょうか?」
「いいえ。私が飲ませるわ」
チラスレアはリックの部屋に入っていく。
「ゴホッゴホ。誰ですか?私は今風邪なので近付かない方が良いぞ」
「薬を作ってあげたわよ、リック」
「なっ!ち、チラスレア様ッ!?申し訳ありません!タメ口を聞いてしまって!」
「構わないわ。ほら、薬を作ったから飲みなさい」
「あ、ありがたき幸せ」
リックは差し出された器に口をつけ、一気に流し込む。体がかッと熱くなった気がする。
「もう寝なさい」
「は、はい。しかし、一つだけお聞きしたいことが」
「…………何?」
「なぜ私に薬を」
「あなたに倒れられて困ってしまったわ。早く治しなさい」
「…………はい」
冷たく言われているが、その温かさが滲み出ていたのでリックの表情が綻んでしまう。リックは言われた通りにベッドに潜り、おとなしく寝ることにした。
チラスレアは自室で今朝の新聞を眺めていた。面白い記事は一つもない。風邪が流行っていることしか書かれていない。既知の情報しか載っていないのはつまらないものだ。アルバトエルは新聞の前にしゃがんで新聞の連載コラムを見ている。確か題目は今週のレシピだったか。アルバトエルはすっかり料理に魅了されたらしい。
コンコンとドアがノックされる。
「どうぞ」
ドアの方も見ずに返事をすると、失礼しますとドア越しに聞こえてきて、同時にガチャリと開けられる。入ってきたのはリックだ。リックは入ってくるなり深々と頭を下げてくる。
「ありがとうございます。おかげさまで質の悪い流行り病が治りました。より一層仕事に精を出し、ご主人様の役に立てるよう」
「あー、はいはい。適度にね。また倒れられても困るから」
「はい。その節は非常に申し訳なく」
「ちょっ、こら」
リックからの感謝の言葉を打ち切らせ、罪過を悔いる言葉も邪魔をする。ただし、前半は意図的だが後半はそうではない。レシピの記事を読み終えたアルバトエルが飽きてしまい、チラスレアのスカートの中に顔を入れ込んだ。
「アル?止めなさい?」
強く言わないチラスレアにアルバトエルは止めることなく、チラスレアの太ももに頬を擦り付けて甘え始めた。チラスレアは仕返しに柔らかな太ももでアルバトエルの顔を挟み動きを止める。アルバトエルは抵抗することなく受け入れる。午前の終わる時間帯の陽気な気温に当てられ、アルバトエルが静かに寝息を立て始めた。チラスレアも追い出したりしない。別に嫌ではないから。
「はぁい。チラスレア」
「ん?あら、カーベラじゃない。久しぶりね、どうかしたの?お昼はあげないわよ?」
「別に集りに来たわけじゃないのよ。これをあげに来たの」
カーベラと呼ばれた女性は空中につくられた空間の歪みから体を上半身だけ出していた。親しく話した後に一枚の紙を取り出す。羊皮紙ではなく紙だ。
「あら、何かしら?おいしいアップルパイのお店のまとめでもくれるのかしら?」
「貴方知ってるでしょ。違うわよ。魔王討伐の報告」
チラスレアは紙を受け取り、タイトルを見る。
「じゃあ、私はまだ回るところがあるから」
チラスレアがもう一度カーベラの方を見ると、もう空間の歪みすらなくなっていた。挨拶くらいさせろと心の中で悪態をつきながら紙に目を通す。チラスレアの口角が少し上がる。足を組もうとして足を動かし、アルバトエルのことを思い出し戻す。
「私達を倒した人達だものね。これくらいしてもらわなくちゃ」
声に出して微笑むと、アルバトエルが起きてきた。チラスレアの膝を掴み、スカートから顔を出して、上目遣いにチラスレアを見る。もぞもぞと動き両腕の間にまで顔を入れ込んでくる。
「お姉様、何見ているの?」
「あら、アル。ようやく顔を出してくれた。私達を倒した人達が魔王の一人を倒したそうよ」
チラスレアはアルバトエルの頭を撫で、手を滑らせ頬も撫でる。アルバトエルは姉の手に自身の顔を擦り付けていく。アルバトエルは気持ちよさそうに目を細め、チラスレアは愛おし気に目を細めた。