2.アルバトエルはメイドがしたい
「風邪?」
最近この地には風邪が流行っているらしい。館の近くの街でも風邪が蔓延しており、雰囲気が暗くなっているのだとか。ナカウの街には医者はいないらしい。ヂドルの方にまで行けば効能抜群の温泉でたちまち回復するのだとか。
「は、はい。ナカウの方で流行っているらしく」
「ふぅん」
報告を聞いていたチラスレアは紅茶を一口、口に含む。メイドは緊張した面持ちで次の言葉を待っている。この館の主を目の前にした緊張とは別に緊張の原因があるのだろう。現在チラスレアは机に向かって座っているが、正規の椅子には座っていなかった。チラスレアの座っていたのはメイド長のサナエラだった。
サナエラへの罰則の3日間の最中であったため、これも罰則の一つなのだが、サナエラの顔は蕩けていた。これはご褒美なのでは?メイドは次の言葉を待っていた。
「それで?流行ってどうしたの?」
「実は、リック様も罹ってしまい」
「え!?」
思わずサナエラが声を出す。この館においてリックはサナエラにとっての父親のような存在だ。心配なのだろう。チラスレアは踵でサナエラを軽く叩く。ハッとしたように口を紡ぐ。今は罰の最中なのでサナエラの出動はさせられない。後ろからはアルバトエルの視線を感じる。何を考えているのかが丸分かりだ。はぁと溜め息を吐く。
「リョウネンだったわね」
「は、はい」
「アルを連れてって」
リョウネンの顔が引きつったのをチラスレアは見逃さなかった。
「あ」
アルバトエルは声を漏らす。リョウネンは相変わらず顔が引きつっている。アルバトエルが割れた皿を手に舌を出して、茶目っ気で許しを乞うてくる。リョウネンには文句を言うことが怖くてできない。
アルバトエルは家事が何一つできなかった。掃除をやらせてみたが、大胆かつ大雑把に掃除するので物を壊してしまった。決して安くない壺を壊し、チラスレアに叱られていた。洗濯をやらせてみたが、畳むのに手間取り洗濯の意味をなさなかった。今も皿洗いをやらせてみたが、皿を割ってしまった。この後に炊事でもやらせようと思っているが、成功する未来が見えない。食材を焦がすか生焼けのままか。犠牲者は誰になるのだろうか。
数十分後、リョウネンは驚愕した。何をやらせても失敗続きだったアルバトエルは料理がとてつもなく上手かった。教えていないことをしでかしたので終わったなと思ったが、組み合わせが抜群に上手かったのだ。料理長でさえ驚いている。アルバトエルは凄く得意げな顔をしているが、誰も何も言わない。そんな顔をしていても許されることをしたからだ。
「す、凄いですよ、アルバトエル様。これはチラスレア様もお喜びになりますよ」
「ほんと!?じゃあお姉様にも作ってあげる!」
嬉々として厨房に入っていく。
チラスレアはサナエラに座り、読書していると扉が勢いよく開け放たれる。勢いが良すぎてドアが壊れてしまった。チラスレアは視線だけでリョウネンに直しておくように伝える。察したリョウネンは部屋から出て行く。
「あら、アル。どうかしたの?」
「私がお姉様の為にお料理を作ったのよ」
「まぁ、アルが?」
自信満々なアルバトエルに心底驚いて持っている料理を見つめる。目の前に置かれた料理に眼を奪われる。見た目はスープであり、見た目も美味しいし、匂いも美味しい。食欲がそそられる。椅子の役目をしているサナエラも喉を鳴らしている。
アルバトエルは机の下に隠れ、眼だけを出し様子を窺っている。可愛らしいのでずっと眺めていたいが感想を言わなければなるまい。スプーンで一匙掬い、口に運ぶ。体の芯から温まるいいスープだ。感想を言いたいが、自然と2口目3口目が出てしまう。
「美味しい」
「やったー!!」」
アルバトエルは万歳をしながらぴょんぴょん跳ねている。埃がたつのでやめてほしいが、咎めもせずスープに集中する。すべてを飲み切ると口元を布で拭い、アルバトエルを見る。まさかこんな才能があったなんて。
「美味しかったわ、アル。ありがとう」
「うん。これからもいっぱい作ってあげるね」
「ほどほどにね」