5.それぞれの道~捨てに捨てて今は最高の幸せを手に入れた~
「う、う~~ん」
エンドローゼは唇についたスープをを舐めとる。首を20度ほど傾けて悩んでしまう。
この味じゃない。
「な、な、何が、足ーりない、の、でしょうか。お、お塩、でーしょうか、ね?」
エンドローゼは味見用の小皿を鍋の横に置き、塩の入った小瓶に手を伸ばす。
エンドローゼは大量に置かれている調味料の大群を見ると、つい微笑んでしまう。これらすべてはフォン様が変装(バレバレ)をして届けてくださったものだ。有難く使わせてもらおう。
今エンドローゼが作っているのは、かつてレイドと初デートで行ったお店で食べたコース料理だ。肉料理やサラダや揚げ物、菓子は出来たのだが、どうしてもスープだけが決まらない。
スープを少々小皿へ移し、一口。
うん、違う。
こりゃ駄目だ。一度作り直した方がいいかもしれない。
「糖だな。糖が足りん」
「あ、こ、こ、コウガイさん」
後ろからスッと現れた手は小皿を取り、スープを飲んだ。コウガイがスープの感想を言う事で、エンドローゼがコウガイに気付いた。
「と、と、糖、ですーか?」
「あぁ、人間はブドウ糖を摂取すると幸福になれるからな。お前ら夫婦の初デート場所のレストランの一連の料理を再現しようとしているのだろう?」
「は、はい! そ、そ、そうです」
「なら、糖が足りない」
そう言うと、コウガイは卓の上にどんと革袋を置いた。
「こ、こ、これは?」
「うちで作った糖だ。是非使ってくれ」
「そ、そんな」
「アスミンも使っているところを想像して作ったんだ。断ってくれないでおくれよ」
「む、むう」
感謝された、や努力した、という文句に弱いエンドローゼは受け取ってしまう。
「そ、そんなに感謝っさーれるようなことは、な、なーいです、よ? わ、私は当ーたり前のこ、事をし、し、しただけです、ので」
「その当たり前に感謝してんだ。それに感謝するのは当たり前だろ?」
言い返されてしまい、もうエンドローゼは何も言う事もできない。
「また家に来いよ。カレトワにロッド、それにアスミンも会いたがっている」
「は、はい。そーれはもちろんっです。れ、れ、レイドさんといーっ緒に、行かせて、いただきます」
エンドローゼが腰を折ると、コウガイは手をヒラヒラと振りながら家を出て行った。
エンドローゼは革袋の紐を解くと、中を覗く。
「お。おぉ~」
袋の中には綺麗な糖が入っていた。
コウガイのところは四年ほど前から糖を作り始めた。どうやらアスミンやカレトワの神力操作の練習の一環らしい。エンドローゼは糖の作り方を知らないため、どんな練習になるのだろうか。
糖は高級品だ。エンドローゼはゴール家の侍女をしていたが、一度しか見たことない。ちなみにフォンは月で広域的に生産をする体制を整えているため、毎日のように糖を造り出している。
これはなぜかよく分からないが、グレイソレアがコウガイのところに居候しているらしい。何でだろう。何に繋がりがあるのだろうか。
今度訪ねた時にでも聞いてみよう。と思いながら、スプーンで一匙掬う。
コウガイの言う通り、少しばかりの糖を入れてみよう。贅沢かもしれないが、料理をおいしくするためだ。
気付いてくれるだろうか。私の夫はあれでも元々貴族だ。もしかしたら、菓子や食事で糖を食べていたことがあるかもしれない。
スープを一口飲んで、これ、砂糖が入っているな? などと言われたら、笑ってしまうかもしれない。
「フフフ」
もしもの話だけで、少し笑ってしまう。
でも、気付かれなかったらどうしよう。自分から喋っちゃうかもしれない。
でもでも、これ初デートのところの料理だな、なんて言われたら許しちゃうかも。
小皿にスープを少し移し、口に運ぶ。
うん、美味しい。これだ。
エンドローゼは鼻歌を奏でながらエプロンの紐を解き始める。
そこで、コツコツと外から靴音が聞こえてきた。この重さから来る音の大きさはレイドだ。間違いなくレイドだ。
「れ、レ、レイドさんは、どーんなか、感想をおっしゃーるの、で、で、でしょうか」