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想い巡らし月仰ぎ  作者: sugar
後日談
10/14

3.それぞれの道~教師となった天才を超える凡人~

 カツ、カツと静かな教室に、チョークが黒板を叩く音が響く。黒板に三行ほど書くと、後ろを向き、教卓に置いた教科書を確認する。

 もう慣れてしまったが、もし両手があったならば、左手に教科書を持ち、右手にチョークを持つということができただろう。不便だ。

 ちなみにアストロが担当している授業は、魔力史だ。


 本授業においては、歴史を時系列に沿って知るだけではなく、世界中で繰り広げられた人間社会の事象と、魔力の使用という行為の関係を、現代社会の神力に紐づけながら学ぶものだ。「温故知新」ではなく、「温故創新」を標榜し、現代社会の人材を育成することが目的とされている。故きを温ねて新しきを創るのだ。


 アストロは内心溜息を吐いていた。


 アストロは自身の経験から、軽めの飲食や少しの私語なら容認している。

 それはガイダンスの時に説明しているのだが、誰もしない。というか、空気が重い。この状態で話し出す奴などいないだろう。

 そういう生徒が集まっているのかと思えば、そうではない。他の先生の授業ははしゃいでいる。


 そう、私の時だけ。なぜだ? 私ってそんなに怖いか?


 カツ。


 アストロは書き終わると、生徒達の方を向いた。


「現在帝国歴3010年となりましたが、さて、魔力がやってきたのは何年でしょう。約何年前、という答え方でも構いません」

「「「……」」」

「どなたか、分かる方は手を挙げて下さい」

「「「……」」」


 誰も手を挙げない。


「誰も手を挙げないようなので……」

「「「……っ!?」」」

「では、アンドレア、お願いします」


 名前を呼ぶ時に、輝かんばかりの笑顔を向けるのを忘れない。

 アンドレアは慌てながら立ち上がる。異性に対する緊張というわけではなく、恐怖の大王を前に発言する者の緊張だ。私はそんなに怖いのか?


「あ、え、えっと、あの、ご、ご、510年前です」

「正解よ。よく勉強しているわね」


 笑顔を忘れない。アンドレアは目を伏せ、急いで席に着いた。恐怖で揺れる瞳、滝のように流れる冷や汗。なぜ?


 アストロは一気に体を落とした。お尻を着けない体育座りの状態だ。


「え?」「え?」「何?」「うん?」「どうしたんですか?」

「皆教えて!? 私の何がいけないの!?」

「「「っ!?」」」


 アストロの魂の叫びを聞き、生徒達は驚愕の顔をする。


「私だって、皆と仲良くしたいよぉ。こんな思い空気耐えられないよぉ。よくこれで二か月も保ったよ、私!?」


 アストロが片手で頭を抱えて、涙声を出している。もし勇者一行として一緒に旅をしていた、あのメンバーが見ていたならば――


「プ」


――そう、今のように笑うか、生徒達のようにドン引きするだろう。あのシキでさえ。

 というか、生徒達が、誰が笑ったのか、の犯人探しを始めてしまった。


「そこ、レイヴェニア。邪魔してこないから見逃していたけど、今日は帰って」

「おうおう済まんの。いや、まさか”あの”お主がそんなことで、今更悩んでおるとはな。ぷぷぷ。いや、済まん。笑ったのはヴェーじゃ。さて、アシドやコストイラ、エンドローゼあたりにでも教えてやろっプギャ!?」

「いいから出てけ」


 ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべるレイヴェニアに苛つき、アストロは綺麗に神力を当てた。


「皆、気にしなくていいわ。あれはレイヴェニア。私の魔力の先生であり、神力の師匠でもあるわ」

「そんな方が」


 アストロの説明を聞き、生徒達はレイヴェニアの消えた扉を見ながらざわつき始めた。


「さて、残りの授業時間は二十分くらいね。もう進める気が起きないわ。後は、そうね。私への質問タイムにしましょう。授業のことでも、普段(プライベート)のことでも、何でもいいわ」

胸腹腰の大きさ(スリーサイズ)を教えてください!」

言いたくない(ノーコメント)


 勢いよく手を挙げて叫ぶ男子生徒に、これまで以上の笑顔で恐怖を与えた。


「じゃ、じゃあ、彼氏はいますかぁ?」

「彼氏はいないけど、夫はいるわ」


 教室が一気に騒がしくなる。


 これだ、これを望んでいたのだ。


「そういえば、夫については聞かれれば答えるけど、その前に聞きたいわ。皆は私の何に恐れていたの?」

「えっと」


 滅茶苦茶答えにくそうだ。そこで一人の生徒が手を挙げた。クラス委員長のアリアだ。


「どうぞ」

「先生は冒険者なんですよね。しかも、高名かつ、上位の」

「高名かどうかは分からないわ。それは他人の評価だし。上位なのはそうね、認めるわ」

「上位の冒険者って、荒くれ者というイメージがあります。それにアストロ先生は片腕を失くし、少し怖いです」

「これか! これがいけないのか!」


 アリアの説明に、生徒全員が頷いた。アストロは自身の左手を掴んだ。


「ひ、ひ、一つ一つ解決しましょう。高名に関してはもうどうしようもできないわ。過去のことはもう変えられないし」

「良い噂も悪い噂もあります」

「りょ、両方教えて」


 アストロの顔がこれまで以上に真剣になる。


「まずいい方が、世界中に張り巡らされている街道の指示をした、というものです」

「えっと、ごめん。それは私が知らないわ。土木関係とかは専門外よ」

「悪い方は、怒った際に国をいくつか滅亡させた、というものです」

「あぁ~~、ごめんなさい。そっちも知らないわ。というか、身に覚えがないわ。国の崩壊に関わったことはあるけど、あれは救う側だし、まぁ、気付いていないだけで、崩壊側に導いてしまったことはあるかもしれないわ」


 アストロが片手で頭を抱える。生徒達の間で、微妙な空気が流れている。あれ? アストロ先生って、そんなに怖くない?


「あれ? 誰か来たみたいですよ。車椅子に乗っています」

「そうね。それは貴方達が聞いてきた。私の夫よ」


 生徒達は興味津々に窓の外を覗いていた。

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