お父様、あなたの再婚が国を滅ぼすことになりそうです
母が死にました。
その三か月後、父が再婚しました。
相手は、伯爵令嬢だそうです。
令嬢という割にはかなり薹がたっておりますが・・・
しかも、私には一つ下の義弟と二つ下の義妹が出来るそうです。
何ですかそれは?
『令嬢』ではないのですか?
「彼女は理由があって結婚はしていないのだよ、アナスタシア」
なんと、未婚で生んだのですか。
普通、伯爵令嬢が未婚で生むなんてスキャンダルな事しませんけど。
再婚相手の連れ子といいますけど・・・お父様によく似た子供達ですわ。
しかも、義弟は躾が出来ていないのか、私を睨みつけております。
なるほど、父は母の生前から不貞を重ねていたのですね。
義母になる方は、ハチミツを溶かしたような髪とエメラルドのような瞳をした儚げな女性です。庇護欲が沸き上がるタイプですね。お母様とはまったくの正反対の女性のようです。
何しろお母様は、濡れた黒髪の巻き毛にアメジストの瞳を持つエキゾチックで艶やかな美女でしたから。その上、大変プライドが高く、勝気な方でしたわ。
どう転んでも、義母のように守ってあげたいタイプではありませんでした。
つまり、お父様の好みとは正反対なのが母という事でしょうね。
なるほど、彼女がお父様の元婚約者というわけですか。
そう、私の両親は政略結婚でした。
父は王弟で母は隣国の皇女。
数年前、国境での小競り合いが起こり、あわや戦争になりかけたことがありました。それを抑えるため、互いの王族を婚姻させることで合意したのです。
当時は、皇女であるお母様と王太子であった国王陛下が婚姻する予定でしたが、お母様がお父様を一目で見初めてしまったために、婚姻はお父様になったと聞いております。
普通なら、そんな我が儘が通るはずありません。ですが、両国では国力に大きな差があったのです。
小国の第四王子と大国の皇女では、どちらが上かなど子供でも分かります。特にお母様は近隣の小国の多くを従える帝国の第一皇女。帝国側としては、王族なら誰でもいいといった具合でしたから、皇女の気に入った相手にしただけです。ただ、王国側といいますか、お父様の方に少々困った問題があったのです。
当時、お父様には相思相愛の婚約者がいたからです。
王子といっても末っ子の第四王子として生まれたお父様は、兄王子達と違ってかなり自由に育てられていたと聞きます。王になることもない、スペアになることもない、いわば余り者の王子。それゆえに、伯爵令嬢と恋愛結婚が出来るほどの気楽な立場であったようです。
しかし、ここにきて、帝国の皇女との結婚が強制的に決定し、お父様からしたら寝耳に水と言ったところでしょうが・・・断ることはできません。
断れば戦争になりかねません。
お父様は婚約者の方と泣く泣く別れて、お母様を娶ったのです。
娘の私から見ても、夫婦仲は可もなく不可もなくでした。
いえ、お母様が熱烈にお父様を愛してましたけど。ですが、お父様の方はかなり冷めておりました。愛する婚約者と別れて、皇女を娶った挙句、新居は帝国風の屋敷、帝国側の使用人に囲まれているのですから。さぞ、息苦しかったことでしょう。
しかも、生まれた娘が妻の皇女に瓜二つ。
帝国の皇女の血を受け継ぐ娘という事で、生まれた瞬間に王太子の婚約者に選ばれてしまいました。
それにお父様は難色を示しておりましたわ。内外に不服であることを隠さないご様子でした。根が単純なお父様としては、これ以上、帝国の色に染まりたくないという個人的感情のようでしたが、残念ながら、王国が帝国の血を欲しているのです。
その血がある限り、帝国側はある程度、王国に配慮を示しますからね。
もっとも、お父様はそういった政治的配慮に欠けている方ですから、そこのところを理解していらっしゃらない様でした。
まあ、理解していたら、妻の死後わずか三ヶ月で再婚はしません。
それ以前に、愛人を正妻にしませんし、庶子を嫡出にしようなんて考えませんけどね。
よく、この屋敷に連れて来られたものです。
「アナスタシア、今日は新しい家族ができたお祝いをしよう! 身内だけで申し訳ないが、ディナーを豪華にして祝おう!!!」
「・・・・・・」
残念です、お父様。
貴方のせいで王国は帝国の属国ですよ。
すでに帝国軍が国境近くに配備されている頃でしょう。
私も準備しなければなりません。
明日には使用人たちと共に帝国に向かわなければなりません。なので今晩のディナーはお父様に言われるまでもなく豪華なものにする予定です。
本当に残念です。お父様に政治能力があれば、いえ、それを理解する力が少しでもあれば、この様な事にはならなかったでしょう。
お父様、何故、国力差がありながら帝国が王国を攻め滅ぼさなかったのか考えたことはないのですか?
何故、皇女の結婚でことを収めたのか疑問に思わなかったのですか?
戦争になれば間違いなく帝国側の勝利でしょう。国力もそうですが、軍国でもある帝国に農業国の王国が勝てるわけありません。
戦争によって豊かな大地がダメになる事を帝国は一番に恐れているのです。帝国としては『大陸の食糧庫』ともいわれる王国の豊かな大地をそのまま欲しているのですから。
この数十年に及ぶ異常気象に帝国は悩まされてきたのです。水源が干上がり始め、砂漠化が進行した帝国には農業に適する大地が極端に少なくなってしまいました。今では食料自給率は三十パーセントにまで落ち込む有り様。そのため、覇権国家である帝国が他国に対しての砲艦外交を辞め、融和政策に方向転換を余儀なくされたのです。
ですが、王国の豊かな大地を手に入れればそれをする必要はなくなります。
大義名分など何でもいいのです。この土地さえ手に入れば。
それを考えられる想像力がなかったのですか?
本気で愛情のみでお母様がお父様を選んでいたと?
いえ、お母様のお父様に対する愛は本物です。ですが、それ以上に帝国皇女であったのです。
皇女として、私ではなく公を選べる母。
王子として、公ではなく私を選ぶ父。
勝負は、婚姻前についていたのでしょう。
お母様が国王陛下ではなくお父様を選んだのもそのためです。国王陛下では、これほどまでに上手く事を運ぶことは出来なかったでしょう。
ご存じでしたか?
我が屋敷には、国王直属の密偵が何人も潜入しようとしていたことを。
それを帝国側の使用人たちが全て葬り去っていたことを。
今も数人、始末いたしましたわ。
後日、宣戦布告のための生首として、国王陛下に送り届ける予定です。
最後の晩餐をお楽しみください。