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四十四 【淫魔―インキュバス―】

 いい加減にやかましく感じたアンナが話しに割って入った。


「あんた達本っ当うるさい!普通に話しなさいよ!

 クリスは人外!その話しをしなさい!!」


 二人共アンナに怒鳴られ黙り込むと、クロウはクリスに詳しく話せと目と顎で合図を送る。


「ハァ〜……俺は悪魔種"インキュバス"の末裔。

 一応能力持ちになるけど、大した力はないから安心しろ」


 悪魔の一種、インキュバス。

 淫魔や夢魔との伝承があるが、ガイア曰く大抵の悪魔種は普通の人種、すなわち人間と差程変わらない者が多いと言う。


 数多くいる悪魔種の中でもクリスは淫魔の特性が少し強く、特殊能力持ちでもある。


「そんで?能力はどんなんなん?

 女好きってだけが能力の訳ねぇだろ?」


「いつ誰がお前に俺が女好きって言ったんだよ?

 世間に伝わる淫魔とは少し違うな。

 俺は"魅了"って能力で、人を惹きつける力があるだけ」


 "魅了"を使うと周りの人間はもちろん、全ての生物を魅了し惹きつける力。


 しかしクリスはこの能力をあまり意識して使ったことはないようだ。

 やりようによっては人の感情を思うままに動かすことが可能なのだが、クリスはインキュバスとしての"血"自体は薄く思うままとまでの力はない。

 クリス自身、人の心を能力で動かす力というのが気に入らないと言う。


「なんじゃそりゃ!?ヤバくね!?しょうもない能力だけど、それはたまらんな!」


「しょっ、しょうもないって言うな!!」


 クロウは能力発動すればモテまくると思っているが、そう簡単にはいかないようだ。


「特定の人物に対して能力を使うのは難しいんだよ。標的以外にも魅了をかけちまう。

 例えば街で見かけた綺麗な女に能力を使ったとするだろ?なのに全く関係ないそこらで煙草吸ってるおっさんに好かれて犯されそうになったら?

 お前どうするよ?」


「……死んでしまうね」


 クリスはクロウに自分の能力がいかに使えないか教えた。

 それでもクロウは能力の効果を見てみたいとクリスに頼み込んだ。


 ところが、クリスの能力は微弱だが常時発動しているようだった。

 それに関しては、クリスがクロウファミリーに加入した時に、魔法で魅了の効果を抑える魔力結晶をクロウが作り、クリスはそれをペンダントにして常に身につけている。


 そのおかげで日常生活に何も支障なく過ごしているようだ。

 過去の出来事なので、覚えていないクロウはクリスの胸元に手を突っ込みペンダントを出して見てみた。


「ふーん……俺がこんな物をねぇ。

 じゃあちょっとそれ外せよ?ほら、ミルルも見てるぞ?」


 先程からミルルも話しを聞いているが、何を言ってるのか分かっていないのか、それとも聞いていないフリをしているのか、何食わぬ顔で菓子を食べている。


「えぇ!?……まぁ、少しくらいなら」


 微弱な効力だからそこまで問題はないと、クリスはペンダントを外した。

 クロウはそんな夢のような能力があるのかと期待を募らせ効果を待った。


「……」


 しかしながら周りは何ともなく、クロウとエリザが「つまんねぇ〜」とユニゾン。

 するとガイアは何か知っているのか、一人でクスクスと笑っている。


 あ、あれ〜?おかしいな……能力が発動してないのか?


 クリスは少し焦りながらも、何気なくミルルの方見て確認する、


「にゅっ?」


 目が合ってもミルルはクッキーを咥えながら頭を傾げていた。

 その素振りを見てクリスは赤面し照れている様子。

 クロウは完全なる拍子抜けで肩を落とした。


「何だよつまんねぇ〜、失格!ズボン脱いでミルルに謝れ!」


「何でだよ!俺?俺か!?俺のせいなのか!?ガイア!笑ってないで教えてくれ!」


 責められているクリスを先程から笑っているガイアに説明と助けを求めた。


 ガイアが言うには、そもそも常時発動している能力は"魅了"ではあるものの、それは微弱過ぎるので人間の持つ人フェロモンと差程変わらないようだ。

 普通の人間も備え持っているものを昔のインキュバスは、まるで特殊能力かと思わせる程強力なフェロモンを放っていたと言う。


 クロウが作った魔力結晶を身につけていたが、効力を抑えているだけで微弱な魅了が更に微弱となっただけの事。

 しかしながらクロウファミリーは常に共に行動していることもあって、クリスから放たれるフェロモンには疾うに抗体ができていた。


 今更魔力結晶を外して抑えていた能力を解放したところで、クロウファミリーには何も効果はない。


 特に人外種にはそのような効果の能力は効きづらく、その中でも龍人族は人外種の中でも戦闘はもちろんのこと、体内外の丈夫さも上位種族。

 効果がないのも無理もない。


「貴様のような下等悪魔の能力がミルルに効く訳も無い。残念だったな」


「か、下等……悪魔……」


 クリスはガイアに下等悪魔と言われてショックを受けて、ポカンとした顔で硬直してしまった。


「ブッ!下等悪魔だってこいつ!ぶあっはっはっは!!」


 クロウを始め全員大爆笑。


「ミルルがあんたに惚れる訳ないじゃん!そもそもアタシのミルルだからね!!」


 リルルはミルルを抱きつき頬にキスをしてクリスを挑発。

 それに続いてエリザもミルルの頭を撫でながらクリスをおちょくる。


「こんな可愛い子がお前に興味持つ訳ねぇだろ!

 アホか?アホなのか?

 あっ、もちろんリルルちゃんも超可愛いからね!」


 クリスは舌打ちをして泣きそうな顔で悔しがり震えている。


 クッソー!昔からそこそこモテるのになんだこの扱い!


 すると突然、ボロクソに言われるクリスを見てクロウが真面目な顔で立ち上がった。


「……てめぇ等笑い事じゃねぇぞ!能力がクソでミルルに効かない!これはただ事じゃねぇ!!」


「……」


 全員察した。

 クロウは完全にふざけだしている。


「クリス!お前こんなんで終わって良いのか!?

 インキュバスの名が泣くぜ!?ここで記憶がねぇ俺にお前の格好良いところ見せてくれよ!

 フェロモンじゃなく、全力全開の能力でここで一度ミルルを惚れさせてみろや!

 お前の顔と股間に宿す"魅了"をミルルに魅せつけてやれぇい!!」


「くだらないことを……」


 アンナはため息を吐いている中で、クロウのくだらない喝がクリスに伝わり、ミルルの近くまで行くと跪いて顔を伏せだした。


「スゥーハァー……本気で行くぜ」


 気合いを入れて顔を上げると、ミルルに目を合わせ大きく見開いた。

 するとその瞬間、クリスの瞳が紫色に輝きだし、自身自らの能力が発動された。


 ……ん?何だこのもやもや?煙?


 クロウだけにしか見えていないのか、紫色の煙がクリスから発せられ始めた。

 その煙は部屋中に充満すると、不思議とクリスに気を引いてしまう。

 ミルルもクッキーを食べる手を止め、クリスをジッと見つめ始めた。


 おぉー!ミルルがクリスを見つめてる!

 良いね!これマジでいけるんじゃねぇか?


「……ミルル、これから俺と一緒に歩んでくれるなら……この手をとって」


 クリスはミルルに手を差し伸ばした。

 すると、ジッとクリスを見つめるミルルは、クリスの言葉に食べかけのクッキーを持つ手を下ろした。


「ミ、ミルルちゃん?」


 隣に座るエリザから見ても、ミルルが能力にかかってしまっているように見えていた。

 本当にクリスの手をとるのではないかと思い、リルルと不安になっていた。


「……にゅ〜?なんで?」


「ほへ!?」


 あ、あっれぇ〜?おかしいな……。


 ミルルは能力にかかっていなかった。


 フゥ〜……。


 ホッとしたエリザが立ち上がり、クリスの伸ばした手を叩き下ろした。


「気取って何やってんのお前?誰がそんな汚ぇ手とるかっつーの!」


 あれぇ〜?おかしい、おかしいって!

 隣に座ってるリルルとエリザも何もなってない!

 周りは……誰も何ともなってなさそうだな……あれぇ?


 クリスの能力は狙いを定める事は難しいと言っていたが、周囲の人間でも誰かしらには効果があるはずだった。

 結果、その場に居る誰にも効果がない。


 ショックで落ち込んで固まってしまい、座ったままのクリスは、まるでミルルに土下座しているようで情けなく見える。

 するとクロウが片手でクリスの腕を掴み立ち上がらせては、悲しげな顔で首を振りため息を吐いた。


「ドンマイ。お前の能力はただ目が光るだけだったんだな……」


「ち、ちげーよ!何で……しばらく使ってなかったから弱まったのか!?」


 ミルルどころか誰にも能力の効果がないことにクリスはひどく落ち込んでしまい、そのままソファーへ戻りしゃがみ込み、膝を抱えて俯いてしまった。


 するとそこに、周りがクスクスと笑い声をたてる中でキッチンの方からマーシャルがやってきた。 


「さっきから皆元気良いねぇ。

 クロウは病み上がりでしょ?ちょっと落ち着きなよ。はい、ブレンド」


 色々と騒いでいる中でマーシャルがクロウのコーヒーを作りキッチンから戻ってきた。


「おぉ、あんがとよ!丁度クリスに飽きたところだったからな!一服……」


 おかしな光景にクロウは固まってしまった。


 クロウにコーヒーを渡したマーシャルは何も言わずクリスの隣に座りだした。

 しかもなぜか肩がくっつく程に近く、距離感がおかしい。


「どうしたのクリス?またクロウにからかわれたの?」


 マーシャルはクリスの背中を撫でながら優しく声をかけ慰めだした。

 しかしその声は優し過ぎる程優しく、オネェ口調にも聞こえる。


[ゾッ……]


 なぜかそこに居る全員悪寒と同じような感覚が体を通り過ぎた。

 その行動におかしいと思い、皆揃ってマーシャルの顔を覗き見ると……頬を赤く染め、クリスの能力発動時と同じ紫色の瞳をキラキラと輝かせながらクリスを見つめていた。


「お前がかかってんのかよ!」

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