二十六 【一難去ってまた一難】
クロウが倒れると、全員の緊張感は一気にほぐれた。
全員クロウの周りに集まり、今まで何事もなかったような寝顔見て脱力し安心した。
「ねぇお嬢、クロ様は理性を保ってましたよね?」
「分からないわ。
私の目の前でL,Bを打った時は徐々に変わっていく姿が見受けられたけど……」
とりあえずはクロウを連れて屋敷へ帰ろうとクリスがクロウを抱え歩き出す。
すると、少し落ち着いたアンナはクロウが殴り潰した男の死体を目にして驚く。
「ねぇ……あれはクロウがやったの?」
全員屋上に辿り着いた時は、アンナはクロウしか見えていなかったので今となって無惨な男の死体に気付いた。
恵華はクロウが屋上に現れてからの事を話した。
それを聞いてクリスがアンナに疑問を投げた。
「なぁアンナ、昨日の自我崩壊は疲れ切ってる中で薬を打ったからって話だよな?
だから暴走して"魔人"になったみたいだけど……薬の力だけでここまで出来るもんなのか?」
「無理よ。
L,Bだけでは飽くまで"人間"としての限界突破よ。
完全に能力を引き出してる訳ではないから細胞の変化は微々たるもの。
やり過ぎると体が壊れるわ。
でもこれは……」
アンナも不思議に思っていた。
クロウ自信の能力で限界突破を出したのならその反動に耐えられる体となるが、薬を投与して人間の頭蓋骨を砕く程の力が出せたとしても
クロウ自身の骨が耐えられなくなるようで不可能だと言う。
それでも恵華はクロウは理性を保っていたはずだと話す。
でなければ、普通に動く事が出来なかった恵華は無事で済んでいないと話す。
全員それを聞いて静まり返る中、クロウのいびきが響き渡る。
「グー……グガッ……グー……」
「呑気にこいつは(笑)……ん?」
クリスはクロウのいびきの中で車のエンジン音が微かに聞こえてた。
振り返り音が聞こえる方を見ると、数台の車が全員の視界に入った。
「あれは……マスターですね」
恵華が逸早く気付いた。
本邸から部下を率いたボスがこの別邸へ向かって来ている。
こちらに合わせて来たのか、元々本邸に監視が居たのか分からないが、タイミングの良い登場だ。
「……とりあえず下りよう。
早くクロウをドクの所に連れて行かなきゃいけないし」
クロウを背負ったクリスが先頭で、上手く歩けない恵華をケビンが背負い、全員で階段を下りて行った。
クリスはクロウと恵華が入ってきた窓とは別の位置にある正門、つまり玄関から来たようで、そちらから普通に出て行くことにした。
クロウと恵華の怪我を気遣いながらゆっくりと下りて玄関の扉を開けて出ると、ボスとその直属の部下達が別邸を包囲していた。
しかも、
そこにはボスの隣に負傷して手に包帯を巻いたエドガーも立っていた。
「てめぇ……エドガー!説明しろ!!」
「……」
クリスが問いただしても俯き黙ったままのエドガー。
ボスの命令で動いている事はクリスも分かっていたが、ここにいる全員が死ぬ可能性があったこと、危険な目に遭わされたことに腹が立っていた。
エドガーが顔を上げ、説明をしようと口を開くと、それを防ぐようにボスが話し出した。
「騒ぐな。
今のクロウの状態を知るにはこの位やらんと分からん事もある」
「あ?……俺等の命賭けてでもすぐに知らなきゃいけねぇ事だったのかよ!」
クリスは怒りを露にしながらボスに訴える。
「……そうだ」
「!!」
そこに居た全員怒りを抑えられない程に体を震わし、ボス相手にどうして良いものか分からない。
それを聞いてエドガーの反応を確かめると、目を瞑り俯いていた。
エドガーは幹部でクロウファミリーとしていられるのはクロウの監視役を受け持ったからだ。
ボスに逆らうことは出来ない。
クリスは諦めたようにクロウを抱えたまま歩き出し、それを追うに恵華達もついて行く。
「ルイスは殺したのか?」
ボスを横切ろうとすると突然ルイスのことを問い掛けられた。
しかし、アンナしかルイスと顔を合わしていないため、クリスは知らないと答えると、ボスは部下達に探せと命じた。
同時に危ない状況下で仕方なく一緒に居合わせていたエリザが拘束された。
エリザはルイスの傘下に入っていた事もあり、仕方がないのだろう。
「やめろ!気安く触んな!」
エリザは必死で抵抗する。
それを見てなぜか恵華がボスに頼みを申し入れ出した。
「マスター、エリザさんをウチに連れて行きたいのですけれど……」
ボスがなぜだと問うと、聞きたい事があると恵華は言った。
ルイスのこの一件もそうだが、恵華達が一番不可解に思った"謎の男"。
ルイスが居なくなった今、男を操っていたエリザから聞き出しておかないと後々面倒になると恵華は踏んだ。
すると、それを察したかのようにボスは駄目だと断った。
やはり、今回の拉致と謎の男はボスの差し金だと恵華とアンナはそこで確信づけた。
何としてでも今エリザを連れて行きたい。
それにルイスが見つからないと、エリザが何らかの落とし前をつけさせられる。
組織の常識。
当たり前のことだ。
恵華にとっては因縁のあるエリザだろうが、何とかして欲しいと思いつつエドガーを見るが、また俯きだしてしまう。
「この……暴れんな!」
[ガスッ!]
遂には抵抗するエリザは髪を捕まれ、殴られ始めた。
それを見て恵華が足を引きずりながらエリザの方へ駆け寄ろうとすると、クリスに腕を捕まれ止められた。
「……クリスさん」
「恵華、諦めろ。まず今はクロウのことを考えろ」
クリスの言葉で恵華が諦めようとした……
その時、クロウの体がピクリと反応し微かに動いた。
「おっ、クロウ!起き……クロウ?」
「!!……離れてください!クロ様じゃないです!!」
クロウ突如目を覚まし、クリスの肩から腕を離した。
しかし様子がおかしい。
クリス達やボス、その場を取り囲む部下達もなぜかクロウから離れだした。
「おぉ!これは久々に……」
ボスは笑みを浮かべ興奮している。
それに比べ、クロウファミリーは全員浮かない顔をしていた。
恵華に至ってはなぜか顰めっ面となっている。
生暖かく、息苦しくなるような風がクロウの周りに流れ、次第にその風は黒く濁った霧のような物と変化してクロウを包み込んだ。
「何で今……」
恵華達は今クロウに起きている状況を良く知っていた。
ボス以外、部下達は驚き言葉が出ない。
しばらくすると黒い霧はクロウの体に入り込み、姿が見えるとクロウは変貌を遂げていた。
クロウの目の強膜は真っ赤に染まり、髪や眉毛、睫毛は全て白髪化していた。
すると、クロウはボスの方へ振り向き、怒りを露にしている。
「おいジジィ……貴様、何を造った……?」
クロウなのにクロウでない何者かがボスに問いかけ出した。




