二十五【自我崩壊?】
アンナはクロウを見送った後にスカートの中から鎮静剤を取り出して屋上へ向かおうとした。
すると、クロウが持っていた銃が床に落ちている事に気がついた。
銃を忘れるなんて……早く行かないと。
アンナはクロウの銃を拾い急いで部屋を出ると、
[ドンッ]
「わっ!……って、アンナ!?無事だったか!」
ぶつかった相手を見るとクリスだった。
その後ろでここまで来る途中から同行していたマーシャルとケビンが銃を構えていた。
三人共屋上から銃撃してきたルイスの部下達を片付けた後、中に潜入し行動を共にして上に向かって来たと言う。
「ごめんなさい、私のせいでこんな……」
「気にするなよ、それより無事で良かった。
なぁ、さっきからドンパチ聞こえるけどこれはクロウなのか?」
さすがにクリス達にも銃声は聞こえていたようで、急いで屋上に向かおうとしていたらしい。
そしてバラけてから姿が見えなくなったエドガーにも連絡を取ろうとしているが全く応答がなく、三人は心配していた。
「エドガーだけ連絡が取れないの?」
アンナはやはり今回の事はボスとエドガーが絡んでいると睨んだ。
銃撃で全員バラけた時にクリスはエドガーと共に行動をしようとしたが、何故か後方支援に回り、いつの間にか消えていたようだ。
アンナが強く疑うのも無理もなく、過去にもクロウ絡みであればボスは何でもエドガーに命令を出し、周りは困惑させられていたからだ。
今回はアンナがたまたま単独で来ていたので良い餌となった訳だが、アンナが来なかった場合でも何かしらの事件を起こしていたに違いない。
今ここにエドガーが居ないので詳細は不明だが、間違いなくクロウ絡みであろう。
それをアンナは三人に話すと、マーシャルがため息を吐きながら分かっていたかのように答えた。
「だろうな〜。
何度も相談位してくれって言ってるけど、止められると分かってるから一人で悪者になるしかないんだろうね……」
ケビンとマーシャルはエドガーと昔からの馴染みもあり、エドガーの責任感は尋常でない程だと語る。
アンナしぶしぶ理解をしたように振る舞ったが腑に落ちてはいない。
しかし疑問もあった。
元々ルイスの部下ではなかったエリザが何故ここに居るのか理由が分からない。
そして得体の知れない男。
考えれば考える程疑念が生まれる。
エドガーに会ったら全て話してもらおうと三人は一旦話しを終わらせ、アンナは今の状況を伝えた。
「それ……不味いんじゃないの!?
じゃあ今屋上でクーが暴れてるってこと!?」
ケビンは声を荒らげ焦りだした。
それは全員過去に変貌したクロウの自我崩壊を殺される覚悟で止めた経験からだった。
「屋上には恵華が一緒に居るんだろ!?
クソッ!間に合うか……もしもの時は全員でクロウの手足両方狙え!行くぞ!!」
クリス達は最悪の事態、近くの恵華にクロウが手を出すことを恐れていた。
鎮静剤を打つ事が困難となって止める事が不可能となったら、クロウの動きを全員で発砲してでも止めようと覚悟した。
四人で屋上へ向かっている途中に、屋上へ出る階段から人が飛びたしてきた。
「きゃっ……お前等!っじゃない、それより鎮静剤は持っているんでしょうね!?」
そこで会ったのは屋上から降りてきたエリザであった。
「どうして貴女がそれを!?クロウは!?恵華は!?上はどうなってるの!?」
エリザはクロウが我を忘れながら男を潰した事と、動けない恵華の代わりに薬を取りに来た事をアンナ達に告げる。
「え!?恵華を残して来たっていうの!?
この……バカ!!」
アンナはエリザを罵倒し、恵華が自我崩壊したクロウの近くに居ると聞いて、またあの時の二の舞になると焦り、全力で階段を駆け上がり屋上に出た。
「これは……どういう状況だ?」
思いがけない光景がそこにあった。
ボロボロの体でしゃがみ込んだ恵華の前でクロウが倒れている。
見ると、クロウは両足から血を流しながら唸っていた。
「恵華!無事!?これは一体……」
「皆……この隙に早く……クロ様に薬を!」
どうやら男を殴り続けていたクロウに拳や肩が今後使い物にならなくなると思い、何度も恵華はやめてくれと言い続けていた。
どれ程の力でどれだけ殴ればこのようになるのだろうか、男は血溜まりの中で首から上は完全に潰れ、見るも無惨な姿になっている。
クロウは男の動きが見られなくなっても殴り続け、急に動きが止まったと思うと、恵華の方を振り向きゆっくりと近づいて来た。
目の前まで来て、クロウが血まみれの手で恵華に触れようとした瞬間、クロウが突然倒れて両足から血を流していた。
恵華は銃撃を受けたと思い、辺りを見渡してみても、場所からしてクロウの両足を狙えるのは本邸位だと思うが、人影を確認出来る距離でもない。
音も全くなかったため、恵華は何処から撃たれたのか分からなかった。
丁度すぐそこへアンナ達はやって来たようだ。
「ってことはなんだ!?ここ狙われてんのか!?」
クリスは恵華の肩を持ち全員に階段まで引けと言うと、クロウを残して階段踊り場で男共三人は銃を構え警戒体勢に入る。
「ね……ねぇ、今がチャンスじゃん。
早くクロウに鎮静剤打った方が良いんじゃない?」
エリザが恐る恐るアンナに提案する。
アンナはクロウに恐怖を抱きながらも鎮静剤を握りしめ外に出ようとすると
「ちょっと待って!」
マーシャルがアンナの前に手をかざし止め出した。
どうしたのか聞くと、マーシャルはクロウの方を凝視している。
すると、
「……ヴゥゥゥ……」
クロウは唸りながら立ち上がり出した。
太ももかふくらはぎかは分からないが、両足を負傷しているのにも関わらず普通にこちらに歩いてきた。
クリスはクロウの瞳孔が開いている事に気付く。
「おいおいおい……これまだ不味いんじゃねぇか?」
「……それに、もう傷が治っているのかもしれないわ」
アンナは今までの経験やクロウ実験資料を思い出し推測した。
「ゴホッ……そんな事どうでも良いですよ!薬貸して下さい!恵華が行きます!!」
恵華は咳込みながらアンナから鎮静剤を取り上げた。
「ダメよ恵華!わ……私が行くから!」
部屋でL,Bを打ち込んだ時よりクロウの顔つきが少し和らいでいるように思えるが、それでも理性を保っているようには見えない。
そんなやり取りをしている間にもクロウは近づいてくる。
すると、本邸から狙われているかもしれない状況でクリス、ケビン、マーシャルは一斉に外に出た。
「俺等気を引くから後ろからでも打ち込め!」
三人はクロウの前にバラけて銃を構えて誰かしらに気を引こうとした。
が、しかしクロウは真っ直ぐ正面だけを見ている。
右にマーシャル、左にケビン、正面にはクリス、その後ろの階段出入口に恵華達三人。
まるで猛獣扱いのようだが、クリスは妙に涼し気なクロウの表情を見て、なぜか銃を下ろしてしまった。
「クソッ……
クロウ!目を覚ませ!!もうこんなんでお前を撃ちたくねぇんだよ!!」
クリスは涙ぐみながらクロウに叫ぶ。
するとクロウの目線はクリスに向きだした。
「クリス!!逃げろ!!」
この状況で真っ直ぐクリスに向かってくるクロウはやはりおかしいと思い、ケビンとマーシャルは逃げろと言うが、クリスは後ろに恵華達が居るため、動こうにも動けない。
そうこうしている内に、もうクロウがクリスの目の前まで来てしまった。
すると、クロウが顔に血管を浮き出しながら小声で何かを言い出した。
「……ハ……ヤク……シロ」
自我を失ったと思われていたクロウが、力一杯に"早くしろ"と言葉にした。
「早……く?クロウ!俺等が分かるのか!?アンナ!鎮静剤を!!」
今なら安全に薬を打てると思ったクリスはアンナに指示を呼びかけた。
その瞬間、
クロウの目線がクリスを逸れて体を返し後ろを向きだした。
なぜかクロウの後方に居たケビンとマーシャルではなく、遠くにある本邸の方を見て唸り出す。
何があるのか。
クリス達も気になりクロウと同じ方向を見るが何もなく、別邸周辺に誰かが居る訳でもない。
すると、マーシャルが肩に掛けていたライフル銃を突然クロウは取り上げ、本邸の方に向けて発砲した。
[ドンッ!]
「……」
クロウが何をやっているか分からなく、周りは唖然とする。
すると、今だと思った恵華がアンナから鎮静剤を奪い、動くのも辛いはずの体を無理矢理起こしてクロウの背中に向かって飛び出した。
クロウはその気配を察知したのか、恵華の方を振り向いた。
「ヤバい!恵華!!」
クロウが理性を保っていられたのかはまだ分からないため、恵華に何をするか分からない。
クリスがとっさに止めようとしたが、恵華のスピードに遅れを取ってしまった。
しかし、クロウは恵華が接近していることに気付きながらも見ているだけで直立不動。
クロウに気づかれていることを気にせず勢い良く胸元に飛び付くと同時に鎮静剤を打ち込んだ。
クロウは全く防ごうともしなかった。
恵華は鎮静剤を完全に打ち込み終えた後に顔を上げてクロウの顔を見ると、恵華に微笑んでいた。
「クロ……様?」
クロウは打たれた鎮静剤が体中に行き渡り、そのまま気絶し倒れた。




