出勤するのが少し楽しくなる
出勤途中、今日も走って私を追い抜いていく女子高生。
背負った黒いリュックがゆっさゆっさと大きく揺れている。黒く特徴のないバックには「1997」の白い文字が書かれているが、生まれた年……ではなさそうだ。
ひと昔からは想像もできない短いスカートと短い靴下。全身から惜しげもなく可愛さを醸し出している。
よく耳にする可愛いものの定義……、小さくてフワフワで柔らかく、温かくて丸い。つまり、ひよこ。
女子高生はひよこなのかもしれない――。
そんな可愛い女子高生の一番可愛い姿を考える。それはやはり食パンをくわえながら制服で走る姿なのだが、実際にそんな女子高生を目にした人は少ないだろう……。
実は一生で一度だけ、食パンを食べながら走る女子高生を見たことがある。思わず拝みたい気持ちになり、二度見した。
サンドイッチでも総菜パンでもない、何の変哲もない耳付きの食パンに目を疑った……。ガチで!
そんな食パンをくわえて走る女子高生は、滅多にいないからいいのだ。
駅に向かう女子高生が全員食パンをくわえている姿を想像してみて欲しい。思わず笑ってしう。
たぶんみんな歯を磨いた後で食パンをくわえているのに違いない――。家から駅まで食べずに、ずっと食パンをくわえていたことを考えると、こちらまで口の中がカラッカラに乾く――。ひょっとすると逆に、食パンはヨダレでドボドボかもしれない――。
走っても口で呼吸ができないから、絶対にしんどい――。鼻でんーんー呼吸をしなくてはいけない。過酷だ――。
そこで私は考えた。
――体育祭のパン食い競争を、食パンをくわえて走る競争にしてはどうかと――。
位置について! で、全員がパンを口にくわえる。――ガブ。
よーいドン! で、全員がゴールめがけて一直線に走る。――ダッ。
いったいなにが面白いのだろうか? いや、そもそも体育祭の競技に面白さなどいらない。でも、絶対に笑えてしまうだろう。
笑いたくても笑えない……パンが落ちるから。
――ムフフムフフとしか笑えない。
スタート地点には何百斤もの食パンが山積みされ、次々と袋を開いて選手に渡されていく……。強風でパンに砂が付かないように気を付けなくてはならない。ジャリジャリする。
「誰だ! ダブルソフトを買ってきたヤツわ!」
「すみません、体育の先生。普通のが無くなったんです」
「先生! ダブルソフトなんて嫌です! 不利です!」
「そうよ、そうよ、ダブルソフトの方が美味しいわ!」
とか、
「誰だ! 六枚切りの中にこっそり、四枚切りを混ぜたヤツは!」
「チッ、いいじゃねーかよ。白組負けてるんだから」
「そーだ、そーだ! 赤組は四枚切りにしろよ」
「四枚切りのモチモチ感がいいんじゃないか!」
「ばーか、六枚切りのカリカリ感がパンの命だぜ!」
などと、大騒ぎになることだろう……。
信号が青に変わり、横断歩道を歩き始めた。
くだらないことを想像してニヤニヤ笑ってしまう。こんなサラリーマンは、滅多にいないからいいのだ。
駅に向かうサラリーマンが、全員ニヤニヤ想像笑いしていたら――ガチで怖い!
いや……果たして本当にそうだろうか?
通勤途中のサラリーマンは全員がつまらなさそうな顔をしている。全員がニヤニヤしながら通勤していたら、どうなるのだろうか。
きっと素敵な朝になるはずだ――。
明日は食パンをくわえて出勤してみようか――。