肝を冷やさせる側
「ぼっろい屋敷だよな~、相変わらず。」
男の声が聞こえる。いや、それが誰なのか私には分かっていた。そういえば、タイガルは怪談とか肝試しとか大好きだったね。ふふ、私がここにいると知ったら、彼はどんな顔をするだろう。
「ホント、何か出てきてもおかしくないわね~」
続いて聞こえてきたのは女の声。間延びしたような発音はいかにもナナミらしい。お化けに会うのが楽しみ!な~んて入ってるけど、幽霊だと分かったら甲高い悲鳴を上げちゃうくせに。
「やめろよ、そういう事言うの。俺、そういうの感じやすい質なんだぜ?」
タイガルとは違う、もう一人の男の声。シェランは、私達の中では一番霊感が強く、なおかつ霊を呼びやすい体質でもある。だが、そんな彼をナナミが明るく笑い飛ばした。
「私、幽霊だなんて一言も言ってないよ?」
変な人が隠れて脅かそうとしているかもしれないじゃない、と愉快そうに続けた。それに乗じて、別の女の声が響く。
「でもシェランがいれば幽霊さんも出てくるかもね♪」
からからと、どこか楽しそうな声だ。いつになっても、ラティアはこういう笑い方をするのね。
「冗談はよせ。ケンスケの面倒が見きれないじゃねーか。」
声はしないが、臆病な男の子、ケンスケも付いてきているらしい。シェランの呆れた声が響く。当然か。この程度で震え上がっている者に肝試しなんてできっこないもの。
「あーあ、アクアがいればいいのになあ。」
「タイガル、そういう冗談はやめろと言っているんだ。」
「はいはい、分かってますよ。」
…私はここにいるんだけどね。あなたたちが今にも入ろうとしている屋敷の中に。
古びた扉が軋みながら開き、5人の男女が入ってくる。屋敷内に人気はない。ロビーのような開けた空間に出た時、タイガルが切り出した。
「よし、ここからは各自分かれて調査する。ケンスケは1階、ナナミは2階の東側でラティアは2階の西側な。俺は3階の東側へ行くから、シェランは3階の西側を調べてくれ。」
各々の返事のあと、タイガルに言われた通りの場所へ向かった。ふふ、彼なら単独行動にすると思ったわ。私にとってはその方が都合が良い。最初から標的はただ一人だもの…
私は彼らの話を盗み聞きし、そして、3階の西側へと向かった。
扉が開き、懐中電灯の光が向けられる。眩しくて、私は少し目をすぼめた。驚きで見開かれた彼の瞳と目が合う。
「アクア!?お前、どうしてここに?」
「久しぶりだね、シェラン。あの事件以来だから…2年ぶりかな?」
「答えろ!どうしてお前がここにいる!」
怒りで震える彼の声に、私は思わず苦笑した。そして、足も動かさずに素早く彼の背後に回り込んだ。
「それは、私が既に死んでいるからかな?」
そっと、彼の背後から抱きかかえる。もっとも、触れた感触などありはしないが。
「だったらなおさら、なぜお前がここにいるんだ!」
「あなたのそばにいたかったから…ここを、離れられなかったの。」
「え…?」
そっと、二人の唇が重なる。最初はこわばっていた彼の顔も、次第に柔らかくなっていった。
ふふ、バカな子。亡霊と口づけを交わすなんて、するもんじゃないよ。
「いずれあなたも連れて行ってあげる。」
私は、魂が抜けたような彼に話しかけた。私がこれから行くべき、あの世へ、ね。
でも、今は―――
「あなたの体、借りるわよ。」
誰に言うでもなく、私は彼の体の中に入っていった。
そして、彼のフリをしたまま、何食わぬ顔で戻っていった―――