◆嘘◆
東城は彼のことを「少し変わっている」と言っていたが、
私が抱いた彼の第一印象も、それと遠くはなかった。
茶系のクラブチェックのジャケットは、繊維が傷んでいるわけでもないのに、
少しくたびれた表情を垣間見せている。
黒い短髪で、爽やかな印象を与えてもよさそうなものの、
口元の無精ひげがそれを否定していた。
黒くてふちの厚い眼鏡の奥、彼の瞳は、生気を宿してないようにも、
何かを訴えているようにも感じられる。
突然の彼の帰宅に、雅さんも少々驚いた様子だった。
「夏樹さん、予定より早かったですね。」
「ああ、梶原の連中もここのところ随分落ち着いてね。僕も、しばらくはゆっくりできそうだ。」
「そうですか。あ、今日は久々にお客さんがお見えですよ。」
雅さんがそう言って、私に目配せをしてきた。
「初めまして。冬月歩海といいます。」
私が名乗ると、彼も丁寧に挨拶を返す。
「初めまして。辻夏樹です。」
意外といっては失礼かもしれないが、風変りな印象とは裏腹に、
彼の言葉遣いや立ち振る舞いは、終始慎重な様子だった。
すると、塚本が夏樹に向かって話しかける。
「夏樹さん、私、お夕飯の買い物に行ってきますね。」
なんだか急によそよそしくなった彼女は、いつの間にかエプロンをたたんでいた。
すると、彼は何かを理解したように、無言の相槌を打つ。
「わかった。行ってらっしゃい。」
「行ってきます。」
彼が現れてから、そう時間が経っていないにもかかわらず、
彼女は厨房に向かうと、裏口と思われる扉の閉まる音を響かせて去っていった。
私と彼だけを取り残し、静まり返った店内には、振り子時計の音だけ鳴りわたっていた。
彼は、カウンターの下からミネラルウォーターを取り出すと、
それをグラスに注ぎながら私に話しかけてきた。
「好尚台中学校の制服だね。東城という教員は元気にしているかい?」
「ええ。生徒からとても慕われています。」
「そうか。まあ、あの風貌と人柄なら自然とそうなるだろうな。彼女、僕のことなにか言ってなかった?」
「えーと……。少し変わっているけど、学のある方だと。」
私は少し嘘をついた。
東城がこの場所を教えてくれたおかげで、さっきは心休まる食事の時間を楽しむことができたのだ。
「金はないけど」などと、余計な一言を付け加えることは、東城の名誉のためにも伏せておこう。
「ふーん、意外だな。彼女のことだから、嫌みの一つでも言っててよさそうなものを。その辺、生徒には遠慮してるのかな。」
彼は、グラスに注いだ水を一口だけ飲むと、見透かしたように私をまっすぐ見つめている。
決して威圧的というわけでもなければ、不気味なわけでもない。
ただ、そこにあるものをありのままに捉えているような、そんな目つきだった。
なんにせよ、彼の前で建前を取り繕っても、あまり効果がないのは明白だった。
「その東城さんから、ここの名刺をいただきました。気が向いたら立ち寄ってみなさいと。」
「なるほどね。彼女が匙を投げるなんて珍しいな。」
そう言うと、彼はグラスを持ったまま、私の隣の席に座ろうとする。
目配せだけで、私の許可を得ようとしている。
私はそれに軽く頷いて、彼の視線に答えた。
「少し話そうか。」
そう言って、彼は私の隣の席に、静かに腰をおろした。