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紫陽花(あじさい)と鴨(かも)  作者: ろいやるぱふ
紫陽花
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◆病院◆

校門の前まで行くと、ベージュ色の軽自動車が、ライトを点滅させて待っていた。


助手席側のドアを開け、車に乗り込んで、シートベルトを締める。


母が「大丈夫?」と尋ねてきたので「うん。」とだけ答えた。



東城から概ね説明は聞いていたらしく、母はそれ以上詮索してこなかった。




好尚台中学校を出て車で約五分、まっすぐと丘を下っていくと、そのふもとにそびえ立つ梶原記念病院が見えてくる。


百年以上の歴史がある病院なだけあって、美しくも厳かな佇まいをしている。



数日前、ここを訪れた際に母から聞いた話を、私は思い出していた。


かつての梶原財閥が建てたこの病院は、もともとはここまで大きな病院ではなかったのだそうだ。


ところが、戦後に財閥の解散を経て、組織は梶原グループとして大きく生まれ変わった。


銀行や生命保険会社など、多くの会社を経営するようになり、今や日本のトップ企業にまで成長した。


母が幼いころは半分ほどの大きさもなかったというこの病院は、幾度となく改修工事が施され、今の大きさに至るらしい。




病院の自動ドアが開き、中央のロビーに目をやると、平日にも関わらず多くの患者で混みあっていた。



席のほとんどが高齢者で埋め尽くされている光景に、少しばかり検査が億劫になる。


すると、母が隣で呟いた。



「歩海、お母さん今日シフトが入ってるのよ。お金は渡しておくから、悪いんだけどタクシーで帰ってくれない?」



「うん、わかった。」


 

私はあっさりとそれを了承する。



今回の検査目的は、異常がないことを確認するためのものだ。


異常の原因解消を望む私にとってみれば、この時間がとても退屈に感じるのは仕方のないことである。



万が一、ここ最近の体調不良と関係する何かが掴めればそれにこしたことはないが、東城から怪しい名刺を受け取った時点で、この場所での原因追及は望み薄だと考えていた。


そしてなにより、家事の合間を縫ってスーパーのパートに出ている母の足枷になることは、気が引けた。




「この人の数だと、だいぶ待ちそうだしね。」


「夕飯の前には戻るから。」



母はそう言い残すと、財布から一万円札と保険証を取り出して、私に預ける。


足早に院内から去っていく母の背中を見送ると、私はそれを(おもむろ)に右ポケットの中にしまい込んだ。









「冬月歩海さーん。」





一時間ほどの待ち時間を経て、中年の女性看護師が、私の名前を呼んだ。



立ち上がり、彼女の案内に従って歩いていく。


レントゲン室に着くと、診察台に取り付けられた白い機械が、口を開けて私を迎え入れている。



「上着を脱いでくださいね。」


看護師はそう言って、入り口横に置いてある棚に目をやった。


私は制服の上を脱ぐと、棚の上に乗った籠の淵に、それをかける。


その後、看護師は診察台に仰向けになった私の姿を確認すると、部屋から出て行った。





白い機械が私の頭上をゆっくりと動き始める。



自分自身が動いているのか、機械のほうが動いているのか、どちらにも感じられる変な感覚だった。





不意に、幼いころ母の車に乗って洗車機を潜った記憶が蘇る。



ぐるぐると回転し、唸りをあげながら迫ってくる謎の物体。



真っ暗闇の視界と、車内に響く轟音。



平然とした母の表情を横目に、そのときの私はただ、怯えていたことを覚えている。




そんなつまらない過去の回想は、ドアを開ける音と、再び現れた看護師の声で終わりを告げた。


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