◇帰路◇
塚本が酒を拒んでいた理由が明らかになった。
彼女は僕や東城と比べるまでもなく、圧倒的に酒が弱かった。
カクテルを二杯飲んだだけで、その場で眠りこけてしまったのである。
結局、東城が彼女の財布から免許証を取り出して住所を調べると、帰り方面が同じ僕がタクシーで送っていくことになった。
「先輩、変な気おこさないで下さいよ。」
「大丈夫だよ。近くまで行ったら起こすさ。」
塚本を担いでタクシーに乗せ、東城に別れを告げると、タクシーのドアが閉まった。
歓楽街から車で約十五分、塚本が住んでいると思われるアパートにやってきた。
僕は隣ですやすやと眠りこんでいる彼女に声をかける。
「塚本さん。家に着いたよ。」
肩を叩き、耳元で何度も名前を呼ぶと、ようやく彼女は目を覚ました。
「辻さん…。今日は楽しかったですね。」
「うん、僕も楽しかったよ。さあ、家に着いたよ。」
すると彼女の表情は、バーにいた時とは一転、生気を宿さない暗いものへと変わっていた。
「まだ具合悪い?大丈夫かい?」
「……。いえ。大丈夫です。なんだか迷惑かけてしまってごめんなさい。あの、タクシー代を…。」
「いや、僕もこっち方面だから気にしなくていいよ。」
財布に手をかけた彼女の手に、掌を軽くかぶせて僕はそれを制した。
「すみません…。みっともないところをお見せして…。」
「そんなことないよ。ゆっくり休んでね。おやすみなさい。」
「……。はい。おやすみなさい。」
万が一、彼女の旦那にでも見つかってよからぬ誤解を招くようなことがあっては面倒である。
少しばかり心配ではあったけれど、塚本が頼りない足取りで車から降りると、僕は足早にその場を立ち去った。
タクシーのバックミラーを見ると、塚本がこちらを見ながら立ち呆けている。
その姿はひどく弱々しく、帰る家を失った小動物のような悲哀を漂わせていた。
結局、曲がり角を曲がるその時まで、彼女は僕の乗った車を見送っていた。




