◇二次会◇
以前、東城のバイト先だったバーにやってきた。
店に入るなり、東城はマスターに挨拶をしにいった。
彼女と久々に会ったマスターも、懐かしがって何やら話し込んでいる。
僕と塚本は東城をおいて、先にテーブル席へと腰をおろした。
「この店は東城さんの顔馴染みなんですね。」
「ああ。学生時代バイトしていたらしい。それにしても、同じ職場にいたのに、同じ大学の出身とは気づかなかったな。」
「私もです。なんていうか、夏樹さんはお忙しそうなので、なかなか話しかけるタイミングもありませんし。」
そう言われて、自分の立ち振る舞いを振り返ってみる。
言われてみれば、彼女とは端的な要件を伝える以外で関わったことがなかった。
避けていたつもりはないが、思い返すといかにも仕事人間という感じがしていたかもしれない。
「僕ってもしかして話しかけづらい?」
「いや、そういうわけではないんですけど…。なんというか…。」
彼女は弁解の言葉を探しているが、適当な言葉はなかなか見つからないらしい。
「先輩はもともとガリ勉ですからね。一言で言うと可愛げがないんですよ。」
マスターとの挨拶をすませた東城が、塚本の隣に腰をおろした。
「可愛げって…。いや、君より四つも年上なんだけどな。」
「年齢じゃないんですよ。女性というのは、適度に間の抜けた、母性本能をくすぐる男の人が好きなんですから。なんでもかんでも自分一人でこなしたがる先輩みたいな人が職場にいたら、きっと私も話しかけません。」
「相変わらず手厳しいなあ。」
以前、この場所で東城と飲み交わしていた日、僕は彼女に見事なまでに言い負かされた。
特に、男女の関係についてはひどい言われ方をされた記憶がある。
だが今の僕は違う。
この数年で色々と経験を重ねてきた。
それは恋愛経験も含めてだ。
改めて、東上朱美にリベンジを果たす日がきたようだ。
「女の人って本当によく分からないね。そんなこと言っている人に限って、一緒に暮らした途端に『だらしない男は嫌い』とか『料理は適度にできたほうがいい』なんてわがままをいうんじゃないか。そのくせ、それらが完璧にこなせてくると『母性本能がくすぐられない』なんて言う。ただのないものねだりじゃないか。」
「お、先輩。その口ぶりだと、ここ数年で何かありましたね?」
東城にすべてを話す気はないが、一度だけ同棲をしたことがあった。
それも、ものの半年で耐えきれなくなった女の方が出ていったわけだが。
「先輩は昔から理屈っぽいんですよ。要領はいいのかもしれませんけどね。そう思いませんか、雅さん?」
そんな僕らのやり取りを見て、塚本は微笑んでいた。
「本当に気が合うんですね。」
少しばかり、会話に熱が入っていた僕と東城は、その言葉を聞いて我に返った。
お互い、大人げないところを見せてしまったと反省する。
「母性本能ですか。確かにそれはあるかもしれませんね。それに甘えすぎる人も考え物ですけど。」
塚本の顔は笑っていたが、その目からはどうも虚ろな印象を受けた。
先ほどまで、部長にセクハラを受けていたこともある。
けれどもそれ以上に、僕には何故か塚本の微笑に深淵なる陰りが潜んでいるように感じたのだった。
「私も一杯ご馳走になろうかな。」
それまで、頑なに酒を拒んでいた塚本は、不意にそんなことを言い出した。
それを聞いた東城は嬉々として店員を呼びつけている。
「明日は会社も休みだからね。」
「はい。たまにはこういうのもいいですね。」
「今日は飲みましょう!」
その後、他愛もない話をしているとあっという間に時は流れ、夜は更けていった。




