◆花見◆
東城は私の手を引いて桜の木の下にやって来ると、アウトドア用の椅子とテーブルを組み立て始めた。
その慣れた手つきは、なんとも形容しがたい中性的な魅力と頼もしさを兼ね備えていた。
「冬月は四人分の皿とコップを並べてくれ。」
「はい。」
「それにしても、先輩は相変わらず女心の分からない人だよ。『君さえよければ歓迎するよ。』だなんてね。相手に判断を委ねようとするなんて、卑怯な男のすることだよ。せいぜい、冬月はああいう男に引っかからないようにね。」
「いや、私はそういうのはまだ…。」
「高校生にもなって何を悠長なこと言ってるんだ。青春なんてあっという間なんだよ。恋はいいぞ、恋は。」
「はあ…。」
まだお酒を飲む前だというのに、すでに酔っているのではないかと思われるほど東城は嬉々として語っていた。
学校での凛とした立ち振る舞いとは一転、開放的なその言動に、終始私はたどたどしく応じることしかできないのだった。
そうこうしているうちに陽は傾き、徐々に薄暗さが立ち込める時間になっていた。
しだれ桜の木を照らすのは、たまたま隣接している古びた昼白色の街灯だけである。
立派な桜だけに、街灯の貧弱な明かりがいっそう頼りなさそうだった。
すると東城は、縁側から延長コードを延ばしながら木のふもとに歩いていくと、しゃがみこんで何やら作業をし始めた。
「先生、それって…。」
よく見ると、見覚えのある照明器具が置かれている。
中学時代、合唱コンクールで使われていたステージ用の照明である。
「ああ、これか。学校側が故障で点かなくなったというのでね。処分場に置いてあったのを譲り受けたんだ。そのあと、馴染みの電気屋に持っていったら、意外と簡単に直ってしまった。教師たるもの、地球に優しくなくてはいけないからな。こうして第二の人生をスタートさせているわけだ。」
第二の人生をスタートさせる前に、学校に返却するという選択肢はなかったのだろうか。
そんなことを考えていると、華奢な街灯の灯りを一瞬でかき消すかのように、電球色の温かい明かりがしだれ桜の木を照らした。
綺麗だった。
東城も、満足げな表情を浮かべてそれを見上げている。
「準備できたみたいだね。」
飲み物の入ったクーラーボックスを持った辻夏樹と、お盆に料理を乗せた塚本雅がやってくる。
席に着こうとする三人を傍目に、しだれ桜にも有名な花言葉があるのを、私は思い出していた。
優美
ごまかし
昔の人は、しだれ桜になぜこんな一貫性のない花言葉をつけたのだろうか。
そんなことは知る由もないけれど、少なくとも私は目の前の光景を、ただ美しいと感じていた。




