0.つまらない物語
壱引 栞は目当ての本があった。やや黄ばんだ背表紙に、少し綻びたカバーの掛かった此の物語である。
神田 読は修繕に回す本を選んでいた。日焼けしたり、乱丁落丁があったり、悪戯で傷付いた本を直そうとしていた。そうして目に付いたのが此の物語である。
白石 勝次は読書などした試しは無かった。読むとしても専ら漫画や、情報誌だった。涼を求めて入った店舗で、格好を付ける為に選んだのが此の物語である。
東雲 光はとても疲れていた。よくある仕事場でのつまらない諍いに辟易していた。だから普段なら読まないであろう本を手にした結果が此の物語である。
「夢の国の歩み方」
栞は前から気になっていた本を手に取った。題名は紺地にやや燻んだ金の字で書かれていた。作者はおろか出版社も分からない、ところどころに可愛らしい挿絵こそあるものの、主人公はこれと言って活躍をしない、他の登場人物達も目立った個性や魅力がある訳でも無い、ただルーチンワークを黙々とこなすだけのつまらない物語だった。
「はぁ…」
栞は楽しみにしていただけに、がっかりした気持ちを隠せなかった。溜息を吐いて本を元あった棚に戻すと、そのまま家に戻った。
入れ違いで、暑さに負けそうな勝次が店に入った。セルフサービスの水を飲みながら、きょろきょろと店内を見やっていた。手にした本はいつもの雑誌とは異なり、その表紙は硬い。パラパラとページをめくり、挿絵だけ見てあらすじを把握しようとしたが、どうにも面白さを感じる事無く、首を傾げて本を棚に戻し、注文したジュースを飲み干すと家に戻った。
光が店に入ったのは辺りがすっかり暗くなった頃だ。夕飯もまだだったので、軽食を頼みテーブルに突っ伏していた。会社のつまらないイザコザや、足の引っ張り合いの只中にいる日々は、只管に仕事に対するやる気を削って行った。ふと棚を見ると、少々雑に戻され斜めになっている本が目に入った。誰かが読んだのなら面白いのだろうか?そんな淡い期待は直ぐに打ち砕かれる。頭に入ってすら来ない内容に、本をそっと戻し、おすすめコーナーから可愛らしい動物の写真集を選んでテーブルに戻った。
読は閉店後の片付け中、修繕に回す本を幾つか選んでいると、紺地の背表紙に気付いた。こんな本店にあっただろうか?と。勤めて数年になる読は、全部とまではいかないが、店内にある大体の本を把握していた。好きな本は置く場所すらこっそり決めていた程だ。
「忘れ物かな…?」
本の中身を確認する事数分、こんな本は置いた覚えは無い、店長か他の店員が仕入れたのか、それとも客の忘れ物か、判断に迷った末、スタッフルームにその本を持ち帰った。




