狐のつづら箱(箱物語5)
我が家には昔から、開かずの箱ならぬ開けられずの箱がある。
草のツルで編まれたつづら箱で、神棚の奥に大事にしまわれている。
とはいえ……。
家宝でもなんでもない。むしろ我が家にとってはたいそう迷惑なものだった。
およそ百年前の明治時代。
オレの祖父の祖父は猟師をしていた。その祖父が死んだ夜、通夜に参った狐が、このつづら箱を供えたそうだ。
通夜の席に、なんで狐が?
そう思われようが……。
当時、人間と動物はたいそう身近な関係にあり、人間の葬儀に動物がやってくることもあったという。
だとしても狐にとって、祖父の祖父は仲間を撃ち殺した憎き相手のはず。恨むことはあっても、恩を返す義理などあるとは思えない。
なにかしらの呪いが入っているのでは?
不気味に思った家族は、だれもがつづら箱を開けられなかった。かといって、捨てるにもバチがあたりそうで捨てられないでいた。
それから百年間。
だれ一人、つづら箱を開けた者はいない。ぜったいに開けてはならぬ……その戒めの言葉とともに、こうして大切に受け継がれてきたという。
ところがだ。
開けてはならぬ――そう言われると、開けてみたいと思うのが人情。ひねくれ者のオレは、以前からつづら箱の中を見たくてしょうがなかった。
今日は家族が留守である。
――百年もたったんだ。狐の呪いも、さすがにとけているだろう。
オレは神棚からつづら箱を取り降ろした。
箱は風呂敷で厳重にくるまれている。
――なんということはないさ。
意を決して風呂敷をはぐようにほどくと、草のツルで編まれた箱があらわれた。
幼少だったころに見て以来だ。
フタに手をかけ、おそるおそる持ち上げてみる。
なにも起こらなかった。
ホッとして中をのぞくと、ひとまわり小型の紙の箱が入っており、左下すみに長方形の小さな和紙が貼られてあった。
和紙には文字が数行にわたっていた。どうも箱の中身の説明書きのようだ。
その内容を語ることは非常にむずかしい。そこでここに、そのままを記すことにする。
名称 栗ようかん
原材料名 栗、小豆、寒天、砂糖、水飴、食塩
内容量 三〇〇グラム
賞味期限 枠外下部に記載
保存方法 常温、暗所保存
製造者 狐屋本舗
取扱上の注意 開封後はお早めにお召しあがりください