部活
今日は入学をして三日目であり、それでいて初めての休日である。
そんな休日を俺はどう過ごしているかというと、
「悠人くーん。ごめんね。待った?」
「いやいや、今着たところだぜ」
「本当?それならよかった」
「じゃあ。行こうか」
「うん。楽しみだね。デート」
俺はそんな少女の言葉にぐへへと笑いながら、画面を見ている。
要するに、絶賛ギャルゲー中デス♡
まあなぜ俺がギャルゲーをしているのかというと、それは俺がモブキャラを目指しているからだ。
これだけだとまだよくわからない人もいると思うが、俺が考えるにモブキャラというのは影が薄かったり、隅っこでオタク系のゲームの話をしたりとかそういうもんだと思うのだ。
つまり、モブキャラというのは確実に九割くらいはギャルゲーをやっているのだ!違うか?違うな。
まあとにかく、今日は朝から妹は用事で出かけてるし、親はいつも通り二人とも仕事で海外を飛び回っているので(仕事の内容はいまだに謎なんだが)、一日中一人きりでギャルゲーがし放題なのである。
こんな幸せな休日があっていいんですか?いいんです!
ピンポーン
俺がせっかくこのパラダイスを満喫しようと乗りに乗っていたところ、水を差すように家のインターホンが鳴ってしまった。
なんだ?今いいところだってのに。
俺は少し機嫌を悪くしながら、トコトコと二階にあるギャルゲーをやっていた自分の部屋から、階段を降りて玄関に向かう。
ピンポーン
「はいはい。今開けますよ」
ガチャッ!
そして俺が玄関のドアを開けると
「陰山さん!来ちゃいました!」
そこにはとてつもない美少女が立っていた。
ガチャ!
俺はすぐさまドアを閉める。
あはははは・・・・あれ?おかしいな?
なんであんなギャルゲーのヒロインみたいな美少女がうちの玄関の前にいて、ギャルゲーのヒロインみたいなセリフ言ってんだ。
もしかして・・・・あれか?
ついに俺はギャルゲ―と現実の区別もつかないようになってしまったのか。
いや、確かに中学の時とかは、一日一時間睡眠を二週間続けて、四作品同時オールキャラ制覇とかしたことあるけど。
それでも、まだ俺は二次元に逃れるほど腐ってはいないはずだ。
三次元のエロ本だってしっかり毎月買ってるし、自分の部屋にだってたくさん、もうそれは盛りだくさんあるし。大丈夫。大丈夫だ。
「な、なんで閉めちゃうんですか?私ですよ。桜空です」
まだなんか聞こえる。
桜空?そんな名前のヒロインは知らない。
ダメだ。精神を集中させなければ。あっちの世界に飲み込まれてしまう。ナンマイダブツ、ナンマイダブツ。
「陰山さんと同じ学校で、同じ学年で、昨日、陰山さんと友達になったばかりの桜空です!」
俺と同じ学校?同じ学年?
そんな設定までついてるのか。
しかも昨日俺と友達になったばかりだと!?
だから俺はそんなヒロインは・・・・・・・・・・・・知ってるな。
ガチャッ!
俺がようやくこれがリアルだということに気が付いて、玄関のドアを再び開けると、そこには私服姿の桜空がいた。
白いワンピに麦わら帽子といういかにもお嬢様という服装だ。
どうやらドアをすぐ閉めてしまったことを怒っているらしく、頬をぷくっとさせている。
「なんですぐ閉めちゃうんですか!さすがの私でも怒りますよ」
さすがのって言われても、まだ友達二日目の俺にとっては桜空の沸点などみじんも知らないのだが。
でもどんだけ沸点が低かろうとも、今のようなことをされたら誰でも怒るか。
「ごめん、ごめん。色々混乱してて」
主に二次元と三次元のこととか、二次元と三次元のこととか、二次元と三次元のこととか。
さあ、これを早口で言えるかな?
「で?なんか用でもあるのか?」
ここで「用がなきゃ来ちゃダメなの?」とか言ったら、完璧なるギャルゲーヒロインなんだが。
「あります!」
ですよね―
********
俺はとりあえず桜空を一回のリビングに招き入れソファに座らせると、すぐさま二階は行きギャルゲーの電源をオフにした。
まあ全年齢版だから見られてももんだいないっちゃないんだが・・・・・・・・・・・やっぱ嘘です。
見え張りました。絶対見られたくないです。
こうして俺が二階から戻ってくると、桜空は興味深そうにリビングをぐるぐる見回していた。
「どうした?別に俺んちに珍しいものなんておいてないぞ」
「いえ、そうではなくて。人の家に来るのは初めてなものですから」
あぁそうか。
桜空は今の今まで友達ができたことがなかったんだ。
だから、友達の家に来たのはこれが初めてで、確かに俺も初めて友達の家に遊びに行ったときはワクワクしたもんだ。
きっと今の彼女は、あの時の俺と同じような感情を抱いているのだろう。
「で?話ってのはなんなんだ?」
俺が桜空が座っていない方のソファに座ってからそう尋ねると、彼女は「はて?何のことでしょう?」というような顔をしてくる。
「いやいや。さっき話があるとかないとか言ってただろ」
彼女は俺の言葉でようやく思い出したらしく、ハッとしたあとに「あります!」と返事をした。
この人は時々こういう抜けているところがある気がする。
あの屋上のときだって、俺の秘密と言いながら結局しょうもないことだったし。
「話っていうのはどういう話なんだ?」
「それはですね・・・・」
桜空は少し微笑を浮かべながら、わざと間をあける。
大丈夫ですか?自分で内容のハードル上げてませんか?そろそろ言った方がいいんじゃありませんか?
俺のそんな思いとは裏腹に桜空は十分に間を取ったあと口を開いた。
「部活です!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・は?
「部活?」
「そうです。部活ですよ」
「え?は?なんで?」
「よくよく考えてみたんですけど、陰山さんって目立つのが嫌いなんですよね?」
「よくよく考えなくてもそうだけど」
「それだとダメなんですよ」
「・・・・!?」
今の言い方だとまるで俺が“ダメ”人間のように聞こえて、割とハートがえぐられた。
しかも優しい桜空が言ったので、威力はもはやザラキ並。ってそれ俺もう死んでるな。
「あっ、すみません。もちろん陰山さんがダメというわけではないですよ」
桜空はどうやらザオリクを使ってくれたようだ。
危ない、危ない。
もう少しで今から教会に行かなければいけなくなるところだった。
「陰山さんの目立ちたくないところがダメなだけで」
はい、教会行こ。今すぐ行こ。
「目立ちたくないところ?」
「はい、そうです。だって、もし私が朝とかお昼休みとかにお話をしようと陰山さんのところに行っても問題ありませんか?」
「大ありです」
俺のこの返答に少々戸惑ったのか、桜空は苦笑したあと
「でしたらやはり私と陰山さんがしっかりとお話ができて、且つ陰山さんが目立たないような場所を作る必要があるのです」
「それが部活だと?」
桜空は俺の言葉にこくりと頷くと
「部活、やってはいただけないでしょうか?」
彼女は俺にグイッとお互いの顔がくっつきそうなくらいの距離まで寄ってきてから俺にお願いしてきた。いや、ってか近い、近い。しかも、すげぇいい匂い。
「わ、わかったから。部活入るから。だからさ、そんなに近づかなくても・・・・」
俺の言葉で気づいたのか、俺がそういったあと、すぐに俺との距離を元に戻す。
彼女の顔を見ると、頬がほのかに紅くなっていた。
まあ俺はぶっちゃけゆでだこ並に真っ赤だったと思うが。
「あ、ありがとうございます。では、明日から部活ということで」
今の彼女の言葉を聞いて、俺のさっきまでのふわふわした気持ちは何処へ行ったのやら、
え?明日から部活?
あははは、相変わらず面白いジョークをかましてくれるぜこの嬢ちゃんは・・・・・・・・・・・・・・まじ?
「ちょっと待て。明日からって、そんなのできんのかよ」
「はい。できますよ」
「えっ?だって部活をするにしたって色々やらなきゃいけないこととかあるだろ。顧問とか」
「決まってます」
「部室とか」
「決まってます」
「部活の内容とか」
「決まってます」
「あとは、えぇっと・・・・・ってそれ俺に相談なしで決めちゃったのかよ!?」
「それは、その・・・・・すみません」
彼女は謝罪をして、頭を下げる。こうちゃんと謝られると、俺は弱いもので
「いや、まあ全然いいんだけどよ。別に俺、部活とか何でもいい方だし」
俺は自分でも意味が分からないフォローが咄嗟に出た。
部活とか何でもいい方?なんだそれは。
部活のオールラウンダーということなのだろうか。
野球は甲子園球児で吹奏楽ではプロオーケストラに入ってる的な。
なにその設定。
俺ちょーカッケーじゃん。
もうギャルゲー主人公すら超越できるレベル。って俺は一人で何を考えてんだろう。
「でもさ、なんでそんな準備がいいんだよ。前々から何かしてたのか?」
俺が不思議そうに尋ねると、彼女はなんてない表情で
「いいえ。だって、私の父はこの学校の理事長ですから。昨日の夜に頼んでおきました」
「へぇー。そういうことかぁ。桜空のお父さんって理事長なのかぁ。なるほどねぇ・・・・・・・・・・・え?」
桜空が帰ったあと、俺はひたすらギャルゲーで現実逃避をしました。
あぁ、現実って怖い。
*********
休日明けの最初の授業も終わり、その日の放課後、俺は桜空から「放課後、ちょっと部活の件でお話があります」というメールを昼休みにもらったので、文面の下の方に書かれていた文芸部の部室とやらに行くことになった。
ちなみにメアドは俺の家に来たあの日に桜空と交換しました。
俺は文芸部の部室に行くために廊下を歩いていると、妙な違和感があった。
おかしい。
休日に入る前までは、俺が学年一の美少女と絡んだあの一件のせいで、俺は学年中の男子生徒+幼なじみからひどい嫉妬の視線を浴びせられ続けたというのに、今はまるであの出来事がなかったかのように誰にも視線どころか見向きもされていない。
どういうことだろうか?
もしや、魔法か何かでみんなの俺に関する記憶がなくなっているとか!
なーんてな。そんなラノベのファンタジーじゃあるまいし、あるわけねぇよな。
**********
「はい、そうですよ」
どうやらあった模様です。
まあどういう流れでこうなったかというと、俺がその文芸部の部室とやらに着いたら、もうすでに桜空がいたので、軽く冗談のつもりで「なんか男子生徒の嫉妬の視線が全くなくなったんだが、もしかしたら、記憶がなくなってるのかもなぁ」と呟いてみたら、この返事が返ってきたのである。
「ってことはもしかして、桜空があの男子生徒たちの記憶を消しちゃったりしているのか?」
「はい」
俺はこの返事に驚愕しつつも、この桜空という女の子に恐怖を感じていた。
学園一の美少女で、父親が理事長で、おまけに魔法使いだなんて。
なにこれ?何のラノベですか?
俺がまだ困惑しているなか、桜空が口を開いた。
「まあ、正確には私がやったというわけではないのですが」
「?どういうことだ?」
「私ではなく、じーじがやったのです」
じーじ?桜空のおじいさんのことだろうか。
「じーじはこの人です」
俺の更に困惑した様子に気が付いたのか、桜空は制服の内ポケットから何かの写真を取り出して、それを俺に見せてくれた。
その写真に写っていたのは、年はどう見ても四~五十くらいの男なんだが、上半身ムッキムキの、腹筋バッキバキの、下半身ビッキビキの、ってビッキビキってなんだよ!?
まあそんな感じの、ボディービルダーとかの大会に出たら、すぐに優勝しそうな体を持ったおっさんが写っていた。
「これは私の執事です」
「執事?これが?」
俺は驚いた顔でそう言った。
執事がこんな筋肉ムキムキでいいんだろうか?
俺の勝手なイメージだと執事ってもっとすらっとしてセバスチャン的な感じだと思っていたが。
ってか違和感ないし、父親が理事長ってくらいだから何となくわかってたけどけど、桜空って本当にお嬢様だったんだな。
俺はそんなことを思いつつ、一つの疑問を桜空に投げかけた。
「で?この人がどうやって男子生徒の記憶をなくさせたんだ?」
なんだろう?やっぱ魔法だろうか?ってか魔法しかねぇな。魔法だな。まほ
「ただ記憶がなくなるまで、後頭部を殴り続けただけですよ」
すごい物理的な方法でした。