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五十点

「・・・・・・・・」


早苗の言ったことに俺は驚きもせず、ただ黙り込んでいた。

何故なら、俺は早苗が俺の気持ちを知っていることを知っていたからだ。

といっても、つい昨日、知ったばかりだが。


新川先生は俺に、自分の気持ちに正直になれと言った。

木の葉は俺に、自分が思っている以上に人は自分のことをわかっていると言った。

そして、咲たちが部活を辞めた。


木の葉はあの時、一つだけヒントを俺にくれると言っていた。

だが、彼女はもう一つヒントをくれていたのだ。

それは、


―『私たちが、部活を辞めたのは、悠人のせい、だよ』―


俺は勘違いをしていた。

早苗と別れることによって、俺と早苗との関係が切れるのではないか。

そして、早苗を傷つけてしまうのではないかと。

でも、それは違った。

何故なら、



――――――――彼女はもうすでに傷ついていたのだから。



つまり、それは早苗が俺の気持ちに気づいてしまっていたということ。

だから、咲たちは部活を辞めてしまったのだ。

早苗が傷つけられ続ける姿を見たくなくて。


俺は愚かだ。

幼なじみの早苗のことも、ちゃんと理解できていない愚か者だ。

そんなことだから、俺は知らずに人を傷つけてしまうのだ。

俺は・・・・・・。


「違うよ」


突然、早苗が口を開いた。

俺は少し驚いて、俯いていた顔を上げると、早苗は小さな笑みを作っていた。

でも、それはいつものような明るいものではない。


「・・・・・違う?」

「そう。たぶん、悠人が考えていることと少し違うよ。特に、桜空さんたちが辞めた理由はね」

「・・・・・・・」


早苗の言葉の意味が分からず、俺は何も言えなかった。

すると、早苗は


「いくら考えてもわかんないよ。だって、あたしが頼んだんだから」


そして、早苗は苦しみと悲しみは入り混じった表情で、ゆっくりと俺に対して言った。



「桜空さんたちに部活辞めてって」



*********



柚原が陰山に告白した日の夜。

柚原は家に帰ると、自分の部屋へ行き、部屋着に着替え、ある人に電話を掛けていた。

三回くらいコールが鳴ると、掛けた相手が出る。


『はい、もしもし』

「あ、乙川さん?」

『うん、そうだよ。・・・・・どうしたの?』


乙川の尋ねる声はどこか気まずそうだ。

おそらく、柚原が陰山の恋人だとわかってしまったからだろう。

だが、柚原はそれに構わず話し続ける。


「あのさ、乙川に・・・いや、皆に依頼したいことがあるの」

『・・・・・依頼?』


柚原の言葉を乙川は聞き返す。

すると、柚原は


「うん。とても大事な依頼。受けてくれる?」

『いや、私に聞かれても・・・・・部長は悠くんだし。新川先生にも話さないといけないし・・・』

「新川先生にはあたしが言っておく。でも、悠人には絶対言わないで」

『え・・・・・何で?』

「それは・・・・今から話すから」

『・・・・・・うん、わかった』


乙川が返事をすると、柚原はゆっくりと深呼吸をしてから、再度、話し出した。


「あのね、悠人はあたしのことが好きじゃないの」

『・・・・・・・え?』


柚原の言葉に乙川は耳を疑う。

それはそうである。

何故なら、今日部室で柚原が陰山の彼女は自分だと言ったばかりなのだから。

なので、乙川は自分はバカにされているのかと少し不愉快な気分になりそうだった。

だが、次の柚原の一言で、そんなものは吹き飛んだ。


「悠人はあたしのことが好きじゃないのに、あたしの告白を受け入れたの。たぶん・・・・あたしが傷つかないように」


乙川はその言葉に驚く。

乙川は、最初は柚原の言っていることは、彼女の思い込みかと思っていたが、自分と柚原の陰山と過ごしてきた時間の差を考えると、柚原の言っていることは事実だと思い、また、“悠くんのやりそうなこと”だと納得もした。


『・・・・・・・そっか』


自分の好きな人が、自分のことが好きではないとわかることはどれだけ辛いことか、乙川は知っている。

何故なら、彼女もまた一度、仮のような彼氏彼女だったとはいえ、振られているのだから。

だから、乙川は柚原にこんな言葉しか言えないのだ。


「あのね、だから、あたしの依頼は悠人があたしを振るように仕向けてほしいの。でないと、・・・・・・悠人がダメになっちゃうから」


柚原の声は少し沈んでいた。

乙川は思う。

柚原は本当は別れたくはないのだろう。

たとえ、同情であったとしても、柚原は悠くんの彼女のままでいたいのだろう。

でも、それをしてしまったら、悠くんに迷惑をかけてしまうから、そして、悠くん自身が本当の気持ちに気づけなくなってしまうから。

だから、柚原は決断をしたのだ。悠くんと別れようと。

なら、私ができることは、


『わかった。その依頼受けるよ。桜空さんたちにも話しておく。・・・・・それで、具体的にはどうすればいいの?』

「・・・・ありがとう。具体的にはね、まず、乙川さんたちには部活をやめて欲しいの」

『ふーん、わかった。・・・・・・え?』


柚原がいきなりとんでもないことを言ったので、乙川は一人動揺していた。

だが、


「あぁ、やめるって言っても、ふりだよ。ふり。実際には少しだけ、部活を休んで欲しいんだけど。そして、そのことを新川先生から悠人に伝えてもらって、何でそうなったのか、悠人に考えさせるの」

『・・・・・で、考えさせてどうするの?』


乙川が尋ねると、柚原は弱々しい声で答える。


「・・・・・それで、自分の気持ちに正直になれば、こうならなかったんだよってなる・・・・・はず」


乙川は思う。

そんなうまくいくだろうか?

ただ、悠くんが苦しむだけなんじゃ・・・。

でも、


『わかった。もしあれだったら、私たちがフォローを入れておくよ』

「フォロー?」

『うん。悠くんに、柚原さんの伝えたいことがわかるようにね』

「・・・・・ありがとう」


柚原は小さな言葉でそう言った。

そして、その後は少し他愛もない話をしてから、通話は終わった。



**********



「・・・・・そんなことがあったのか」


俺は早苗の話にかなり驚いていた。

でも、まあそれでも結局、早苗が俺の気持ちに気づいていたことには違いない。

俺は早苗を傷つけてしまっていたのだ。罪は変わらない。


「そうだよ。全く、悠人が何考えていたのか知らないけど、また自分のせいとか思っていたんでしょ?本当バカね」


早苗の言葉を俺は言い返すことができない。

すると、早苗は何かに気づいたような声で、


「あっ、そういえば。まだ答えてなかったわね」


俺はその言葉を聞いて、俯いた。

おそらく、早苗の言っていることは、俺の“別れてくれ”という言葉への返事のことだ。

つまり、早苗は今からその答えを出すということである。


「じゃあ・・・・今から答えるね」

「・・・・・あぁ」


俺がそう言って顔を上げると、早苗は笑顔になっていた。

だが、それは無理に作っているのが、すぐにわかる。

しかし、早苗はその表情のまま、俺に向かって返事を言った。


「うん。別れよ。・・・・・あたしたち」


早苗がそう答えると、しばらくの静寂ができる。

聞こえるのは風で木々が揺れる音だけだ。

そして、


「ねえ、悠人。もしかしてこれで全部終わったって思ってる?」

「・・・・・・・え?」


早苗の唐突な言葉に、俺は動揺をする。

すると、早苗は再び笑みを浮かべる。


「あのね、今の悠人は点数で言うと、五十点なんだよ。だから・・・はい」


早苗はポケットから何かを取り出し、俺に渡す。

これは・・・・・遊園地のチケット?


「なあ、これ」

「もし悠人が百点になりたかったら、明日、午後の二時にここに来て。休日なんだし」


俺が戸惑っているというのに、早苗はそんな俺に構わず話し続けた。

・・・・なんだろう。この圧力は。


「いい?絶対よ?」

「あ・・・・あぁ」


早苗の言葉に俺は思わず、そう返事をした。

すると、早苗はくるりと身体をまわす。


「あと、今日は部活はないわ。新川先生がそう言ってた。・・・・じゃあ、あたしはもう行くから」

「え、ちょ・・・・・」


俺は早苗を引き留めようかと思った。

だが、そんなことなどできるはずもなかった。

彼女は、



―――――――――泣いていたのだから。



***********



早苗の言っていた休日。

俺は言われた通り、町内の遊園地に着いていた。

だが、


「待ち合わせ場所とか聞いてないんだが・・・・・」


俺は一人で適当に園内の入口付近を歩いている。

でも、正直待ち合わせている人を見つけられる自信がない。

ってか、そんな人いるのだろうか?

もしや、ぼっち遊園地をクリアしたら、早苗の言う百点になるのだろうか?

・・・・・・・・んなわけないか。


「・・・・・はぁ」


俺はため息をつきながら歩く。

すると、


「悠人さん!」


前の方から、聞き覚えのある・・・・いや、この声を聞くのは久しぶりだ。

俺はそう思いながら、顔を上げると、そこには一人の少女がいた。

その少女は、



―――――――――桜空 咲だった。


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