幼なじみ
先生に見せられた写真を見て、あたしは何も言うことができなかった。
「もう一度聞く。これは一体どういうことなんだ?」
先生は冷静に尋ねるが、表情はかなり焦っているのが分かった。
あたしが見知らぬ成人男性とホテルに入っていく写真。
っそれは焦るだろう。
だが、あたしにはこんな男など知らないし、写真に写っている場所も行った覚えがない。
「わ。わかりません」
あたしは先生の二度目の問いに焦りながらも正直に答える。
「わかりませんじゃないだろう。この男とどういう関係だ?」
「だから、わかりません。あたしはそんな男とあった覚えもないし、こんな場所言ったことがありません」
あたしは再度正直に答える。
だが、先生は「はぁ」と一つため息をついて、
「もういい。とにかく、この件は校長に報告させてもらう。その時にお前の処分も下されるだろう」
「え、処分ってどういうことですか!?」
「そんな決まっているだろう。お前の軽率な行動に対しての処分だよ。最低でも一か月以上の停学は覚悟しておくんだな」
先生は先ほどとは違って、あたしを睨みつけながら言った。
「待ってください!そしたら、陸上部の大会は、体育祭はどうなるんですか?」
「そんなもの出られるわけないだろう。それよりもお前は反省をしろ」
「そ、そんな・・・・・」
「もうすぐ校長が来るから俺と一緒にお前も来るんだ。わかったな?それまでおとなしく反省でもしていろ」
先生はあたしにそう言うなり、引き出しから何かの資料を取り出し、職員室から出て行った。
陸上部の大会も、体育祭にも出られない。
先生があたしに突きつけた言葉だ。
・・・・・・どうしてあたしがこんな目に。
あたしはそう思いながら、その場に立ち尽くした。
********
その日の一限目の時間。
いつもなら教室で授業を受けている時間だが、あたしは今、校長室にいた。
部屋の中にはあたしと校長の二人きりで、部屋の外側の扉には担任の先生がいる。
「柚原くん。・・・・だったね」
随分と座り心地がよさそうな、オフィスチェアに座りながら、校長は尋ねる。
見た目はとても優しそうなどこにでもいるおじいさんと言った感じか。
「・・・・はい」
校長の問いにあたしは小さい声で答える。
「では、柚原くん。この写真に写っていることは本当のことかね?」
「・・・いいえ」
あたしは校長の問いに先ほど先生に言った時と同じように正直に答えた。
担任には何を言ってもダメだったが、校長ならもしかしたら、わかってもらえるかもしれないとそう思ったからだ。
だが、
「なるほど。では、この写真はどう説明するのかな?」
「そ、それは・・・・・」
校長の言葉にあたしは何も言うことができない。
何故ならあたしもなぜこんな写真があるのかわからないからだ。
それを説明しろと言われてもあたしにはどうすることもできない。
「・・・・はぁ。もういいよ。・・・君の処分についてだが、一か月間の停学が妥当なところだろう。その間、しっかりと反省しなさい」
校長先生があたしにそう告げた後、あたしは無言のまま校長室を出た。
結局、あたしの言葉を信じてくれる人は誰もいなかった。
どうしてあたしがこんな目に遭わなければいけないのだろう。
あたしが何か悪いことでもしたのだろうか。
どうして・・・あたしが・・・・。
********
まだ学校は昼休みになったばかりだというのに、あたしは一人、家路を歩いていた。
辺りにはスーパーや、コンビニなどが並んでいる。
頭上にはあたしの気持ちとは裏腹に満天の青空が広がっていた。
おそらく、もう同じクラスの生徒にはあたしの処分の内容が伝わっているだろう。
・・・・どうしてあたしがこんな目に。
あたしはただその言葉を心の中で繰り返し呟く。
一か月間の停学。
それが校長があたしに言った処分の内容だ。
つまり、一か月間学校には来るなということである。
それは、あたしが陸上部の大会に出れず、体育祭にも出れないということを意味している。
ついでに、陰山に体育祭の競技決めという仕事を丸投げするというおまけ付きだ。
よりによって、あんな奴に迷惑をかけてしまうとは。
しかも、それだけではない。
きっとこの件で親や陸上部のみんなにもたくさん迷惑をかけてしまう。
停学の期間を終えたとして、あたしはどんな顔をして学校へ行けばいいのだろう。
「・・・・何であたしなの」
あたしは小さく呟く。
その時、ふと見覚えのある人影が見えた。
それは何故か街の中を走っている陰山の姿だった。
あたしは陰山に見つからないように一瞬、どこかに身を隠そうかと思ったが、逆の方向に走っていたので、そのまま家に向かって歩くことにした。
しかし、陰山はこんな時にもサボりか。
本当に最悪な男である。
・・・・・あたしがこんな目に遭っているときに。
「・・・・・本当に最悪だわ」
*********
あたしが停学の処分を受けてから、四日目の朝。
ベッドから起き上がると、顔を洗い、歯磨きをし、朝食を食べ、そのままあたしは一人、部屋に籠っていた。
停学の日からあたしはずっとこんな感じだ。
朝から部屋に籠り、ベッドに寝転がりながら、何をするわけでもなく、ただ時間が過ぎるのを待つ。
結局、あたしの言葉を信じてくれたのは両親だけだ。
先生や校長には反省をしろと言われたが、身に覚えがないものをどうしろというのだ。
やっていないことで、あたしは陸上部の大会に出れず、体育祭にも出れず。
無実のことで、処分を受けたことに関しての怒りはあれど、反省など意味がないことだ。
・・・・・大会出たかったなぁ。
・・・・・体育祭出たかったなぁ。
あたしは胸の内で小さく呟くと、気づかないうちに頬に涙がつたっていた。
そして、あたしは再度、胸の内で呟く。
・・・・・・誰か、助けて。
*********
停学七日目の朝。
あたしの部屋に、ある曲が結構な大きい音で流れる。
そのせいであたしは目が覚め、ベッドから起き上がると、その曲はあたしの携帯の着メロだった。
あたしは寝ぼけながらも、電話に出る。
すると、
「おい、柚原か?」
どこか聞き覚えのあるその声はうちの担任の先生の声だ。
「あ・・・・はい」
あたしは気まずそうな声調で答える。
「おお。それはよかった。家に電話しても繋がらなくてな、クラスの生徒にお前の携帯電話番号を教えてもらったんだ」
「・・・・・はあ」
先生は何やら焦った口調であたしに言う。
だが、あたしは事態がわからず、気の抜けた声を出す。
「まあそんなことはどうでもいい。とにかく、お前は今すぐ、学校に来い。今すぐだ。わかったな」
「え、それって・・・」
あたしは先生に色々と尋ねようとしたが、その前に先生が電話を切ってしまった。
今さら、なぜあたしが学校へ行かなければいけないのだろう。
ひょっとして処分が重くなるのだろうか。
でも、どっちみち陸上部の大会にも、体育祭にも出れないのだから、どうでもいいことだ。
あたしはそう思いながら、支度をして、学校へ向かった。
******
あたしが学校へ着くと、先生が何故か校門に待っており、そのまま校長室へ連れてかれた。
「失礼します」
あたしはそう言って、校長室へ入る。
すると、その部屋にはあたしと校長先生の他にもう一人見知らぬ男性がいた。
いや、正確には全く知らないわけではない。
何故ならその男は、
「初めまして」
男性はスーツ姿であたしに挨拶をする。
そう。
あの何故かあたしと一緒にホテルに入っていく写真に写っていた男性である。
あたしは驚きのあまり言葉を失った。
すると、校長は男性に尋ねた。
「で、もう一度お聞きしたいのですが、この生徒とは面識がないんですね?」
「はい、そうです。もちろんこんな写真も身に覚えがありません」
男性は校長の机に置かれているあの写真を見て言った。
「なるほど。・・・・柚原くん。君もこの方とは面識がないんだね?」
「え・・・・・はい、そうです。会ったのは今が初めてです」
「・・・・・なるほど」
あたしがそう答えると、校長は手を組み、何かを考えだす。
この時、あたしは希望が見えた気がした。
もしかしたら、停学が無くなるのかもしれない。
そしたら、陸上の大会にも、体育祭にも出られるかもしれないと。
だが、
「失礼を申しますが、二人とも嘘をついている可能性があるかもしれませんので、柚原の処分を失くすことはできません」
「・・・・そうですか」
校長の言葉に男性は気を落とした声で言う。
この様子だと、男性はあたしの無実を証明しようとしてくれたらしい。
結局、それさえもこの校長の考えを変えることができなかったが。
やっぱりダメか。
あたしはそう諦める。
もういいのだ。
どうせこの処分は覆らない。
あたしがそう思っていると、突然、男性が話し出した。
「そういえば、渡されているものがありました」
男性はそう言うと、ポケットから何かを取り出す。
「それは・・・usbですか?」
「はい。そうですね」
男性はそう答えると、それを校長に渡す。
「これに彼女の潔白を証明するものが入っているようですよ」
男性は不思議な口調で、校長に言う。
すると、校長は机の一番大きな引き出しからノートパソコンを取り出し、起動させると、usbのデータが入れられているファイルを開いた。
すると、そこには何かの動画のファイルがあった。
校長はそれをクリックし、再生させる。
すると、
パソコンの画面には三人の男が正座をしている姿が映し出される。
男たちの身体は何故かボロボロになっていた。
そして、真ん中の赤い髪の男が話し出す。
『すみません。柚原さんの写真を撮った・・・いや、作ったのは俺たちです。本当に、すみません』
赤い髪の男がそう言うと、両隣の茶髪の男と、金髪の男も一緒に『すみません』と謝り出す。
あたしはその二人の男に見覚えがあった。
おそらく、あの時のナンパ野郎だ。
『柚原さんの写真は適当な写真を使って合成して作ったんです。・・・・本当です。・・・・嘘だと思うなら、男性が家族か誰かといる写真を使ったので、男性に聞いて見てください』
「それは本当ですか?」
「え、えぇ。そういえば、最近、母と妹が遊びに来ていたので、・・・・あ、その時に荷物もちで母と妹が泊まっているホテルに一回入りました」
赤い髪の男の言葉を聞いて、校長が男性に尋ねると、男性はそう答えた。
『この度は・・・本当に・・・・本当に・・・すみませんでした』
赤い髪の男が最後にそう言って頭を下げると、他の男たちも同じように頭を下げたところで動画は終わった。
そして、校長が口を開く。
「・・・・なるほど。ということは、あなたが母親と妹さんと一緒にいるあいだに、妹さんとあなたが二人に写るように写して、それを合成したものがあの写真ということだと」
「まあ、そうなりますね」
男性が答えると、校長は「はぁ」と一つため息をついて、
「柚原くん。この度はすまなかった。停学は取り消しだ。と言っても、もう七日も立ってしまったが」
校長はそう言ってあたしに対して謝った。
正直、あたしは文句の一つでも言ってやりたかったが、もうそんなことよりも、陸上部の大会に、体育祭に出られることがとても嬉しく、それどころではなかった。
こうして、停学七日目にして、あたしの無実は証明されたのだった。
********
「ありがとうございます!!」
あたしは校長室から出ると、男性にそうお礼を言う。
だが、
「いや、お礼をいうのは私のほうじゃなくて、彼に言うべきだよ」
「・・・・・彼?」
あたしは言葉の意味が分からず、男性に尋ねる。
「そう。何日も走り回って、私を探していたらしいからね。あと、あのusbをくれたのも彼だし」
男性はそう言うが、あたしにはまだよく分からない。
「その・・・・・彼っていうのは、一体誰なんですか?」
「え、えっと・・・・確か、君と同じ制服を着た、黒髪の男の子だよ」
あたしと同じ制服、黒髪の男子、ここ最近、走り回って男性を探して、あの動画を入れたusbを男性に手渡した。
あたしの頭の中に一人の男の名前が浮かんだ。
********
あたしは校長室を出た後、そのまま教室へ向かった。
すると、今はちょうど昼休みだったようで、その男は机に座って一人、自分の席でお弁当を食べていた。
その男の頬にはガーゼが貼られており、額には大きな切り傷のようなものがあった。
あたしはゆっくりとその男に近づき、尋ねる。
「ねぇ、なんかあたしを助けるために、街中走り回っちゃった人がいるんだけど、知らない?」
あたしがその男に尋ねると、彼はふっと笑いながら答える。
「知らねぇな。何だそいつ。相当なバカだな」
「そうね。とってもバカね。でも」
あたしはそこで少し黙り、そして再び口を開いた。
「ちょっとかっこいいかも」
あたしがそう言うと、彼は照れているのか、黙り込んでしまった。
「その傷、どうしたの?」
あたしは意地悪そうな笑みを浮かべ尋ねる。
「別に何でもねぇよ。喧嘩のときに出来たただの傷だ」
「へぇ・・・でも、ただの傷じゃないでしょ?」
「は?何言ってんだお前」
あたしの言葉に彼は不思議そうな表情を浮かべる。
すると、あたしは彼に近づき、彼の耳元で囁いた。
「ありがとう」
あたしがそう言うと、彼は恥ずかしかったのか、それともまた照れているのか、顔を真っ赤にしていた。
「な、何すんだよ。お前」
「別にぃ。何でもないわよ」
「何でもないって・・・」
そう言いながら、彼は頬をまだほんのり赤くしていた。
そんな彼にあたしは言う。
「ねぇ、あんたって友達いないでしょ?」
「何だそれは。言っておくが、俺にはそんなものはいらない」
彼はあたしの問いにきっぱりと答えた。
正直、そんな彼の言葉に結構驚いた。
だが、
「へぇ・・・・。あのさ、あたしがあんたの友達になってあげようか」
この時、何故かあたしの心臓の鼓動はかなり速くなっていた。
まるで、好きな人に告白でもするかのように。
「却下」
そして、きっぱりと断られた。
って、
「なんでよ!?」
「いや、だから友達とかいらんし。マジで」
「え・・・じゃあ、どうすればいいのよ」
「・・・・知るか」
あたしが尋ねると、彼はそう言って、再びお弁当を食べだした。
だが、そのときの彼の表情はどこか悲しそうな感じだった。
友達がダメ・・・・・・・・・!!
「そうだ!!これならどう?」
あたしは手の平を叩いて、言った。
すると、彼は少し嫌そうな表情であたしを見る。
「?なんだよ?」
「あたしとあんたって、小学校一緒じゃない?家もそこそこ近いじゃない?」
「・・・・だから、なんだよ?」
彼が尋ねると、あたしは満面の笑みを浮かべる。
そして、彼に言った。
「あたしがあんたの“幼なじみ”になるのよ」
あたしがそう言うと、彼は驚いているのか、しばらく黙り込む。
その後、彼は口を開いた。
「いやいや、ダメだろ。ってか、意味わかんねぇし」
「嫌よ。もう決めました。あたしはあんたの幼なじみよ」
あたしは彼に迫って言うと、彼はどうやら諦めたようで、
「・・・・はぁ。勝手にしろよ」
「うん。そうするわ」
あたしはそう言うと、彼の前に手を差し出し、
「よろしくね。悠人」
あたしは笑みを浮かべ、彼の名前を言った。
「いきなり、下の名前かよ」
「当たり前でしょ。“幼なじみ”なんだから。ほら」
あたしは彼にも同じようにするように促す。
「え・・・まじかよ」
「ふふっ、まじよ」
あたしの言葉を聞くと、彼はゆっくりとあたしの手を握り、
「よろしくな・・・・・・・早苗」
「うん!」
こうして、あたしは悠人と初めて幼なじみになった。
そして、
あたしは初めて恋をした。
*******
――――――現在。
「・・・・いててて」
昼休み。
俺は腹を押さえながら、廊下を歩いていた。
まあ何故かというと、新藤の告白が失敗したのを、我らが顧問、新川先生に報告をしに行ったら、強烈な腹パンを食らったわけで。
ってか、マジで痛ぇ。
俺はそんなことを考えながら、屋上へと向かっていた。
理由は、単純に早苗に呼び出されたからだ。
何か話があるらしいのだが、何だろうか?
もしや、今朝の授業を爆睡してたことを脅しにして、俺から金を巻き上げるとか。
正直、爆睡してたことを新川先生に言われるよりは、いくらか払った方がましかもしれん。
俺はそんなことを思いながら、屋上の扉を開けると、そこには一人、遠くの景色を眺めている早苗がいた。
すると、早苗は俺に気が付いたようで、振り返って、俺の方に身体を向ける。
「おう。珍しいな。呼び出しなんて」
「ま・・・まあね」
俺の言葉に、早苗は何故かぎこちなく答える。
早苗の頬は少し赤く、そして、どこか緊張しているような、そんな感じだ。
どうしたのだろう?
もしかして、俺がまた早苗に何かしてしまったのだろうか?
だから、俺は呼び出されたのか?
俺は一人考える。
俺は早苗の“幼なじみ”だ。
だから、俺は早苗のことは誰よりもわかっているつもりだ。
いや、つもりだったと言うべきか。
何故なら、
この時、この瞬間、彼女が何を考えていたのか。
俺は知らなかったのだから。
そして、彼女は言った。
「あたしと付き合ってください!」




