手伝い
その日の放課後。
あたしがいつも通りに体育祭の競技を決めようとしていると、一人の男子生徒があたしに近づいてくる。
「別に手伝わなくていいわよ」
男子生徒は何か言おうとしていたが、それを言う前にあたしが言った。
すると、男子生徒は少し眉間にしわを寄せながらも、あたしの前から立ち去るわけでもなく、静かに隣の席に座る。
「そういうわけにもいかないんだよ。そうしなかったら、俺の卒業に関わる」
男子生徒はあたしに向かって言った。
そう。今あたしの隣に座っている男子生徒、陰山 悠人はあまりにもサボりが多いために、あたしの仕事を手伝わなければ、授業の単位を落として留年してしまう危機に立たされている。
まあ正直言ってこんなの危機でも何でもないと思うが。
「そんなの知らないわよ。あんたが勝手にサボりまくってるからでしょ」
「うっ・・・・それを言われると反論できないが。ってか、別に手伝うくらいいいだろ。何がいけないんだよ」
「ダメに決まってるじゃない。これはあたしの仕事よ。あたしが責任を持ってやるわ」
「って言ってもな。先生は俺に手伝わせろと言っていたぞ。そうしないと俺の単位のついでに、お前の宿題も倍増する」
「・・・・あ」
陰山は先ほどの先生の言葉を繰り返すように言った。
あたしはそれをすっかり忘れていたので、思わず声が出てしまう。
「お前・・・・・・もしかして忘れてたのか?」
「ふ、ふん。そんなわけないでしょ。ただ単に頭に入ってなかっただけよ」
「いや、それが忘れていたということなんだが・・・・」
陰山はそんなことを言いながら、あたしをジト目で見てくる。
「うるさいわね。もう、わかったわよ。特別にあたしの手伝いをさせてあげるわ」
「そりゃどうも」
あたしの言葉に陰山はやれやれと言った様子で答えた。
何であたしがこんな奴の手を借りないといけないのよ。
まあいいわ。こいつの意見なんかどうせまともなわけないし。
「で。俺は何を手伝えばいいんだ?」
「は?あんたそんなことも知らないの?」
「いや、先生にはお前の仕事を手伝えとは言われたが、何をかは聞いてないし」
少し気まずそうに言う陰山の言葉に、あたしは「はぁ」と一つため息をつく。
全く。この男は何なのだ。
だらしないというか、情けないというか、もう最悪である。
「いい。あたしはね。ここのクラス委員なの。それで、今あたしは体育祭の競技を決めないといけないの」
「へぇ、ってかお前クラス委員だったのか。意外だな」
陰山はあたしに向かって言う。
何だろう。こいつに言われるとすごくむかつく。
「でも、何でクラス委員なのに体育祭の手伝いなんかしないといけないんだ?」
「知らないわよ。そんなのあたしが知りたいわ」
あたしは怒り気味に陰山に言った。
そうである。
そもそも何で体育委員ではなく、クラス委員が体育祭の準備の一部をやらなければいけないんだろうか。
確かに、体育委員も会場設営や段取りなどの準備で忙しいのかもしれないが、だからと言って、一番大事な競技内容をクラス委員が決めるというのはどうかと思う。
まあうだうだいっても仕方のないことなんだが。
「と、とりあえず、体育祭の競技の内容を決めればいいんだな」
あたしの口調に驚いたのか、少し苦笑しながら陰山は言う。
「そうよ」
「わかった。じゃあ、今から思いつく限り案出すから聞いてくれよ」
「はいはい」
陰山の言葉にあたしは適当な返事で答える。
「よし。したら、まずは・・・・リレー」
「もう出たわ」
「サッカー」
「もう出た」
「綱引き」
「それももう出たわ」
あたしが陰山の三つ目の案を否定した直後、陰山は突然、黙り込んだ。
そして、再び口を開く。
「・・・・・・なあ?」
「?何よ?」
「さっきから、お前の言っている“出た”っていうのは一体なんだ?」
・・・・・・・・あ。
あたしはこの時、競技の決め方について、陰山に言ってないことに初めて気づいた。
――――――数分後。
「何だそれは。面倒な決まりだな」
あたしが競技の決め方について陰山に話し終えると、陰山はまさに面倒くさそうな表情で言う。
「そう思うんだったら、別に手伝わなくていいのよ」
「はい、すいません。ぜひ手伝わさせてください」
あたしに向かって陰山は頭を下げながら言う。
そして、頭を上げると、陰山はそのまま続けて話す。
「しかしな、そうなると相当マニアックな競技じゃないとダメなんじゃないか?」
「マニアック?」
あたしは陰山の言葉の意味が分からず、首を捻る。
「例えば、鬼ごっことか?」
「却下」
あたしは陰山の案を秒で否定した。
「何でだよ!?」
「あたりまえじゃない。なにそれ。ふざけないでくれる?」
「いやいや、いいだろ。体育祭で鬼ごっこ。なかなかないと思うぜ」
「あるわけないでしょ。小学校の運動会でもそんな競技ないわよ」
「うぅ・・・・じゃあ、どうすんだよ」
「それをいま考えてんでしょうが」
あたしは陰山に強めの口調で言った。
この男はもう少しまともな考え方ができないのだろうか?
こんなんなら、あたし一人で考えたほうが、良かった気がする。
あたしがそんなことを思いながら、ふと時計を見ると、もう五時を回っていた。
「あ、いけない。部活行かないと」
「部活?お前、部活やってんのか?」
「そうよ。だから、あんたと違って忙しいのよ。もうすぐ大会もあるし」
皮肉気味に言ったが、陰山には効果がなかったようで、なんてない表情であたしに尋ねる。
「ふーん。何の部活入ってるんだ?」
「陸上部よ」
「・・・・そうか」
陰山はそれだけ言うと、その後は何も言わなくなった。
そして、あたしも準備を整え、教室を出て、女子更衣室に向かった。
だが、あたしは少し引っかかることがあった。
あたしが教室を出る前に陰山が見せたあの表情。
とても切なそうで、寂しそうな・・・・そんな表情だった。
*******
陰山と柚原が、茶髪と金髪の男二人を撃退した日の夜。
三人のある男たちが、路地裏で話し合っていた。
「ほう。そしたら、その黒髪やろうと、茶髪のねぇちゃんにお前らはやられたってわけか」
「そうっすよアニキ。女の方はもう少しでやれそうだったんですが、結局、黒髪のやろうに邪魔されまして」
赤く染めた髪の男の問いに茶髪の男が答える。
「しかも、その黒髪のやろうめちゃくちゃ強ぇんすよ。前もカツアゲしてる最中に、あいつ一人にやられまして」
茶髪の男に続いて、金髪の男も言った。
「なるほどな。そいつはおそらく陰山って野郎だ。正直、俺も前、あいつにやられたからな。名前は憶えている」
赤い髪の男が二人にそう言うと、二人とも驚いた様子でいる。
「あ、あのアニキがやられるなんて」
茶髪の男が思わず、そう言うと、赤い髪の男が「フッ」と小さく笑う。
「まあそんなビビんな。仕返しをするならいくらでもやりようがある。例えばだな・・・・」
赤い髪の男が言葉の続きを話すと、三人の男たちは同時にニヤリと笑みを浮かべた。
********
陰山と体育祭の競技について話し合った日の翌日。
あたしはいつも通り早めに登校を済ませ、教室に着くと、体育祭の資料を取り出す。
・・・・はあ。どうしよう、このままじゃ、本当に決まらない可能性が出てきた。
あたしはそう思いながら、もう一度ため息をつく。
すると、突然、ガラガラと教室の扉が開いた。
もしかして陰山だろうか。
そしたら、最悪だ。
あたしはそんなことを思いながら、扉の方を見ると、そこには陰山ではなく、あたしのクラスの担任の先生がいた。
それも何故か深刻そうな表情で。
「柚原、やっぱりもう来てたか」
「おはようございます先生。それで・・・あたしに何か用ですか?」
「あぁ。ちょっと職員室まで来てくれ」
「え・・・はい。わかりました」
あたしはそう答えると、先生に言われた通り、先生に連れられるように職員室に向かった。
*******
「失礼します」
あたしは先生に続いて、職員室に入ると、先生は真っ先に自分の机と思われる場所に向かい、引き出しから何かを取り出して、あたしの元へ戻る。
「これ、どういうことだ?」
先生はその何かをあたしに見せて、そう尋ねる。
あたしはその何かを見た瞬間、何も言うことができなかった。
何故ならその何かとは、
――――あたしが見知らぬスーツ姿の成人男性とホテルに入っていく写真だったのだ。




