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背負わせて

グラウンドに一年生全員がいる中、屋上で一人の美少女、桜空 咲が拡声器を持って立っていた。

まるで、俺が木の葉の転校を止めようとしたあの時のように。


「悠人さん。聞こえていますか?私は今、あなたを助けます。絶対に」


咲は拡声器を使って、屋上から俺に言った。

あいつ、何やってんだ!?

というか、俺の名前をそんなところで言うんじゃない。

そんなことしたら、


「悠人?誰だそいつ」

「なんかすごいね。愛の告白かなぁ」

「悠人くんよー出ててきてやれよー」

「あれ学年で一番の美少女だろ?悠人ってやつ羨ましいぃ」

「クソッ!リア充め!あったらボコしてやる!」


周りの生徒かがざわざわと騒ぎ出す。

まずい。これはかなりまずい。

このままじゃ、最終的に俺はボコられることになるぞ。

というか、最後のやつ誰だよ。

理不尽にもほどがあるぞ。


俺はとりあえず、騒ぎに紛れて、トイレに行くふりをしながらグラウンドを去る。

そして、


走った。かなり全力で。


多分、この時ほど学校に屋上があることを恨んだことはないだろう。



*******


俺は屋上に着き、扉を開けると、そこには必死に拡声器で言葉を発している咲がいた。

そのせいか、俺が屋上に来たことすら気づいていないみたいだ。


でも、俺はそんな咲の姿を見て思わず笑ってしまう。

こんなにも俺なんかのために一生懸命になってくれる人がいると思うと、なんか・・・・・すごく嬉しいな。

だけど、だからこそ、俺は俺の過去に彼女を巻き込むわけにはいかない。


「・・・・咲」


俺は彼女の名前を呼ぶ。

すると、咲はそれに気づいたようでゆっくりと振り返った。

だが、咲は「なぜここにいるのか?」という目で俺を見ていた。


「・・・・・悠人さん?」

「そんなに俺がここにいることが不思議か?そりゃそうだろ。あんなでかい声で俺の名前を呼ばれたら、今後の俺の学園生活が台無しなっちまうからな」


俺は少し笑みを浮かべながら言う。

だが、咲は悲しそうな表情で俺を見ていた。

まあその原因は明らかなんだが。


「咲。お前はもう俺と関わるな」


長い沈黙の中、俺は言った。

咲はその言葉に驚きと寂しさが入り混じったような表情をする。


「・・・どうして、そんなこと言うんですか?」

「どうしてって、決まってんだろ。俺は俺の過去に償いをしなくちゃいけないんだ。だから、」

「償いって何ですか?」


俺が言葉の続きを話そうとすると、咲がそれを遮る。


「そんなの決まってんだろ。ちーちゃんを助けられなかったことへの償いだ」


ちーちゃんはあの時、俺に助けを求めていた。

でも、俺は助けることができなかった。

だから、俺は彼女に償わなければいけない。

ちーちゃんが少しでも幸せになれるように。少しでも笑っていられるように。


「・・・・・わかりません」


咲は小さく呟く。


「私はわかりません。なぜ悠人さんは乙川さんを助けようとしたのに、救おうとしたのに、悠人さんはこんなつらい目に遭わなければいけないのですか?」

「別につらいわけじゃないさ。ちーちゃんといるのも楽しいしな」


俺は咲に向かって言う。

だが、その言葉には俺の気持ちが込められていないことなど誰が聞いても明らかだ。


「それは私たちとはもう一緒にいてくれないということですか?」


咲は震えた声で尋ねる。

その声で咲の緊張がこっちにも伝わってくるのがわかる。

咲の言葉に俺は小さな声で答えた。


「・・・・・・あぁ」


その瞬間、咲は顔を俯かせる。

そして、彼女は、


泣いていた。


俺と彼女が初めてあったあの日のように。

咲の頬には小さな雫が流れる。

ポタポタと地に落ちるそれは俺の心をぎゅっと締め付ける。

でも、俺はもう決めたんだ。

誰にも俺の過去には巻き込ませない。

俺はもう・・・・誰も悲しませたくないんだ。


「咲、じゃあな」


俺はそう言って屋上から出てこうと歩き出す。

だが、



「嫌です!!」



咲は学校中に響き渡るような声で言った。

その言葉に俺は足を止め、振り向いた。

すると、そこには目に涙を溜めながらも、堂々と立っている咲がいた。


「私は絶対嫌です!!悠人さんと離れるなんて」


咲は必死に言う。

正直、咲の気持ちは嬉しかった。

でも、


「ごめんな。無理なんだ。俺の過去にお前たちを巻き込む」



「一緒に背負わせてください」



咲は俺の言葉を遮って言った。

しかし、俺は咲の言っていることが理解できない。


「咲、お前、何言って・・・・」


俺が尋ねようとすると、咲の表情には涙はなく、いつも見せるあの笑顔で言う。


「私たちに、いえ、せめて私にだけでも背負わせてください。悠人さんの過去を」


背負わせる?俺の過去を?咲に?

そんなことできるわけがない。

何故なら、俺は決めたんだ。


「それは無理だろ。俺はお前たちを巻き込みたくないんだ。なのにそんなこと」

「いえ、それは違います」


咲はきっぱりと言った。

そして、話を続ける。


「私は悠人さん。あなたを助けるためにあなたの過去を背負いたいんです。そして、できることなら、あなたの言う償いを私にも手伝わせてほしいんです」


咲の言葉は、今の俺にはとても響いた。

なんだろう。

彼女はいつも俺の心のどこかに空いている隙間を埋めてくれる。

いつも俺を安心させてくれる。


「・・・・でも」

「悠人さんは私たちのことを助けたいだけ助けて、私たちには何もするなというんですか?」


咲は、今度は意地悪そうな笑顔で俺に言った。

その言葉に俺は何も言い返すことができない。

そして、彼女は最後に言った。


「悠人さん。戻ってきてください」



咲のその言葉は、わずかに空いていた俺の心の隙間さえも埋めてしまった。



******



学年集会騒動の翌日。

俺は昼休みを使って、ちーちゃんを呼び出した。


「で、話って何かな?」


ちーちゃんは笑みを浮かべながら尋ねる。

ってか、なんか笑っているのに恐いのは気のせいだろうか。

俺はそんなちーちゃんに単刀直入に言った。


「俺さ、今日からまた部活行こうと思うんだ」

「・・・・・何で?」


ちーちゃんは表情一つ変えず、尋ねる。


「俺はあいつらと一緒にいたいんだ。あいつらと毎日過ごしていたいんだ」


俺は少し緊張した声でちーちゃんに言う。

ちーちゃんは俺の言葉に少しの沈黙をしてから俺に言った。


「いいよ。別に」

「え・・・・いいのか?」


ちーちゃんの言葉に俺は思わず聞き返してしまう。

何故なら少し拍子抜けしたからだ。

もっと、俺に嫌味を言いながら、阻止するかと思ったんだが。

俺はそう思いながらも、安心していると、ちーちゃんは唐突に言った。


「だって、私と悠くんは彼氏彼女だし。彼氏の頼みは聞くしかないよ」


ちーちゃんは笑顔で言う。

・・・・・・・そういうことか。


「ちーちゃん。あと、もう一つ言いたいことがあるんだ」

「・・・・・嫌だよ」


ちーちゃんは俺の言葉を聞かずに言う。

その時のちーちゃんはここにきて一度も見たことがないくらい暗い表情をしていた。

でも、俺は話し続ける。


「ちーちゃん。もうこんな関係はやめよう」

「・・・・どんな関係?」


ちーちゃんは聞き返すが、俺の表情は見ていない。


「こんな互いを縛り付けるような関係」


正直、こんなこと俺が言えることじゃない。

でも、俺が言わなかったらずっとちーちゃんとはこのままだ。


「お互い好きでもないのに、互いを縛り付けるためだけに、こんな関係は続けられない。だから、もうやめよう」


俺の言葉にちーちゃんは何も表情を変えず、何も言わず、ただ景色の遠くを見ていた。

長い沈黙が流れる。

そして、


「悠くんは、また私から離れて行くの?」


ちーちゃんは突然、俺に向かって言った。


「それは違う」

「違くないよ。・・・・・あぁ、そっか。あの部活の子たちの誰かを好きになっちゃったんでしょ。だから、嫌いな私のことなんかどうでもよく」



「違う!」



ちーちゃんの言葉を遮って、俺は言った。

おそらく、町内中に響いたんじゃないかというくらい大きな声だった。

そんな俺にちーちゃんは驚いたのか。キョトンとした表情をしていた。


「それは違うよ、ちーちゃん。俺はちーちゃんのことが好きだ」


ちーちゃんはその時、頬が一気に赤くなったような気がした。

でも、俺は構わず話し続ける。


「あいつらと同じくらいな」


ちーちゃんはその時、一気に頬が綺麗な肌色に戻る。

なんか怒っているような気がしたが、俺はまだ自分の気持ちを伝えきれていない。


「だから、俺はこんな関係いやなんだ。ちーちゃんもこれじゃあ幸せになれない。もちろん、俺は過去にやったことを忘れることは絶対にない。ちーちゃんを俺にできることなら幸せにしたい。でも、これは違う気がするんだ。これは多分、俺の償いもちーちゃんを幸せにすることもできない」


俺は自分の気持ちを全部言い終えると、ちーちゃんは何故か笑っていた。

その笑顔に俺は一瞬、ドキッとしてしまった。


「わかった」


ちーちゃんは俺に向かって言った。


「え?いいの?」


俺はまた聞き返してしまう。

でも、ちーちゃんはこくりと頷く。


「だって、悠くんは私のこと。幸せにしてくれるんでしょ?」


ちーちゃんは嬉しそうに尋ねる。


「当たり前だろ。だから、俺にできることなら何でも言ってこい」


ちーちゃんはまたこくりと頷く。

その姿はすごく可愛くて、なぜだろう、ドキドキが止まらない。


「でもね」


俺がそんなことを思っていると、ちーちゃんはゆっくりと俺に近づく。

そして、ちーちゃんは言った。


「さっき、悠くんが言っていたことには一つ間違いがあるんだよ」

「・・・間違い?」


俺はちーちゃんの言ったことが理解できない。

間違いってなんだ?俺は自分の本心を伝えたつもりだが。

俺が考えていると、ちーちゃんが耳元に唇をもってくる。

そして、


「実はね、私、本当は悠くんのことが・・・・・」


ガチャリ


屋上の扉が開いた。

何故かそこには咲がいて、俺たちに言った。


「そろそろ、お昼休みが終わりますよ」


この時、ちーちゃんと咲の間にスパーク的なのが見えたことは、おそらく俺の勘違いだろう。



******



その日の放課後。

俺はまたいつも通り部室に向かい、歩いていた。

そして、部室の前に着くと、今まであった色々なことを思い出す。

大変だった、でも楽しいことも沢山あったな。

俺はそう思い、これからもそんな出来事が沢山あればいいなと思う。


「よし!」


俺は意気込んで扉を開けた。

すると、そこには、


「ちょっと乙川さん!そこはあたしの席よ!どいてよ!」

「えぇ~。別にいいでしょ。誰がどこの席いても。それにここ、悠くんの前だし」

「それがダメだって言ってんでしょ!そんな不純な理由であたしの席を座るんじゃない!」

「・・・・・なら、私が座る」

「待ってください皆さん。これでは悠人さんが来た時に部活が始められません。ここは間をとって私が座るというのはどうでしょう?」


「「「それは絶対ダメ!!!」」」


俺はこの時思った。


もう二度と楽しいことなんて起きないな、これ。



******



久しぶりに部員全員+αで部活を終えた後、柚原は家に帰ると、すぐに自分の部屋へ行って、ベッドに寝転がる。


「・・・・・・・悠人」


柚原はただその名を呟いた。


桜空も、木の葉も、乙川もまだ知らない。

陰山 悠人にはもう一つの過去があることを。


それを知っているのはただ一人。



柚原 早苗、ただ一人だ。


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